我儘女に転生したよ

B.Branch

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小隊長、囚われる 2

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手足が不自然にゆっくりと動き、奥様とヴィアベル様の部屋の方へと向かい始める。
もやのかかった頭のどこかでは、怒鳴り声で自分を止める声が聞こえている。
しかし、足を止める事は出来ず、泥沼を進んでいるようではあるが、確実に目的地に近付いて行く。

手が剣の柄を握った。俺はこれから何をするつもりなんだ?取り返しのつかない事ではないのか?
《殺せ》頭の中に声が響く。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!誰か、誰か俺を止めてくれ!
《殺せ》
どうか、どうか、俺を、、、殺してくれ、頼む、、、手遅れになる前に、、、
《殺せ》
うう、、、
奥歯を噛み締め過ぎて口の中に血の味が滲んだ。

ペシ!

相反する二つの頭への命令で緩慢かんまんに動く足に何かが触れた。
足元に目を落とすと、、、光?いや、これは、パンダ、、、
そこには鉱山にいた白黒の謎の生き物、、、そう、聖獣様がいた。

聖獣様が触れている辺りから、自分のものとしての感覚のなかった足に温もりが伝わってくる。
その温もりは光となり、優しく抱きしめるように身体中の隅々までも満たした。
そして、奇跡のように頭の靄は消え、同時に光も消えて温もりだけが残った。

「ん?俺は、、、何をしていたんだ?」

カールに指示を出して、それから、、、立ったまま居眠りでもしていたのか?
考え事をしている間に寝てしまったのだとしたら気がゆるみ過ぎているな。
まさかそんなはずはないとも思うが、体に心地よい温もりが残っているので、やはり少しの間眠ってしまったのかも知れない。

ペシ!

「ん?、、、パンダ、いや、聖獣様?」

下を見ると、コロコロとした白黒の動物がいて、こちらに向かって両手を上げている。

、、、持ち上げろって事か?
躊躇ためらいつつもなぜか逆らえない恩のようなものを感じて、聖獣様を腕の中に抱き上げた。
モコモコの体から何か温かいものが腕を通って俺の体に広がっていく。
いやし。優しさ。いつくしみ。そして、許し。

「ありがとうございます」

なぜか、お礼の言葉が口をつき、目尻に涙がにじんだ。

「小隊長、どうかされましたか?」
 
聖獣様と見詰め合っていると、前からベルタ殿が歩いてきた。
 
俺が聖獣様を抱き上げて話し掛けていた事に驚いたのか、冷静な表情を崩さない彼女には珍しく目を丸くしてこちらを見てくる。
口も微かに丸く開けている様子に、思わず笑みがこぼれる。
 
可愛いな、、、ん?いや、そうじゃない。いや、彼女が可愛いのは事実だが、こんな事を思う予定ではなかったはずだ。
そう、なにを思う予定だったか、、、そもそも、”思う予定”ってなんなんだ?、、、頭が混乱してきた。
ええと、彼女は、、厳しいが優しい女性だ。ふむ、こちらの表現の方が正しいし安全?だ。よし、この方向で行こう。
彼女は、、、そう、面倒見もよく聡明でとても良い妻になるだろう、、、つ、妻!?いやいやいやいや。な、なんなんだ俺は!?どうしたっていうんだ!?
 
「大丈夫ですか?」
 
問いかけに答えもせず百面相をしている俺に、心配そうな声が掛かる。
 
ああ、なんて耳に心地いい優しげな声なんだ。一生この声を聴いて過ごせたら幸せに人生を送れるだろう。
仕事から帰ると「お帰りなさい」と笑顔で出迎えてくれ、俺は優しくつむがれる彼女の声に癒されホッと息をつく。彼女が俺の生きて帰る意味となり、命を掛ける理由となる、、、
ハッ!お、俺は何を考えているんだ?浮ついた若者でもあるまいに、いつも朴念仁ぼくねんじんと言われる俺らしくもない!まあ、そう言われて嬉しいはずもないが。
 
ベルタ殿を見ているとどうも冷静になれない。
目をそらす為にうつむくと、聖獣様と目があった。つぶらな瞳でこちらを見上げ、俺の肩をポンと叩く。慰められた?もしくはなだめられたのだろうか?
聖獣様とはいえ、どう見ても小さな動物にしか見えない相手に自分の馬鹿な心の中を見透みすかされたようで、咄嗟とっさに目の前に立っていたベルタ殿に聖獣様を押し付けた。
恐らく聖獣様の不思議な力が作用して自分をこんな混乱した気持ちにさせているのだろう。多分、そうだ!そうに違いない!
 
「べ、ベルタ殿、き、今日は良い天気ですね」
 
「は?そうですか?」
 
ベルタ殿が窓から曇り空を眺め、曖昧あいまいに頷く。
 
うう、よりによってなぜ天気の話をしたんだ俺!?ベルタ殿に呆れられたぞ!!
聖獣様と離れて不思議な力から逃れたはずなのに、頭の中の混乱が収まらない。
しかも、動悸どうき息切れまでしてきた。
聖獣様を抱いているベルタ殿を見ていると、自分との子供を抱く様を想像してしまう。俺との子供!?駄目だ、俺の心臓の音が廊下に響き渡っている気がする。

一瞬とも永遠ともつかない間。この場から逃げ出したい気持ちと二人きりのこの時間を失いたくないという相反する想いに戸惑いを覚える。
見つめずにはいられず、だか、目が合うと逸らしてしまう。そして、体温が急上昇し、顔が真っ赤に染まる。

この症状は、、、

「べ、ベルタ殿!申し訳ないが、所用を思い出したので失礼する!」

敵前逃亡など騎士として恥ずべき事。しかし、この事態にはひるまずにはいられない。
余程の勇者か頭の中が花畑の奴でもないと怯むだろう。
それが、仮初かりそめとは呼べない、手に入れた後に失えば心が潰れてしまいそうなものであれば。

俺は運命に囚われた。
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