地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

文字の大きさ
5 / 10

第五話 境界が壊れる音

しおりを挟む

 それは、音としては存在しなかった。

 だが、確かに――
 壊れる感覚があった。

     ◆

 街の外れ、古い倉庫が並ぶ一角。
 人通りは少ないが、生活の匂いが残る場所だ。

 ジャンは、そこで足を止めた。

「……ここだな」

 空気が、歪んでいる。

 視界に異常はない。
 だが、呼吸をするたび、胸の奥がざらつく。

 深層と同じ感触。

     ◆

「……地上で、これはまずい」

 魔素は、確実に湧いている。
 ごく狭い範囲だが、濃度は第六層相当。

 普通の人間なら、気づかない。
 だが、長時間いれば体調を崩す。

     ◆

 倉庫の扉が、半開きになっていた。

 中から、かすかな音が漏れている。

 ――きし、きし。

 木材が軋むような、鈍い音。

「……魔物、か?」

 ジャンは、慎重に中へ入った。

     ◆

 薄暗い倉庫の中央で、
 “それ”は、うずくまっていた。

 人型に近いが、歪んでいる。
 魔物というより、変質。

 深層の影響を受けた結果、生まれた存在。

「……生成型、か」

 専門用語が、自然と浮かぶ。

 生成型――
 魔素の濃度異常によって、
 周囲の生命や物質が歪み、生まれる存在。

     ◆

 それは、こちらに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。

 動きは、遅い。
 だが、力はある。

 地上の冒険者なら、危険な相手だ。

     ◆

 ジャンは、剣を構えた。

 だが、踏み込まない。

「……倒すだけじゃ、意味がない」

 原因が、残る。

     ◆

 足元に意識を向ける。

 魔素の流れが、見える。

 倉庫の床下。
 ごく小さな裂け目。

「……境界が、薄い」

 自然発生ではない。
 意図的だ。

     ◆

 ジャンは、一歩前に出た。

 生成型が、唸り声を上げる。

 次の瞬間――
 空気が、震えた。

     ◆

 ジャンの体が、変わる。

 深層ほどではない。
 だが、確実に。

 筋力ではない。
 反射でもない。

 感覚の配分。

     ◆

 生成型の動きが、遅く見える。

 ジャンは、最小限の動作で剣を振るった。

 一撃。

 生成型は、霧のように崩れた。

     ◆

 だが、終わりではない。

 ジャンは、床に膝をついた。

 手を、地面に置く。

「……調整、開始」

 小さく、呟く。

     ◆

 体質改善が、反応する。

 自分の体ではない。
 周囲の環境に。

 魔素の流れを読み、
 滞留を解き、拡散させる。

 力で押し返すのではない。

 整える。

     ◆

 空気が、少しずつ軽くなる。

 呼吸が、楽になる。

 境界が、元に戻っていく感覚。

     ◆

「……これが、第二段階」

 ジャンは、静かに息を吐いた。

 強くなったわけではない。
 世界を、壊していない。

 ただ、直した。

     ◆

 外に出ると、夕暮れだった。

 街は、変わらず動いている。

 誰も、気づいていない。

     ◆

 だが、ジャンは感じていた。

 これは、始まりだ。

 観測者たちは、確かめた。

 ――地上でも、対応できるかを。

     ◆

「……なら、答えは一つだ」

 誰に向けた言葉でもない。

 だが、はっきりと宣言する。

「境界は、俺が保つ」

     ◆

 風が、吹いた。

 ただの地上の風。

 それが、何よりも確かな証拠だった。

 境界は、まだ壊れていない。

 ジャンは、静かに街へ戻った。

 戦士としてではなく、
 管理者として。

 世界の、目立たない場所で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...