【完結】花は一人で咲いているか

瀬川香夜子

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 慰めるという言葉通り、四条は子どもを宥めるように撫子の顔にキスを降らせた。
 頬。鼻先。瞼。こめかみ……全てのパーツに唇が触れて、その部分が熱を持ったぽっと温かくなる。温もりは少しずつ体の中にたまっていって、充足感と幸福感として胸に溢れた。
 子どもの戯れみたいなキスは、やがて互いの吐息に熱がこもっていくとしっとりと深いものへと変わっていく。
 お互いの唇が吸い付く感覚を楽しむようにゆっくりと唇を合わせ、ふと視線が絡まった。
 ギラギラと昏い光りが、四条の瞳の奥に宿っていて、撫子の腰がゾクリと粟立った。
 その光りに絡め取られるように、四条は口を合わせてきた。
 のしかかるようにして呼吸を奪われる感覚は支配的で、一歩間違えれば恐怖を覚えそうなものだ。
 しかし、あのなにごとにも正義感を重んじる四条が、半ば強引に撫子を組み敷く姿を見ると、それだけ求められているのだと実感して甘い感情が湧き上がった。
熱に浮かされた彼の瞳には、ぽうっと見とれる撫子が瞳を蕩けさせている。
 そのうち舌が絡み合って、二人の呼吸が荒くなった。そこからは無我夢中だ。
 気づけば二人は一糸まとわぬ格好でベッドにいた。白い肌を赤く染めた撫子を、四条の大きな手が翻弄していく。
「あ、あん……ふうっ」
 膝をついた四条の太腿に腰を持ち上げられ、後孔にはローションをまとった彼の指が入り込んでいた。
 仰向けで枕に縋るように腕を回した撫子の口から、無意識に甘い声が漏れていく。
 まるで楽器みたいだ、と撫子はどこか他人事みたいにぼんやりと頭の片隅で思った。彼の指が自分の中を動くと、それに反応して自分の喉から甘い悲鳴が漏れる。
 その度にひくひくと腰が跳ねるが、四条はもう片方の手で撫子の細い腰を支えていて、撫子が快感にびくつく度に自分の足から落ちないように固定するから、もたらされる快楽は逃がすことも出来ず、ピリピリと電流のように体を伝って全身に巡った。
「香月……痛くないか?」
「だ、だいじょぶ。んう……! あ、あっ!?」
 ゆっくりと指が増やされる。ずっと浅いところを行き来していた指が、ふいに根元まで入って腹側のある一点をぐっと押したとき、ひときわ大きな快楽の波がやってきた。
 反射的に内腿に力が入って膝がおり曲がる。柔らかなベッドを爪先が蹴飛ばしたが、腰を支えられているから動けない。
 結果、四条の体を膝で挟むようにぎゅうっと縋りついてしまった。
「あ、あ……まって、なんかそこ、変なところあった」
 未知の刺激に困惑して訴える。ふと視線を上げると、胸を樹下させる撫子を、四条は爛々とした瞳で見下ろしてごくりと唾を飲んだ。
「痛かったか?」
「痛くはなかったけど、でも、なんか変だった……」
「どんなにふうに?」
 訊きながら、四条は自分の太腿から撫子の腰を下ろしてそっとベッドに置いた。身を乗り出した四条が頬にキスをした。
「んっ……電気が走ったみたいにピリピリして……お腹の奥が急に熱くなった」
 汗ばんだ指で自分の腹を撫でると、ふいに視線を落とした四条が眼を眇めた。
 撫子のへその近くに出来た小さなひっかき傷に顔を寄せ、舌先でチロチロと撫でる。
「……あいつ、もう一発殴ってやればよかった」
「四条く、そこ舐めちゃダメだって……!」
「まだ消毒してない」
「さっきいっぱいした!」
 服を剥ぎ取ったときに時間をかけて舐め回していたくせに、まだそんなことを言う。
 美南の元恋人に作られた傷がよほど気に食わないらしく、四条は隙あらば消毒だと称して舌で舐める。
 大した傷でもないから痛くはない。けれど、自分の柔らかな腹を何度も舐められるのは恥ずかしい。四条の硬く割れた腹筋を見ると余計に。
「まだ俺の気が済んでない」
「さっきもそれ言ってたあ……あっ!」
 腹にキスをしながら、四条の指が再び後ろに入ってきた。最初の時もうんとスムーズに根元まで入ると、今度は探るようにぐっぐっと内壁を押し上げながら少しずつ位置を変えた。
「んう……あ、あ……四条くん、押しちゃダメ、ああ! あ、そこ! だめ!」
「見つけた、さっきのとこ」
 ある一カ所を押し上げると、また強い刺激がビリビリと腰を上ってきた。
 驚いて腰を跳ねると、片腕で支えられ、あまつさえ腹にキスされる。
 後ろの指は同じところを押し上げたり、引っ掻くように指の腹で撫でるから、撫子の口からはひっきりなしに甘い悲鳴が漏れた。
「ああ、あん、し、四条くん、」
「お前の中、指がふやけそう……こんなに温かいものなのか」
「わ、わかんな、あ、ん! わかんないよお」
 撫子は知らないと首を振って喘ぎながらも素直に答えた。汗で濡れた黒髪が、パサパサと枕の表面を擦った。
 縋り付いていた枕の生地が悲鳴を上げるようにギチギチと力いっぱい引っ張られ、四条はそれを咎めるように後ろをいじったままもう一方の手を重ねた。
 四条相手に目一杯力を込めるわけにもいかず、結局撫子は、また一つ快楽の逃げ道を閉ざされた。
不満だと唸るように喉を鳴らす撫子と反対に、彼は褒めるように肌にキスを落として首筋を下っていった。
 最後に、ピンと張った胸の頂きをペロリと舌先で舐められ、撫子がその快感に腰を浮かせるよりも早く、ちゅうっと乳首に吸い付かれた。
 後孔ではちょうど爪先が撫でるようにある一点を掠めていき、撫子の体に
「あ、あああ――っ!」
 急に電気が走ったような鋭い刺激に襲われ、咄嗟に身をよじって逃れようとしたが、片手はつなぎ止められ、覆い被さってピタリとのしかかる四条のせいでヒクヒクと体を震わせることしか出来なかった。
 四条の腹に擦り付けるようになってしまった性器からは、とろりと精が吐き出されている。
 その間も、後孔を弄る四条の指は優しく、しかしそろそろと探るように力を入れながら同じ場所を何度もさすってきた。
 じわじわと追い詰められていくように再び体の中で快楽が膨れ上がり、緩やかに持ち上がった性器がトクトクと少量の精を零す。
 限界が近づいていることを撫子は察して、必死に頼み込んだ。
「し、四条くんっ、あっ、あん、おねが、待って……いっかい止まって」
 イっちゃうから! と叫ぶように言えば、ピタリと動きが止まる。四条が顔を上げて撫子を見た。彼の眼には、快感に悶える泣き顔が映っていた。
「お、俺……もうイっちゃいそうなの。だから、その……」
 その先を強請るのは、熱に浮かされた頭でも羞恥が勝った。そのさ、と言葉を躊躇いつつ、撫子は内心で、自分がここまで快楽に弱いなんて知らなかった、と嘆いた。
 さっきから、ずっと自分ばかりが翻弄されている。触れてもらえることは嬉しい。だが、四条にだって気持ちよくなって欲しいのだ。
 チラリと涙で潤んだ視界で見下ろすと、彼の性器は硬くそそり立っていて、撫子の頬がぽっと熱を持った。欲情してくれていることが嬉しい。愛されていることを実感して、恥ずかしさに重くなっていた口も戸惑いつつゆっくりと動いてくれた。
「おれ、イくなら一緒がいい。四条くんにも、気持ちよくなって欲しい」
 されるがままだった撫子は、そろそろと自分の意志で膝を立て、招くように足を開いた。
そうすると、緩く立ち上がって先走りを零す自分の性器も眼に入ってさらに羞恥がこみ上げたが、なんとかそれを堪えて上目遣いに四条にお願いした。
「いいのか……?」
 今すぐにも襲いかかりたい衝動を抑えたような低い声で四条は言った。こくりと頷けば、彼は確認するように浅く指を入れて広げ、孔の具合を確かめる。
「少しでも痛かったら言えよ。ゆっくり入れるから」
「うん……ありがとう」
「なんでお礼言うんだよ」
 当たり前のことだろ、と四条はふっと吹き出すように言った。撫子も、そんな彼の様子にクスクス笑って力が抜ける。けれど、彼の性器がそっと押し当てられると、緊張と未知へのドキドキで体は強張った。
 ゆっくり入り込んできた性器は、彼の体格に見合った太く長いものだ。指とは比べものにならないその大きさに、撫子の体に圧迫感と鈍い痛みが走った。
 どうにか力を抜こうと深呼吸をしていると、気づいた四条がまた顔中にキスを降らせる。彼だって眉が寄っていて、苦しいはずだ。それなのに、撫子を気遣ってくれている。
時間をかけて挿入していくと、ずんと奥に突き当たったような、痛みとも悦楽とも感じる鈍い刺激が腹の奥に広がった。
 四条は肩で息をするようにして「……入った」と呟いた。けれど、それ以上動こうとしない。
 圧迫感にも慣れた撫子がそれに疑問を持ち始めるころ、彼も顔を上げて撫子を見た。
「大丈夫か……?」
 彼の瞳には荒々しい情欲が浮かんでいた。それを必死に抑え込むように苦しそうに息をして、撫子を気にかけている。それがたまらなく嬉しくて、撫子の腹部がきゅんと疼いた。
すると、締めつけられた四条は突然の刺激に甘く呻いた。
 そのときに撫子の内部のある一点を掠め、喘ぎながら彼を求める。
「四条くん、動いて……おれ、大丈夫だから」
 こうして繋がっていられる。それが自分はなにより嬉しいのだと伝えて、撫子は微笑みながら繋がった手を強く握りしめた。
 四条は一瞬の躊躇いのあと、少しずつ律動を始めた。中を擦られる初めてのことに、撫子は「あ、あ、」と短い甘い声を零す。
「俺、誰かとこんなふうに触れ合うなんて、はあ……思ってなかった」
「うん……あ、俺も、そうだよ……!」
 ゆっくりだった四条の腰の動きが、次第に速くなる。それに合わせて二人の息も荒くなって、けれど心は満ち足りていった。
「お前のおかげだ」
 四条はそう言って、うっすらと微笑んだ。幸福をいっぱいに詰め込んだみたいな顔で。
「あ、あ、……あ――っ!」
 後孔のある一点を、四条の性器に責め立てられ、そのうち撫子は喘ぐことしか出来なくなった。もたらされる刺激で感じ入ってしまい、涙が零れた。頭にも靄がかかったように曇っていってなにも考えられなくなる。
「他人なんて嫌いだった。みんな自分のことだけ考えてて、保身ばっかりで……正しいことも出来ない奴ら。はっ……でも、そんなの当たり前だよな」
 ――誰だって自分が一番大事だ。
 四条がなにか言っている。だが、撫子にはもう考える力も残ってなくて、頭のなかが白んでいくなか、訳も分からず頷いていた。
 そんな撫子を愛情の光を宿した眼で見下ろした四条が、切実な響きで言った。
「けど、お前は違った……!」
「あっ、四条くんっ! だめ、もう、あ、あ、」
「俺はお前にもっと自分自身を大事にして欲しい、よっ!」
 四条の感じた吐息が、耳朶をくすぐった。すると、撫子の胸がじんわりと温かくなる。言われた言葉は今の頭じゃ理解も出来ないのに、どうしてか涙が出てくる。
「はあ、くっ……撫子、俺に愛されてくれ。どうしようもなく、俺は、お前に惹かれたんだっ!」
 一際強く腰を引かれ、ずるずると太い性器が抜けていく。「あ……」と細い悲鳴が漏れて、一息ついた瞬間、四条が思いっきり奥を突き立てて撫子の肢体を揺すった。
「ああ! あ、あ――――っ!」
 撫子はチカチカと視界を明滅させた。遅れて、四条が呻く声がして達した気配がした。温いものが中に広がり、撫子の性器も達してとろとろと勢いのない精が零れ出た。
 すると、途端に倦怠感が体を包んできて、自然と瞼が下がってきた。
 体中にほとばしる多幸感で、意識がふわふらしてくる。
ゆっくりと性器が抜かれて、微かに漏れた自分の嬌声が遠くに聞こえる。こめかみに柔らかな熱を感じつつ、撫子は微睡んだ。


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