雨は藤色の歌

園下三雲

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雪原の紅い風

25.

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  友なる君へ 藤の花の祝福を
  清らな愛に 呼び合う歌声よ
  気高く誇る 真冬の静寂に
  明け行く夜と暮れ行く昼に
  飛び交う鳥の傍らに風があるように
  友なる君へ 藤の花の祝福を

 十二月二十日。学徒らは広場にいた。一人一つ明かりをつけたランタンを手に、広場のステージで演奏を披露してから街中に飾りつけるのが習わしだ。例年は学徒らの合唱の後にルカの独唱があったが、今回はその代わりにレオナルドとルイが斉唱した。これは、試験の前に人前で歌う練習をという配慮によるものだった。

 街の人達へは、二人が最終試験に通ったことは知らせていない。そんなことをすればたちまちお祭り騒ぎで街を挙げての過剰な期待が彼らに寄せられることが明らかだったからだ。

 かといって何も言わずに街を出ていくことも難しいので、二人は数か月の研修に向かうということにしている。そのせいか、今回の斉唱も研修の前の挨拶代わりだと勝手に解釈して誰も深く疑問を持たずに温かく聴いてくれていた。

 今日の午後、学徒と街の人達があちこちでランタンを飾りつけている間に、二人は出立する。それを知っているのは、教会の人間とレオナルドの家族のみだった。

「随分早く発つのね?」
「遅れるわけにはいかないし、道中何があるか分からないから」
「そうね。気をつけて行くのよ。バールさんの商団に乗せていってもらうんでしょう?」
「うん。丁度中央に行くらしいから、お願いしたんだって。それもあって、少し早く出るんだ」
「そうよね、商団のお仕事もあるものね」

 レオナルドが頷くと、母も同じように、うんうんと頷いてみせる。

「レオ」

 リルはレオナルドを呼ぶと、その胸にギュッと強く抱きついた。

「大丈夫? とか私、訊かないわ。私だったら、大丈夫だよとしか言えないもの」
「うん」
「だからね、私きっと、レオが帰ってくる頃にはもっと大きくなって、悠々と見下ろしてあげるから」
「ふふふ。それは楽しみだ」

 レオナルドがリルの背を包む。薄い体はそれでも、前に会った時よりも女性らしくなった。頬に触れる細い髪が柔らかい。

「あら? ルイじゃない」

 母の声に顔を上げると、ルイが軽く会釈して近づいてきていた。

「こんにちは。レオナルドのお母さん、妹さん」

 ルイが美しく微笑む。母妹も「こんにちは」と挨拶を返し、それから母はしばらくルイを見つめると、
「ねえ? ルイ。貴方を抱きしめてもいいかしら」
と、尋ねた。

「え? あ、ええ、はい」

 ルイが戸惑いながら曖昧に頷く。母は嬉しそうに手を広げて、その内にギュッと彼を抱いた。

「貴方の歌声が、私はとても好きだわ。涼やかで、聡明で、きっと貴方は、人に寄り添うことが得意な人なんだろうと思ったの。……ふふ、これは私のただの感想ね?」

 豊かな胸に顔が埋もれて身動きの取れないルイは、手をどこにやればいいか分からず固まっている。

「本当の貴方がどんな人か私は分からないけれど、それでも私は貴方の歌声がとても好きだと思った。だから、帰ってきたらまた聴かせてね。無責任なことを言うけれど、逃げられる辛いことからは思い切ってどこまでも逃げて、そうして四か月が過ぎたら、レオナルドを連れて帰ってきて?」

 穏やかな母の声が、天使の囁きなのか悪魔の誘惑なのかルイには分からない。ただ、もしも未来の自分が自分を愛せなくなった時、それでも幸福に自分を引き戻そうとする最後の糸は、この温もりなのだろうと思った。

「貴方の幸福を、私は心から願っているわ」

 ルイは何も言わない。その代わりに、ゆっくりと背中に腕を回した。

「あら、ごめんなさい。そういえばルイはもしかしてレオナルドを迎えに来ていたんじゃない?」

 母が手に込めた力を緩めて、ルイはプハァと息を吐く。空気が白く消え、色のない冷気が鼻を刺す。

「あ、あああ、はい。そういえば」
「ごめんなさいね、引き止めてしまって」
「いえ、お気になさらず」

 体が離れる。腕に残る温もりを忘れたくなくて、ルイは小さく手を握った。

「二人とも、気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい!」

 ヒラヒラと母妹が手を振る。寂しさも不安もこの時ばかりは何処かへ隠れて、ただ優しい風が温かく吹くだけだった。

「行ってきます」

 レオナルドが手を振る。なんとなく、頬の内側を奥歯で噛みたい気持ちになる。

「……行ってきます」

 ルイが戸惑いながら手を小さく上げると、「行ってらっしゃい」ともう一度母は微笑む。ペコリと素早くお辞儀をすると、ルイは逃げるようにレオナルドの手を引いて戻っていった。

「ルイ、寒い? 顔が赤いみたい」
「そんなんじゃないよ! もう、分かってるでしょ!」
「ふふ、ごめん。可愛くて、つい」
「あー、やだやだ。むしろ暑いくらいだ」

 パタパタと顔を仰いでも頬の火照りは収まらず、そんなルイの姿が愛しくて、レオナルドは繋いだ手にほんの少し力を込めた。
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