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第6話 深層への誘い
しおりを挟む深度マイナス1から戻ったあと、ユウトは一晩眠れなかった。
身体は疲れているのに、意識だけが冴えている。
目を閉じると、あの重い空気が思い出される。
息がしやすくなる、あの感覚。
(……下に行くほど、合ってる)
それを口に出すのは、まだ怖かった。
翌日、ミナトシロ・ダンジョンの作戦室。
簡易だが防音の効いた部屋で、朝霧ミコトは端末を操作していた。
「今日の予定を変更するわ」
チーム全員が顔を上げる。
「浅層の定期調査じゃなかったのか?」
「やめる。代わりに――深度マイナス2」
空気が、一段階重くなった。
「待て、あそこは……」
「事故率が跳ね上がる層だろ」
反論はもっともだった。
浅層と深層の境目。
構造が不安定で、モンスターの挙動も読みにくい。
ミコトはユウトを見た。
「あなたは、どう思う?」
急に振られ、言葉に詰まる。
「……危ない、です」
正直な答え。
だが、そこで終わらせなかった。
「でも……行けます。俺は」
誰かが息を呑む。
「理由は?」
ミコトが、静かに尋ねる。
「ここより下の方が……判断しやすい」
曖昧だ。
それでも、嘘ではなかった。
ミコトは、数秒考えたあと、頷いた。
「決まり。条件付きで行く」
「条件?」
「あなたは、先に出ない。私の合図まで動かない」
ユウトは、即座に答えた。
「はい」
エレベーターが、さらに下へ。
深度マイナス2。
数字が切り替わった瞬間、
ユウトの胸が、はっきりと熱を持った。
(……はっきり、分かる)
空気が重い。
音が鈍い。
それなのに、思考は澄んでいく。
通路は、これまでとは違っていた。
壁は歪み、床は斜め。
人工と自然が、無理やり混ざったような構造。
「反応、近い」
索敵役が声を潜める。
ユウトの背中が、ぞわりとする。
(……三。いや、四)
しかも、動きが速い。
言おうとした瞬間、
ミコトが手を上げた。
「待て」
チームが止まる。
直後、天井から黒い影が落ちてきた。
「来る!」
戦闘が始まる。
連携は崩れていない。
だが、空間が悪い。
足場が、追いつかない。
一人が、滑った。
「っ!」
ユウトの身体が、勝手に前に出た。
――合図は、まだだ。
分かっている。
それでも、止まらなかった。
床を蹴り、倒れかけた仲間を引き寄せる。
その瞬間、背中に衝撃。
痛み。
息が詰まる。
(……来た)
《損傷転化》が、強く脈打つ。
世界が、研ぎ澄まされる。
動きが、線として見える。
「灰崎、戻れ!」
ミコトの声。
だが、もう遅い。
ユウトは振り返りざま、瓦礫を掴んで叩きつけた。
影が弾かれ、壁にぶつかる。
残り三体。
囲まれる。
(短時間……)
分かっている。
長くは、もたない。
踏み込み、殴る。
蹴る。
自分の身体が、限界を無視して動く。
一体。
二体。
最後の一体が、距離を取った。
その瞬間、空間が歪んだ。
ユウトの胸が、冷える。
(……違う)
これは、モンスターじゃない。
環境そのものが、牙を剥いた。
「全員、下がれ!」
ミコトの声が重なる。
床が崩れ、壁が軋む。
深層特有の、不安定現象。
ユウトの視界に、奇妙な感覚が走った。
――ここを、押せる。
説明できない。
だが、確信だけがある。
無意識に、手を伸ばした。
《深度侵蝕》
スキル名が、頭に浮かぶ。
空気が、沈む。
歪みが、鈍る。
完全ではない。
それでも、崩壊は止まった。
静寂。
ユウトは、その場に膝をついた。
一気に、力が抜ける。
「……今の」
誰かが呟く。
ミコトは、ユウトの前に立ち、静かに言った。
「あなた、もう“初心者”じゃない」
ユウトは、息を整えながら答えた。
「でも……レベルは」
「関係ない」
即答だった。
「深層が、あなたを拒んでいない。それが答えよ」
エレベーターへ戻る途中、
ミコトは振り返らずに言った。
「次は、正式に行く」
「……どこへ?」
「もっと下」
深度マイナス2。
それは、誘いだった。
そしてユウトは、
初めて――
“降りること”を、恐ろしく思わなかった。
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