【完結】花は一人で咲いているか

瀬川香夜子

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「なにが話のネタになるか分からないし、ぐるっと一周見てみようか」
 撫子の提案に、四条は頷いてあとに続いた。
 手当たり次第に店を覗いては次の店へ、そしてまた次へ、と色んなところをぐるぐると回った。
 撫子もそう頻繁に訪れているわけではない。来たとしても誰かの買い物に付き合ってくることが多かったので、こうして隅から隅まで見て回るのは初めてだ。
 入ったことのないお店もあって、興味深く店内を見て回れた。
 一階の食料品コーナーから始まって、二階のアパレルショップや雑貨店を経由し、そうしてエスカレーターで三階に上がったところ、ちょうどすぐ近くにあったフードコートで昼食を取ることにした。
 昼時を少し過ぎた頃合いだったが、日曜ということもあってか意外と混雑していた。先に席を確保したほうがよさそうだと話し合い、適当に近くの空いている席に二人で腰掛けた。
「四条くんはなに頼む? 色んなお店があるみたいだけど、これだけあると迷っちゃうね」
「ああ。フードコートってこんな感じなんだな」
 円形に形取られたフロアの左右にはズラリと店が並び、その前にはそれぞれ数人の待機列が出来ている。フロアの中央部分は飲食スペースで、机や椅子が多く並んでいるが、そのほとんどは埋め尽くされていた。
 圧倒されたようにぽかんと口を開けた四条に、内心で撫子も同意した。
 基本的に食事は家で済ませてしまうので、撫子もこういう場を利用する機会は少ない。この人の多さにはやっぱりまだ慣れない。
 外食だって家族と行くことが多く、ある程度は行き慣れた店なので注文に困ることもない。しかし、こうもたくさんお店が並ぶと目移りしてなかなか決められないものだ。
 和食、洋食、中華、はてにはファストフードまで――色んな店から漂ってくるいい匂いが、空腹を刺激してくる。
 結局、座った席の近くにあったファストフード店で二人とも購入した。
 揃って席を空けるのは不用心だろうと、交互に店に向かった。撫子が品物を受け取って席に戻ると、先に戻っていた四条は手を着けずにじっと待っていた。普段他人のことなど気にしない自分の道を行く人間だが、なにも四条は無神経だったり不親切だというわけでもない。
 スッパリと切り込むような発言のせいで忘れがちだが、こうした優しさがあるところがいいとところだよなあと撫子は改めて思った。
「……こうやって一日誰かと遊ぶのって初めてだなあ」
 向かい合って食事をするなかで撫子がふと呟いた。すると、四条はチラリと目線を向け、ごくりと飲み込んでから口を開いた。
「意外だな。色んなやつと出かけてるもんだと思った。江島や磯山とも来ないのか?」
 あんなに一緒にいるのに? と四条はハンバーガーを頬張りながら首を傾げる。
「咲恵ちゃんたちとは学校帰りに寄り道するぐらいならあるけど……こうして外食したり、一日遊ぶっていうのはないかな」
 そもそも私服で会ったことはあっただろうか。ふと考え、そういえば試験前に家に集まって勉強したことを思い出す。
 けれど、それだって場所が学校から家に変わっただけで、やっていることは普段と変わらない。三人――または一楓も入れて四人――でお菓子を広げて話をしたり、課題や試験勉強をするだけ。
 あてもなく色んなお店を回って、面白いものを見つけてお互いを呼んで、談笑して……そんな気楽で贅沢な時間の使い方は初めてだ。
 一口が大きい四条は、撫子がバーガーの半分に達したころにはもう食べ終わってしまっていた。
 手持ち無沙汰なのか、飲み物のストローをくわえていたと思うと、不意に小さく言った。
「俺も誰かとこうして出かけるのは初めてだ……そもそも休日に誰かに会うこともなかったしな」
 自分がこうしているのが信じられないような、夢うつつなぼんやりした顔だ。
 四条は撫子と相談を始めるまで、クラスでも部活でもいつも一人だった。彼自身はそれを苦痛に思っているようには見えなかったし、むしろそれを望んでいるようでもある。
 前髪の影に隠れた伏せられた瞳に古傷のような痛みが走る。それが四条が孤独を望む理由なのだと、前からうすうす分かってはいた。けれど、自分がそれに触れていいのか躊躇い、ずっと見ないふりをしてきた。
(……でも、今は聞いてみたい。四条くんのことが知りたい)
 軽率に首を突っ込むものじゃないと遠慮していた撫子の中に、今は四条の傷をどうにかしてあげたいという切実さが生まれていた。
 こうして休日を過ごしてみると、普段よりもよく分かる。
 四条は人が嫌いなわけでも、独りでいることを特別好んでいるわけでもない。刺々しい態度だったのは初めだけで、慣れればその人となりが見えてくるものだ。
 話しかければ答えてくれるし、笑いもする。撫子が雑貨店に行ったとき、ハロウィン仕様の怖い人形で驚かせたら、仕返しみたいにさらに怖い顔の人形を持ってきて笑っていた。
 強すぎる正義感がゆえにときどき頭の固いところもあるが、それだって人からの意見を受け入れる柔軟性を備えているから欠点にもならない。
 人から嫌われる性質にはとても思えなかった。
(むしろ、独りでいようと頑張っているみたい)
 それがどうしてなのか撫子には分からない。
 不躾に小突くべきではない。理性は今でもそう訴えている。けれど、一方では今が訊ねるチャンスだと囁いていた。
 知りたい。この人がどうして傷つけられるのを怖がるように、一人でいるのか。人に失望したように距離を取っているのか。
「四条くんは俺にほかの男子とも話せばって言ってくれるけど……四条くんこそどうして今まで話てこなかったの?」
 口を開く前にドリンクを一気に飲んだのに、喉が渇いていた。
「俺、四条くんと一緒にいるの好きだよ。なんでも隠さずに言ってくれるし、悪いことを悪いって言えるところも強くてすごいなって思う。でも、だからこそ四条くんの周りに人がいないのはなんでだろうなって思って……こんなに素敵な人なのに、きみのそばに人がいないのは変だなって思うんだ」
 決して悪戯な好奇心ではないのだと気づいて欲しくて、撫子はああだこうだと言葉を重ねた。しかし、途中で回りくどくなって逆にみっともないと気づき、口が閉じる。
 周りは騒がしいのに、二人の空間にだけ異様な沈黙が横たわった。
 言わなきゃ良かったかな、と後悔がよぎりかけ、気まずさに残っていたバーガーを口に押し込んでむりやり飲み下す。包装紙を丸める乾いた音さえ立ててはいけないような、そんな緊張感を撫子は勝手に感じていた。
「ふっ……」
 ふと四条が吐息まじりに小さく笑って、撫子の体から緊張が解けた。
 笑ったといっても、面白くて笑ったようなものじゃない。力が抜けて息が漏れるような、そんな曖昧で微かなものだ。しかし、気分を害したようには見えなかったから、撫子はどっと安堵した。
「俺んち、母さんが在宅ワークで家にいるから幼稚園に通ってなかったんだ。俺も一人遊びが好きで、誰かと遊びたがるような子どもでもなかったし困ったことはなかった……ただ小学校に入って初めて集団生活するってなって戸惑ったよ」
 小学校一年生の終わりごろだったと四条は言った。
 何人かの男子生徒が、一人の女子生徒をからかう場面に遭遇したのだと。
 女子は大人しい子で、言い返すことも出来ずに体を小さくして泣きそうになっていた。
 ほかの生徒はただのおふざけだって笑って見ているか、異様な空気を察してても遠巻きにひそひそと話をしているだけ。そんななか、教室に戻ってきた四条が開口一番に「やめろよ」と口を出した。
「人が嫌がってんのが分かんないのか? 大勢で女子囲って泣かせて……だせえぞ」
 さっきまで大きく笑っていた男子生徒も、傍観していた生徒だって、教室内の誰も彼もが時が止まったように静まりかえった。
 からかいをやめた男子に満足した四条が席に着くまで、クラス中の眼が向けられていて、みんな言葉をなくしていた。
 そう経たずに教師がやってきたせいでみんな硬直が解けて席に着いたものの、面と向かって「ださい」と言われた男子は腹の虫が治まらなかったらしい。
 その次の日から、四条に対しての陰口が生徒の間で広まった。
「いつも静かで暗いやつ。デカくて邪魔。かっこつけ……ああ、あとヒーローごっことか。目の前であのときの俺を真似して笑うやつもいた」
 一つずつ思い出すように指を折りたたんで四条が嗤う。片方だけ口角を上げた皮肉げな笑みだ。
「目の前で言われればもちろん言い返した。でもそれが続くと相手もどんどんムキになる。最初は俺に注意されたやつだけだったのに、そのうちほかのやつも巻き込んでわざわざ聞こえるように喋るんだよ」
「他の子たちはなんて……?」
「誰もそいつらにやめろとは言わなかった。曖昧に笑って同意するやつ。一緒に楽しむやつ。色んなやつがいたけど、誰一人、俺のようにそいつらを止めたりはしなかった。悪いことだって言うよりも、その悪いことに合わせるほうがよっぽど楽らしい。挙げ句の果てには、あの女子をからかってたのは好きだったからだなんて擁護するやつもいたよ」
「……そんな」
 小学校一年生の子どもが一人クラスで孤立する様子を思い、撫子の胸が痛む。そんな撫子の悲痛な面持ちを見た四条は、安心させるように笑った。
「べつに俺は気にしてない。それまでだって特別溶け込んでたわけでもないしな。むしろ一人でいる時間が増えて気楽になった」
 ニッと眼を細めた笑いは、今まで見たこともない深い笑みだった。
 あまりに綺麗な笑顔だからこそ、意図的に笑おうとしていることの証明に思えてしまって余計に撫子は胸が切なくなった。
 本音を隠された。そのことに淋しさを覚えながらも、撫子はなにも言うことが出来なかった。
 自分がその場面に出くわしたとして、果たして四条の立場の人間を助けられただろうかと悩んでしまったからだ。
 今まで人から孤立しないように他人に合わせて生きてきた。そんな自分の意志もなく流されるまま生きてきた自分は、四条のようにはなれないと自覚している。その後ろめたさが、彼への慰めの言葉を喉に詰まらせてしまうのだ。
 浮かない顔で俯いた撫子に、四条は困ったように笑って席を立った。さっきまでの話はなかったみたいに揚々とした声で行こうと促す。撫子はそれに力なく笑って頷くだけで答えた。


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