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湖月の夢
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大礼拝堂での礼拝を終えると、人々はぞろぞろと庭に出てきて炊き出しのスープを味わっていた。
「ねえ! シェーベルがルカ先生の助手になるなんてねえ」
「本当に。あのやんちゃで生意気なちびっこが」
「いやね、大きくなったのは図体だけかと思ってたのに」
庭の中央では、おばさん達がシェーベルを取り囲んで盛り上がっている。その声は庭中に届くほどで、背を向けていてもガンガンとレオナルドの頭に響いてきた。
「なんなんだよ、みんなしてさあ」
シェーベルの、大人ぶりながらふにゃふにゃと甘えた声が空に抜ける。
「ルカ先生に迷惑かけるんじゃないよ!」
「勝手にフラフラするなよ!」
「分かってるよ、もう」
睦まじいやり取りに背を向けていると、やがてそんな自分がいたたまれなくなって、しかし振り返って彼らを真っ直ぐに見ることなんてレオナルドにはとても出来る気がしなかった。
(もし、僕が……)
叶えたいと願った夢は、想像もしない形でシェーベルのものになった。だからといって、街の人々に囲まれるシェーベルに自分を重ねることは出来なかった。どうしてこんなにも、惨めになるほど一途に夢を追ってきてしまったのだろう。何を見ても、何を思っても、レオナルドには心に寒風が吹きすぎて、夢を失くした自分の空虚さばかりがひりつくように痛かった。
「レオ」
背後から優しく名を呼ぶ声が聞こえて、レオナルドは振り返った。
「母さん! リル!」
母と妹は手を繋いでレオナルドに微笑みかける。三人で手をキュッキュッと握りあうと、互いに「久しぶり」と挨拶を交わした。
「レオ、また背が伸びたんじゃない?」
「そうかな? 自分だとあんまり分からないや」
「あーあ、レオを驚かせようと思ってたのに」
「ん?」
「リル、この二か月くらいですごく背が伸びたのよね。だから、今日会ったときにレオを追い抜いているかもしれないねって。そしたらレオ、きっとすごく驚くわねって言ってたのよ」
「それが何? レオまで大きくなってちゃ変わってないのと同じじゃない」
リルが唇を尖らせてツンとそっぽを向く。レオナルドはそんなリルの頭に手をやって、
「そんなことないよ」
と髪を指先で遊ぶように撫でた。
「たしかに背のことは分からなかったけど……。でも、顔つきが大人びてきたと思うよ。なんだか、その、朝露に曙光の射したみたいだ」
「……なによそれ。今どき、口説き文句だとしても流行らないわよ」
リルはレオナルドの腹をえいと小突いて、呆れたように小さく笑った。
「そんなことより、リル、少し痩せた? スープたくさんよそってくるから、ちょっと待ってて」
「いい、いい! さっき二杯も飲んだわよ」
「本当に?」
「母さんに聞いてみなさいよ。ねえ? 母さん」
「嘘じゃないわ。レオ、心配しなくても大丈夫よ、母さんがちゃんと食べさせてるから」
「それならいいんだけど……」
レオナルドは小さく口と眉を寄せて、それから庭を見回した。入り口に停まっていた馬車が動き出す。見送る背中にレオナルドは心当たりがあって、その影が振り向いてからレオナルドは声をかけた。
「マシュー!」
大きく手を振ると、マシューも気がついて手を振り駆け寄ってくる。
「半年前に来た子なんだ。今、うちで一番小さい」
マシューがこちらへ来る間、レオナルドは母妹に軽く彼を説明した。
「紹介するね。母と、妹のリルだよ」
「はじめまして、マシューともうします。レオナルドにはいつも、めんどうを見てもらって助けていただいています」
「はじめまして。レオナルドの母です。レオナルドと仲良くしてくれてありがとう」
「はじめまして、マシュー。リルです。レオに素敵な友人が増えて嬉しいわ」
軽く礼をして互いに挨拶を終えると、「これからもレオのこと、よろしくね」とリルがマシューの耳に口を寄せた。マシューは少し頬を赤らめて、「はい」と小指を差し出して約束した。
「マシューは、お姉さんに会えたの?」
「うん! けど、人が多いからつかれたみたいで、さっき帰っちゃった」
そうなの、とリルがマシューの頭を撫でる。お姉さんぶる妹の姿に、レオナルドは年月の流れを感じていた。
「ねえ? 今日もお歌、歌ってくれるんでしょう?」
母の期待する声に、
「うん、この後。……ああ、もうすぐ準備に行かなきゃ」
と、レオナルドは広場の様子を確認する。
「ふふ、楽しみだわ。マシュー、あなたの歌っている姿も」
「えへへ、緊張しちゃいますね」
「あら、余計なこと言っちゃったかしら」
「ううん、嬉しいです。僕、レオナルドの左斜め前にいます」
「まあ! 近いのね」
嬉しそうに胸の前で両手を合わせた母の髪に、光が煌めいて美しかった。
「母さん、リル。僕たちはそろそろ行くね」
「ええ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
マシューと手を繋いで母妹と別れる。「素敵なご家族だね」とレオナルドを見上げるマシューに、「そうでしょ?」とレオナルドは小さく誇った。
「ねえ! シェーベルがルカ先生の助手になるなんてねえ」
「本当に。あのやんちゃで生意気なちびっこが」
「いやね、大きくなったのは図体だけかと思ってたのに」
庭の中央では、おばさん達がシェーベルを取り囲んで盛り上がっている。その声は庭中に届くほどで、背を向けていてもガンガンとレオナルドの頭に響いてきた。
「なんなんだよ、みんなしてさあ」
シェーベルの、大人ぶりながらふにゃふにゃと甘えた声が空に抜ける。
「ルカ先生に迷惑かけるんじゃないよ!」
「勝手にフラフラするなよ!」
「分かってるよ、もう」
睦まじいやり取りに背を向けていると、やがてそんな自分がいたたまれなくなって、しかし振り返って彼らを真っ直ぐに見ることなんてレオナルドにはとても出来る気がしなかった。
(もし、僕が……)
叶えたいと願った夢は、想像もしない形でシェーベルのものになった。だからといって、街の人々に囲まれるシェーベルに自分を重ねることは出来なかった。どうしてこんなにも、惨めになるほど一途に夢を追ってきてしまったのだろう。何を見ても、何を思っても、レオナルドには心に寒風が吹きすぎて、夢を失くした自分の空虚さばかりがひりつくように痛かった。
「レオ」
背後から優しく名を呼ぶ声が聞こえて、レオナルドは振り返った。
「母さん! リル!」
母と妹は手を繋いでレオナルドに微笑みかける。三人で手をキュッキュッと握りあうと、互いに「久しぶり」と挨拶を交わした。
「レオ、また背が伸びたんじゃない?」
「そうかな? 自分だとあんまり分からないや」
「あーあ、レオを驚かせようと思ってたのに」
「ん?」
「リル、この二か月くらいですごく背が伸びたのよね。だから、今日会ったときにレオを追い抜いているかもしれないねって。そしたらレオ、きっとすごく驚くわねって言ってたのよ」
「それが何? レオまで大きくなってちゃ変わってないのと同じじゃない」
リルが唇を尖らせてツンとそっぽを向く。レオナルドはそんなリルの頭に手をやって、
「そんなことないよ」
と髪を指先で遊ぶように撫でた。
「たしかに背のことは分からなかったけど……。でも、顔つきが大人びてきたと思うよ。なんだか、その、朝露に曙光の射したみたいだ」
「……なによそれ。今どき、口説き文句だとしても流行らないわよ」
リルはレオナルドの腹をえいと小突いて、呆れたように小さく笑った。
「そんなことより、リル、少し痩せた? スープたくさんよそってくるから、ちょっと待ってて」
「いい、いい! さっき二杯も飲んだわよ」
「本当に?」
「母さんに聞いてみなさいよ。ねえ? 母さん」
「嘘じゃないわ。レオ、心配しなくても大丈夫よ、母さんがちゃんと食べさせてるから」
「それならいいんだけど……」
レオナルドは小さく口と眉を寄せて、それから庭を見回した。入り口に停まっていた馬車が動き出す。見送る背中にレオナルドは心当たりがあって、その影が振り向いてからレオナルドは声をかけた。
「マシュー!」
大きく手を振ると、マシューも気がついて手を振り駆け寄ってくる。
「半年前に来た子なんだ。今、うちで一番小さい」
マシューがこちらへ来る間、レオナルドは母妹に軽く彼を説明した。
「紹介するね。母と、妹のリルだよ」
「はじめまして、マシューともうします。レオナルドにはいつも、めんどうを見てもらって助けていただいています」
「はじめまして。レオナルドの母です。レオナルドと仲良くしてくれてありがとう」
「はじめまして、マシュー。リルです。レオに素敵な友人が増えて嬉しいわ」
軽く礼をして互いに挨拶を終えると、「これからもレオのこと、よろしくね」とリルがマシューの耳に口を寄せた。マシューは少し頬を赤らめて、「はい」と小指を差し出して約束した。
「マシューは、お姉さんに会えたの?」
「うん! けど、人が多いからつかれたみたいで、さっき帰っちゃった」
そうなの、とリルがマシューの頭を撫でる。お姉さんぶる妹の姿に、レオナルドは年月の流れを感じていた。
「ねえ? 今日もお歌、歌ってくれるんでしょう?」
母の期待する声に、
「うん、この後。……ああ、もうすぐ準備に行かなきゃ」
と、レオナルドは広場の様子を確認する。
「ふふ、楽しみだわ。マシュー、あなたの歌っている姿も」
「えへへ、緊張しちゃいますね」
「あら、余計なこと言っちゃったかしら」
「ううん、嬉しいです。僕、レオナルドの左斜め前にいます」
「まあ! 近いのね」
嬉しそうに胸の前で両手を合わせた母の髪に、光が煌めいて美しかった。
「母さん、リル。僕たちはそろそろ行くね」
「ええ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
マシューと手を繋いで母妹と別れる。「素敵なご家族だね」とレオナルドを見上げるマシューに、「そうでしょ?」とレオナルドは小さく誇った。
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