我儘女に転生したよ

転生してました

「お母様！お母様！」

ん？ああ、寝ちゃってた？
お腹すいてたけど、睡魔に負けたみたいだ。

「お母様、大丈夫ですか？」

横を見ると、小さな男の子が必死にベットの縁から顔を覗かせている。
だれ？

いや、この子は、、ヴィアベル、、、私の、息子だ。

私は、、、田中由梨、じゃない？
いや、確かに記憶がある。
札幌市内に家があって、近くの高校に通っている。
お父さん、お母さん、お姉ちゃんがいた。

でも、もう一つ、記憶があることに気付いた。

私は、アマーリエ・イーナ・フォン・フラクスブルベ。
そう、フラクスブルベ公爵の第二夫人だ。

怒涛のように記憶が頭を埋め尽くす。
まあ、自分で言うのもなんだが、私は嫌な女だ。
実家は王家の血も入った公爵家で、甘やかされ我儘放題に育てられた。
気に入らないことがあれば怒鳴り散らし、貴族至上主義で高慢ちき。
気位が高く人を見下し、命令することしか知らない。

最悪・・・。

「お母様？」

ヴィアベルが可愛らしい小さな手を伸ばしてくる。

この可愛い息子にも私は何をした？
笑顔なんて一切見せず、第一夫人の産んだ長男に負けるなと、ヒステリックに当たり散らす。
こんな可愛い子に、優しい言葉一つかけたことがない。
馬鹿だ。大馬鹿だ。

「ヴィアベル、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」

手を伸ばし、サラサラした栗色の髪を撫でる。
ああ、涙が出そうだ。
触れただけで、愛しさに涙が溢れる。
 どうして、もっと抱きしめてキスをして優しく愛を注いでこなかったのだろう。

本当に馬鹿！！
失った時間は戻せない。
いや、ならば、これから変わろう。
もう、超甘やかす！！
あ、ダメか、私の二の舞になったら困る。
よし、この子が笑顔で幸せな人生を送れるように大切に育てよう、愛を込めて。

「ヴィアベル、抱きしめていいかしら？」

「お母様、、は、はい！」

ヴィアベルが侍女の手を借りて、ベッドに登ってくる。
身体を起こし手を広げると、ヴィアベルが腕に飛び込んでくる。

ああ、私の宝物。大好きよ。

二人で抱きしめ合い、初めてのスキンシップを堪能していると、クーっと可愛らしい音が鳴った。

「ヴィアベル、お腹が空いたの？」

「はい、ごめんなさい」

「謝らないで。実はお母様もすっごくお腹が空いたわ。もうペコペコよ！」

次の瞬間、グーっと私のお腹の音が室内に響いた。

「ほらね？」

かなり恥ずかしかったが、息子に向けてニッコリと微笑む。

「奥様のスープを温め直してまいります。ヴィアベル様は食堂にお食事のご用意ができておりますので、お移りください」

「ええ、ありがとう。ヴィアベル、また後でお話ししましょう」

侍女に向かって微笑んでお礼を言うと、案の定侍女は驚きに目を見張る。
うん、当たり前だよね。
私の今までの所業！笑いかけたことも剰あまつさえ穏やかに話したことさえない。
しかも、お礼を言うなんて、気が狂った！？くらいの驚きだろう。

・・・どんな人間だ。
自分で言ってて虚しくなってくる。
お礼を言うのも、その際、笑顔なのも自然なことだよね。
アマーリエ、、、ダメな子過ぎる。

「お母様、どこにもいかない？」

腕の中でヴィアベルが、泣きそうな目で見上げてくる。

「え？ええ、私はここにいるわよ？」

「、、、お母様」

ヴィアベルがギュッと痛いくらいに抱きついてくる。

？？どうしたのだろう？

「どこにもいかないで」
小さなくぐもった声が繰り返す。

抱きついてくるヴィアベルの背中をさすりながら、ハッとした。
あ、そうか、、、この子は今の私に言っているのだ。

笑いかけも抱きしめもせず、自分勝手なことを喚き散らす母親、そんな母親が別人のように変わった。
目を離したら、また元に戻るのではないか、それは不安に感じるだろう。
こんな小さな子に、今まで私はどれほどの負担を強いてきたのだろう、、、。

「ヴィアベル、お母様はずっとあなたの側にいるわ。そうね、元気になったら美味しいお菓子を作るわ。一緒に食べてくれるしら？」

ヴィアベルのふっくらした頬に手を添え、ニッコリと微笑む。

「はい、はい！お母様、僕、、楽しみです」

涙に濡れた目を喜びで一杯にして、ヴィアベルが見上げてくる。

可愛いい！！
もう、超絶可愛い！！
思わずキスして頬擦りしてしまいました。

名残惜しいが、侍女にハンカチを借り、ヴィアベルの顔を優しく拭うと、腕から解放する。

「じゃあ、ヴィアベル、お食事はよく噛んで食べてね。その方がお腹にも健康にもいいのよ」

「はい、お母様。お母様も早く元気になってください。お母様とのお茶会、楽しみにしています」

ヴィアベルははにかんだ笑顔を残し、侍女とともに寝室を出て行く。

ハァ、私の息子可愛い過ぎるね。
幸せだ、、、いや、違う、違わないけど、違うな。

そう、私はもしかして転生をしたのだろうか？
アマーリエという貴族の女性に生まれ変わり、高熱を出して死にかけた事によって、前世を思い出した。
いや、もう前世を思い出したというよりは、今世のアマーリエの心を前世の田中由梨の心が乗っ取った、という方が正確だろう。

ここはフラクスブルベ公爵家。
当主はクリストハルト・フォン・フラクスブルベ。
モルゲンロート王家に仕え、現在、近衛隊長を務めている。

私はこの人の第二夫人だ。
王家の血筋を持つ公爵家の娘が第二夫人。
本来ならば、第一夫人が当然だろう。
しかし、なんというか、私の評判が悪過ぎた。
高飛車で我儘でヒステリック。
こんな女、いくら家柄が良くて持参金が多くてもみんな嫌だろう。
もちろん、私も絶対嫌だ。
そんな女をフラクスブルベ公爵は可哀想に押し付けられたのだ。
まあ、王様とかのごり押しがあったのだろう。

だが、フラクスブルベ公爵にはすでに許嫁がいた。
その方を押し退けてというのは、流石に無理で第二夫人におさまった。
そして、第一夫人が男子を産んだ後、私はめでたくヴィアベルを授かった。

私の子供はヴィアベルだけだが、第一夫人のビアンカ様には男の子一人、女の子一人の二人の子供がいる。
男の子はアルトゥール、女の子はアンネリース。それぞれ四歳と二歳だ。
ヴィアベルは三歳なので、母親は違うが年子の兄弟だ。

「奥様、スープをお持ちいたしました」

侍女のベルタがベッドの上に台を置き、スープをセッティングしてくれる。
この子は私の実家から連れてきた者ではなく、フラクスブルベ家にもともと仕えていた子だ。
結婚の条件として、実家から人を連れてくることは許されなかった。

「ありがとう、ベルタ」

「いえ、、、」

ベルタは戸惑いながらも、静かに横に控えた。

私のスープを啜る微かな音だけが、室内に響き渡る。

気不味いな、、、でも、話し掛けるのもな。
なんて、話し掛ける？今までごめんね、とか？
いや、余計に不審がられるだろう。
まあ、そのうちお互いに慣れるのを待とう。

「ごちそうさま、私はもう少し休むわ」

「はい、では失礼いたします」

ベルタが食器を片付け、静かに退室していく。

頭を枕に戻した瞬間、瞼と一緒に意識も落ちていった。