【完結】『ルカ』

瀬川香夜子

文字の大きさ
2 / 35
一章

しおりを挟む



 動物たちも寝に入り始める夜のこと。
 空を覆う宵の闇とは裏腹に、その森は仄かに光を纏ったままだった。
 深い緑を宿した木々に、小さな光がポツポツと止まっている。
 人の指先ほどの小さな光は、ときどき収縮しては元の大きさに戻る。一つがフワリと浮かび上がって何かに気付いたように素早い動作で木の隙間を縫うように飛び立った。
 その動きに気付いたいくつかの光も、後を追うように葉から飛び移る。
 そう進まずに辿り着いた開けた場所に、人が倒れている。
 それを認識した光がピタリと動きを止める。警戒する様に倒れ伏した人影に近づいて行くが、その人物は気を失っているらしく身じろぎもしない。
 追いついた光たちも、物珍しげに人の周りをふわふわと浮かんではトンと一瞬触れた。
 地面に頬を預ける形で倒れた人影は、足首まである丈の長い真っ白な生地を広げており、緑が多く映る森の中では異質に見える。
 身に纏った衣服とは反対に、腰のあたりまで伸びた髪は真っ黒で夜の空気に溶けこもうとしていた。
 光たちはそれが気になったのか、草の上でなだらかな線を描く黒髪に寄っては撫でるように触れて離れる。

(神子さま?)
(神子さま?)

 葉の擦れ合う音の合間に光たちが囁く。
 光が集まってひそひそと言葉を交わす中、「っん」と呻くように声を上げて人影が身じろぐ。長い睫毛がゆっくりと押し上げられて青い瞳が現れた。
 まだ虚ろな色を宿した瞳を何度か瞬いて鈍い動きで上体を起こす。白い肌と服をサラサラと落ちた黒髪が隠してしまう。

「ここは……」

 低さも兼ね備えた柔らかな声は、まだ若い男のものだ。手で体を支えたままキョロリと辺りを見渡して飛んでいる光たちに気が付いた。
 浮かぶ光たちを青い眼差しが追いかける。
 まだ意識が回復していないのか、青年はぼんやりとした表情のまま、震える足に力を込めて立ち上がる。

(起きた?)
(大丈夫?)

 気遣うようにクルクルと青年の周りを飛ぶ光が問う。しかし、その声は届いていないようで、青年は忙しなく動く光たちを不思議そうに見つめていた。
 青年の様子に一つの光が輪から抜け出して森の中に躍り出る。気付いた青年も残りの光たちもその光を眼で追った。
 少し先で立ち止まった光が青年を振り返る様に動く。
 誘われるように青年が足を踏み出してゆっくりと歩き始めた。
 先を行く光は道を示し、他は身体を心配しているのか青年から離れることなく一緒に移動している。
 やはり起きたばかりの体は辛いのか、息が上がり始めた。励ます様に頬に光が寄りそう。
 覚束ない足取りでも着実に一歩ずつ進んで行くと、森を抜けて平坦な原っぱに出た。
 一つだけ森に続く道が整備されており、その道沿い―――森からそう遠くはない場所に一軒の家がある。道標の光はその家に向かい、青年も息をついてまた足を上げる。フラフラと道を辿り、もうすぐ家に辿り着く時。
 明かりの漏れる窓に人影を見た瞬間、青年の体から力が抜けて固い地面に倒れた。
 ワッと光が近寄って青年を囲う。
 家に辿り着いた光が扉に数回体当たりをして中から聞こえた声と共に青年に駆ける。玄関から現れた老婆の目を引くように光は自分たちを大きく発光させる。
 老婆の皺の寄った細い瞳が見開かれて青年を捉える。それを見届けた光は一斉に飛び上がり、そしてまた夜の森に消えて行った。

「あんた、大丈夫かい?」

 老婆のしわがれた声が届くと同時に、青年も意識を飛ばした。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折
BL
【本編は完結していますが、外伝執筆が楽しいので当面の間は連載中にします※不定期掲載】 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で交差する、記憶と感情。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオン。 封印された記憶、拭いきれない傷、すれ違う言葉。 謎に満ちた聖クロノア学院のなかで、ふたりの想いが静かに揺れ動く。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れる。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――そして、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、他者と繋がることでしか見えない未来がある。 許しと、選びなおしと、ささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか“願い”を知っていく。 これは、ふたりだけの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が誰かの救いに変わっていく 誰が「運命」に抗い、 誰が「未来」を選ぶのか。 優しさと痛みの交差点で紡がれる

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

処理中です...