地上最弱、深層最強③――深層都市と異端の冒険者

塩塚 和人

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第八話 管理者という名の孤独

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 ボミタス冒険者ギルドの会議室は、静かだった。

 重厚な机を囲むのは、支部長クラス以上の者たち。
 空気は張り詰め、誰も軽口を叩かない。

     ◆

「……例の件だが」

 口を開いたのは、ギルドマスターのガドルだった。

 年季の入った声に、疲労が混じる。

「旧ダンジョンの魔素異常、
 生成型の発生、
 そして――自然収束」

     ◆

 自然、という言葉に、数名が眉をひそめた。

「ありえません」

 女性管理官が即座に否定する。

「魔素核の消失は、
 人為的処理としか考えられない」

     ◆

「だが、痕跡がない」

 ガドルは、机を指で叩いた。

「破壊痕も、封印痕も、転移痕もだ」

     ◆

 沈黙。

 全員が、同じ名前を思い浮かべている。

     ◆

「……ジャンか」

 誰かが、そう呟いた。

     ◆

 ガドルは、深く息を吐いた。

「確証はない」

「だが、
 あの男が関わっている可能性は高い」

     ◆

「彼は、冒険者です」

 別の男が言う。

「管理対象ではありません」

     ◆

「そうだな」

 ガドルは、ゆっくりと首を振った。

「だが、
 冒険者の枠にも、収まらなくなっている」

     ◆

 誰も、反論できなかった。

     ◆

 一方その頃。

 ジャンは、ギルドの裏庭で剣を振っていた。

 型も、流派もない。

 ただ、体の感覚を確かめる動き。

     ◆

 地上では、相変わらず弱い。

 剣は重く、息は上がる。

 だが、違和感はない。

     ◆

「……慣れたな」

 ジャンは、剣を下ろした。

 かつては、地上に戻るたび、
 焦りと不安があった。

 今は、ない。

     ◆

 それが、問題だった。

     ◆

「ジャン」

 声をかけてきたのは、ポーリンだった。

 受付嬢としての柔らかい表情だが、
 今日は少し硬い。

     ◆

「ギルドマスターが、呼んでる」

     ◆

 会議室に入ると、
 視線が一斉に集まった。

     ◆

「座れ」

 ガドルが、短く言う。

     ◆

 ジャンは、従った。

     ◆

「旧ダンジョンの件だ」

 ガドルは、直球で切り出した。

「お前が、やったな」

     ◆

 否定は、しなかった。

「関わった」

     ◆

 ざわめき。

     ◆

「理由は?」

     ◆

「放置できなかった」

 それだけだ。

     ◆

 ガドルは、目を細めた。

「お前は、
 どこまで見えている?」

     ◆

「……境界の、歪み」

     ◆

 会議室が、凍りついた。

     ◆

「やはりか」

 ガドルは、椅子にもたれた。

「お前は、
 “管理側”の感覚を持っている」

     ◆

「管理者、ですか」

 ジャンは、静かに言った。

     ◆

「呼び名は、どうでもいい」

「問題は、
 それを一人で背負う気かどうかだ」

     ◆

 ジャンは、少し考えた。

「……選択肢は、ありますか」

     ◆

「ない」

 ガドルは、即答した。

「お前にしか、できない」

     ◆

 沈黙。

     ◆

「だが、覚えておけ」

 ガドルは、低く続けた。

「管理者は、
 称賛されない」

「失敗したときだけ、
 名前が出る」

     ◆

 ジャンは、頷いた。

「慣れてます」

     ◆

 その言葉に、
 ガドルは一瞬だけ、目を伏せた。

     ◆

 会議室を出ると、
 ポーリンが待っていた。

「……大変な役目ね」

     ◆

「そうでもない」

 ジャンは、空を見上げる。

「やることが、
 はっきりしただけだ」

     ◆

 夕暮れの街は、平和だった。

 誰も、知らない。

 その平和が、
 誰か一人の選択に支えられていることを。

     ◆

 ジャンは、歩き出す。

 冒険者でも、英雄でもない。

 ただ、境界を保つ者として。
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