地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

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第七話 深層からの呼び声

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 それは、声ではなかった。

 言葉でも、音でもない。

 けれどジャンは、確かに「呼ばれている」と感じた。

     ◆

 夜明け前の街は、静かだった。

 眠りに落ちた家々の間を、冷たい風が抜けていく。

 ジャンは、宿の簡素なベッドの上で目を開けた。

「……来たな」

 胸の奥が、微かに軋む。

 不快ではない。
 だが、無視できない。

     ◆

 体質改善が、反応している。

 それは戦闘時の高揚とも、魔素の濃さとも違う。

 方向性だ。

     ◆

 ジャンは、身を起こした。

 外套を羽織り、剣を手に取る。

 理由は、わからない。

 だが、行かなければならない。

     ◆

 向かう先は、ボミタス近郊の旧ダンジョン。

 すでに枯渇したと判断され、
 数年前に閉鎖された場所だ。

     ◆

「……まだ、終わってなかったか」

 入口に立つと、空気が違う。

 薄いはずの魔素が、微かに渦を巻いている。

     ◆

 足を踏み入れた瞬間、
 呼び声が、強くなった。

 頭に直接触れるような感覚。

     ◆

「……これは」

 ジャンは、眉をひそめる。

 自然発生ではない。

 誘導だ。

     ◆

 通路を進むにつれ、体が軽くなる。

 深層ほどではないが、
 地上とは明らかに違う。

 体質改善が、静かに段階を上げていく。

     ◆

 やがて、開けた空間に出た。

 かつてのボス部屋。

 そこに、何かがあった。

     ◆

 魔物ではない。

 だが、無機物とも違う。

 淡く光る結晶体が、宙に浮かんでいる。

     ◆

「……魔素核」

 専門用語が、浮かぶ。

 魔素核――
 高濃度の魔素が凝縮し、
 半自律的に環境へ影響を与える存在。

     ◆

 通常は、深層にしか存在しない。

 それが、ここにある。

     ◆

「……呼んでたのは、お前か」

 結晶が、わずかに脈動した。

 肯定とも否定とも取れない反応。

     ◆

 ジャンは、近づいた。

 危険は感じない。

 むしろ――

     ◆

「……助けを、求めてる?」

 言葉にした瞬間、
 体質改善が、大きく反応した。

     ◆

 情報が、流れ込んでくる。

 この魔素核は、不安定だ。

 深層と地上の境界が歪み、
 取り残された結果、生まれた。

     ◆

 このまま放置すれば、
 周囲を侵食し、
 生成型を生み続ける。

     ◆

 だが、破壊すればいいわけではない。

 衝撃で、境界が完全に壊れる。

     ◆

「……面倒な役目だな」

 ジャンは、苦笑した。

     ◆

 選択肢は、一つ。

 深層へ戻す。

     ◆

 ジャンは、結晶に手を伸ばした。

 体質改善が、最大限に稼働する。

 自分の体を、
 深層基準へと合わせる。

     ◆

 空気が、重くなる。

 視界が、歪む。

 だが、ジャンは立っていた。

     ◆

「……繋ぐぞ」

 結晶が、強く光った。

     ◆

 一瞬。

 世界が、裏返ったような感覚。

     ◆

 次の瞬間、結晶は消えていた。

 空間は、静かだ。

 魔素の渦も、ない。

     ◆

 成功だ。

     ◆

 ジャンは、深く息を吐いた。

「……完全に、役目だな」

     ◆

 戻り道、体が少し重くなる。

 地上に戻った証拠だ。

     ◆

 だが、胸の奥には、確かな確信があった。

 深層は、
 自分を認識し始めている。

     ◆

 呼び声は、
 これで終わりではない。

     ◆

「……次は、もっと大きいか」

 ジャンは、空を見上げた。

 朝日が、街を照らしている。

 誰も知らない場所で、
 境界は、今日も保たれた。

 ただ一人の冒険者によって。
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