地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

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第四話 体質改善・第二段階

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 朝の空気は、やけに澄んでいた。

 ボミタスの街は、いつも通りに動いている。
 市場の呼び声、馬車の音、子どもたちの笑い声。

 だが、ジャンにはそれが少しだけ遠く感じられた。

「……妙だな」

 体が、軽い。

 地上にいるにもかかわらず、
 いつもの“重さ”がない。

     ◆

 訓練場の片隅で、ジャンは剣を振った。

 一振り。
 二振り。

 速度は、以前と変わらない。
 力も、突出してはいない。

 だが――。

「……無駄がない」

 動きが、自然だった。

 意識しなくても、体が最適な動作を選んでいる。

     ◆

 汗を拭い、呼吸を整える。

 魔素は、薄い。
 地上のままだ。

 それでも、体は崩れない。

「……戻っても、前より落ちてない」

 違和感は、確信に変わりつつあった。

     ◆

 ジャンは、これまでを思い返す。

 深層では、能力が跳ね上がる。
 地上に戻れば、急激に落ちる。

 それが、常だった。

 だが、今は違う。

「……完全に戻っていない?」

     ◆

 そのとき、ポーリンの声がした。

「ジャンさん、ギルドマスターがお呼びです」

「……今行く」

     ◆

 執務室で、ガドルは腕を組んでいた。

「お前、今朝の訓練場にいたな」

「……見てたのか」

「見なくても、わかる」

 ガドルは、鼻で笑った。

「地上で、動きが良すぎる」

     ◆

「自覚は?」

「……ある」

 ジャンは、正直に答えた。

「理由も、少しだけ」

「言ってみろ」

     ◆

「体質改善は、強化じゃない」

 言葉を選びながら、続ける。

「環境に合わせて、体を変えるスキルだ」

「第一段階は、魔素の濃度への適応」

「深層では強くなり、地上では弱くなる」

     ◆

「……だが、今は違う」

 ガドルは、黙って聞いている。

「深層で適応した結果が、
 完全には消えていない」

「残っているのは、力じゃない」

     ◆

「調整だ」

 その言葉に、ガドルが目を細めた。

     ◆

「筋力や反射が落ちても、
 無駄な動きは戻らない」

「深層で最適化された体の使い方が、
 地上でも維持されている」

「……それが、第二段階か」

     ◆

「おそらくな」

 ジャンは、頷いた。

「強さを持ち帰ったわけじゃない」

「使い方を覚えた」

     ◆

 ガドルは、しばらく沈黙したあと、低く言った。

「……それは、危険だぞ」

「どういう意味だ」

「境界が、曖昧になる」

     ◆

「深層の影響を、地上に持ち込めるなら」

「世界の仕組みそのものに、触れ始めている」

 ガドルの声には、冗談がなかった。

     ◆

 その日の午後。

 街の外れで、異変が起きた。

 微弱だが、確かに感じる。

「……魔素、か」

 ジャンは、足を止めた。

 地上ではありえない濃度。

 ごく、局所的。

     ◆

「始まったな」

 誰に言うでもなく、呟く。

 胸の奥で、体質改善が静かに動く。

 深層ほどではない。
 だが、確実に――。

     ◆

「……選ばせる気か」

 視線を感じる。

 第九層の、あの感覚。

 観測者たち。

     ◆

 ジャンは、拳を握った。

 強さは、いらない。
 暴走する力も、望まない。

「……調整する」

 自分に言い聞かせるように。

     ◆

 深層と地上。

 どちらかに偏れば、壊れる。

 だから、合わせる。

 それが、第二段階の答えだった。

     ◆

 ジャンは、異変の中心へ向かって歩き出した。

 強者としてではない。
 英雄としてでもない。

 境界を、保つ者として。

 体質改善は、静かにその役割を受け入れていた。
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