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「は、初めまして……」
僕はドキマギしてしまったから、わずかにそう言った。
でも黒猫はフン、と言ったっきりだ。
もう決めたぞ、と、思う。
この猫は特別に、「キミ」なんて言ってやらないからな。
「というわけで新しく入ってきましたー!ぱちぱちぱち…」
男の子が一人でこの場を取り繕うには、あまりに無理がある。
静かな時間が過ぎる。
男の子は顔を赤らめてキミを地面に放した。
「ねえ、分かった?あんまり遠くに行くと、また迷子になるからダメだよ!ほとんどの人はその背中の名前にさえ気づかないんだから」
キミはその言葉を聞いたか聞いていないのか、スラスラと歩き去って行った。
僕はさっきから黒猫の視線が気になって俯いている。
男の子は僕の手を取って走りだした。
少し離れるとその手をパッと離す。
男の子の顔が急に大人びたみたいに見えてきた。
「あのね、クロ、さっきの猫はね、人間に捨てられたってので怒ってるの。すぐ慣れるだろうから、我慢してよね」
うーん、頷きかねるなあ。
ふと、キミの背中に書いてあった文字を思い出した。
「そういえば、『のむらゆうじ』は?」
「当然僕だよ」
「他の人は?」
「今のところいないみたいだね」
ふーん、と言いながら僕は横を盗み見た。
いつの間にか黒猫、クロが座っている。
相変わらず僕を睨みつけたままだ。
「…とりあえず何かして遊ぼうか」男の子が必死に言う。
「た、例えば何ができるの?」僕も食いつく。
なんで黒猫に気を遣わなきゃなんないんだ。
「鬼ごっこ…とか?」
「他には?」
「…じゃんけん、とか」
「他には?」
「……とりあえず何かしようよ」
そうか、ここには遊具と呼べるものは無いんだ。
自分たちでなんとかしなくちゃな。
僕はもう、黒猫は勘定しないで遊ぶことにした。
「じゃあ鬼ごっこがしたい」
「あ、うん、やろっか」
「じゃ、じゃんけんもしたい」
「うん、それじゃあ、最初はグー、じゃんけんポイ」
僕も男の子もグーを出している。
アイコかと思えば、黒い手がちょこんと開いていた。
「あ、勝った。…じゃ、俺は鬼になるから」
黒猫が笑っている。
なんの隙も与えさせず「イチ、ニイ、サン、シイ…」と数えていく。
男の子がバッと駆け出した。
僕もそれを見て走り出す。
あたりから孤立した赤く光る地面。
気持ちいいほどの恐怖。
自分の家に帰れないかもしれない、そんなことはどうでもいい。
ただ、他の何もかもが年老いていって、新しいものができて、どんどん移り変わっていくのに、ここだけ、取り残されたように変化が起きないのではないかということ、それがたまらないほど怖かった。
そんな懸念を、浮かべていると、走っているのに、止まっているような、そして風を受けているのに、心には何の波風も起こらずに、僕は静かに進んでいた。
突然背中に熱いものが走る。
焼いたコテを突っ込んだかのような。
「あっ!」
僕は体をのけぞらせるようにして倒れこんだ。
「おっせーの。次はお前が鬼だかんな」
黒猫がこちらを見下げている。
背中が痛くて何も言い返せない。
「フン、早くどこへでも追いかけていくといいや、じゃーな」
黒猫は尻尾をゆらりと揺らして歩き去って行った。
あいつ、タッチする時に思い切り爪を立てやがった…
僕はドキマギしてしまったから、わずかにそう言った。
でも黒猫はフン、と言ったっきりだ。
もう決めたぞ、と、思う。
この猫は特別に、「キミ」なんて言ってやらないからな。
「というわけで新しく入ってきましたー!ぱちぱちぱち…」
男の子が一人でこの場を取り繕うには、あまりに無理がある。
静かな時間が過ぎる。
男の子は顔を赤らめてキミを地面に放した。
「ねえ、分かった?あんまり遠くに行くと、また迷子になるからダメだよ!ほとんどの人はその背中の名前にさえ気づかないんだから」
キミはその言葉を聞いたか聞いていないのか、スラスラと歩き去って行った。
僕はさっきから黒猫の視線が気になって俯いている。
男の子は僕の手を取って走りだした。
少し離れるとその手をパッと離す。
男の子の顔が急に大人びたみたいに見えてきた。
「あのね、クロ、さっきの猫はね、人間に捨てられたってので怒ってるの。すぐ慣れるだろうから、我慢してよね」
うーん、頷きかねるなあ。
ふと、キミの背中に書いてあった文字を思い出した。
「そういえば、『のむらゆうじ』は?」
「当然僕だよ」
「他の人は?」
「今のところいないみたいだね」
ふーん、と言いながら僕は横を盗み見た。
いつの間にか黒猫、クロが座っている。
相変わらず僕を睨みつけたままだ。
「…とりあえず何かして遊ぼうか」男の子が必死に言う。
「た、例えば何ができるの?」僕も食いつく。
なんで黒猫に気を遣わなきゃなんないんだ。
「鬼ごっこ…とか?」
「他には?」
「…じゃんけん、とか」
「他には?」
「……とりあえず何かしようよ」
そうか、ここには遊具と呼べるものは無いんだ。
自分たちでなんとかしなくちゃな。
僕はもう、黒猫は勘定しないで遊ぶことにした。
「じゃあ鬼ごっこがしたい」
「あ、うん、やろっか」
「じゃ、じゃんけんもしたい」
「うん、それじゃあ、最初はグー、じゃんけんポイ」
僕も男の子もグーを出している。
アイコかと思えば、黒い手がちょこんと開いていた。
「あ、勝った。…じゃ、俺は鬼になるから」
黒猫が笑っている。
なんの隙も与えさせず「イチ、ニイ、サン、シイ…」と数えていく。
男の子がバッと駆け出した。
僕もそれを見て走り出す。
あたりから孤立した赤く光る地面。
気持ちいいほどの恐怖。
自分の家に帰れないかもしれない、そんなことはどうでもいい。
ただ、他の何もかもが年老いていって、新しいものができて、どんどん移り変わっていくのに、ここだけ、取り残されたように変化が起きないのではないかということ、それがたまらないほど怖かった。
そんな懸念を、浮かべていると、走っているのに、止まっているような、そして風を受けているのに、心には何の波風も起こらずに、僕は静かに進んでいた。
突然背中に熱いものが走る。
焼いたコテを突っ込んだかのような。
「あっ!」
僕は体をのけぞらせるようにして倒れこんだ。
「おっせーの。次はお前が鬼だかんな」
黒猫がこちらを見下げている。
背中が痛くて何も言い返せない。
「フン、早くどこへでも追いかけていくといいや、じゃーな」
黒猫は尻尾をゆらりと揺らして歩き去って行った。
あいつ、タッチする時に思い切り爪を立てやがった…
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