雨は藤色の歌

園下三雲

文字の大きさ
8 / 63
湖月の夢

8.

しおりを挟む
 大礼拝堂での礼拝を終えると、人々はぞろぞろと庭に出てきて炊き出しのスープを味わっていた。

「ねえ! シェーベルがルカ先生の助手になるなんてねえ」
「本当に。あのやんちゃで生意気なちびっこが」
「いやね、大きくなったのは図体だけかと思ってたのに」

 庭の中央では、おばさん達がシェーベルを取り囲んで盛り上がっている。その声は庭中に届くほどで、背を向けていてもガンガンとレオナルドの頭に響いてきた。

「なんなんだよ、みんなしてさあ」

 シェーベルの、大人ぶりながらふにゃふにゃと甘えた声が空に抜ける。

「ルカ先生に迷惑かけるんじゃないよ!」
「勝手にフラフラするなよ!」
「分かってるよ、もう」

 睦まじいやり取りに背を向けていると、やがてそんな自分がいたたまれなくなって、しかし振り返って彼らを真っ直ぐに見ることなんてレオナルドにはとても出来る気がしなかった。

(もし、僕が……)

 叶えたいと願った夢は、想像もしない形でシェーベルのものになった。だからといって、街の人々に囲まれるシェーベルに自分を重ねることは出来なかった。どうしてこんなにも、惨めになるほど一途に夢を追ってきてしまったのだろう。何を見ても、何を思っても、レオナルドには心に寒風が吹きすぎて、夢を失くした自分の空虚さばかりがひりつくように痛かった。

「レオ」

 背後から優しく名を呼ぶ声が聞こえて、レオナルドは振り返った。

「母さん! リル!」

 母と妹は手を繋いでレオナルドに微笑みかける。三人で手をキュッキュッと握りあうと、互いに「久しぶり」と挨拶を交わした。

「レオ、また背が伸びたんじゃない?」
「そうかな? 自分だとあんまり分からないや」
「あーあ、レオを驚かせようと思ってたのに」
「ん?」
「リル、この二か月くらいですごく背が伸びたのよね。だから、今日会ったときにレオを追い抜いているかもしれないねって。そしたらレオ、きっとすごく驚くわねって言ってたのよ」
「それが何? レオまで大きくなってちゃ変わってないのと同じじゃない」

 リルが唇を尖らせてツンとそっぽを向く。レオナルドはそんなリルの頭に手をやって、
「そんなことないよ」
と髪を指先で遊ぶように撫でた。

「たしかに背のことは分からなかったけど……。でも、顔つきが大人びてきたと思うよ。なんだか、その、朝露に曙光の射したみたいだ」
「……なによそれ。今どき、口説き文句だとしても流行らないわよ」

 リルはレオナルドの腹をえいと小突いて、呆れたように小さく笑った。

「そんなことより、リル、少し痩せた? スープたくさんよそってくるから、ちょっと待ってて」
「いい、いい! さっき二杯も飲んだわよ」
「本当に?」
「母さんに聞いてみなさいよ。ねえ? 母さん」
「嘘じゃないわ。レオ、心配しなくても大丈夫よ、母さんがちゃんと食べさせてるから」
「それならいいんだけど……」

 レオナルドは小さく口と眉を寄せて、それから庭を見回した。入り口に停まっていた馬車が動き出す。見送る背中にレオナルドは心当たりがあって、その影が振り向いてからレオナルドは声をかけた。

「マシュー!」

 大きく手を振ると、マシューも気がついて手を振り駆け寄ってくる。

「半年前に来た子なんだ。今、うちで一番小さい」

 マシューがこちらへ来る間、レオナルドは母妹に軽く彼を説明した。

「紹介するね。母と、妹のリルだよ」
「はじめまして、マシューともうします。レオナルドにはいつも、めんどうを見てもらって助けていただいています」
「はじめまして。レオナルドの母です。レオナルドと仲良くしてくれてありがとう」
「はじめまして、マシュー。リルです。レオに素敵な友人が増えて嬉しいわ」

 軽く礼をして互いに挨拶を終えると、「これからもレオのこと、よろしくね」とリルがマシューの耳に口を寄せた。マシューは少し頬を赤らめて、「はい」と小指を差し出して約束した。

「マシューは、お姉さんに会えたの?」
「うん! けど、人が多いからつかれたみたいで、さっき帰っちゃった」

 そうなの、とリルがマシューの頭を撫でる。お姉さんぶる妹の姿に、レオナルドは年月の流れを感じていた。

「ねえ? 今日もお歌、歌ってくれるんでしょう?」

 母の期待する声に、
「うん、この後。……ああ、もうすぐ準備に行かなきゃ」
と、レオナルドは広場の様子を確認する。

「ふふ、楽しみだわ。マシュー、あなたの歌っている姿も」
「えへへ、緊張しちゃいますね」
「あら、余計なこと言っちゃったかしら」
「ううん、嬉しいです。僕、レオナルドの左斜め前にいます」
「まあ! 近いのね」

 嬉しそうに胸の前で両手を合わせた母の髪に、光が煌めいて美しかった。

「母さん、リル。僕たちはそろそろ行くね」
「ええ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」

 マシューと手を繋いで母妹と別れる。「素敵なご家族だね」とレオナルドを見上げるマシューに、「そうでしょ?」とレオナルドは小さく誇った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...