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雪原の紅い風
26.
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ガクン! と左腕が落ちて目が覚めた。雨のにおい。ズラリと並ぶ藤色の建物。見たことのない街並みだ。静かなようで賑やかな不思議な音がする。
「レオナルド、起きたか。もうすぐ中央だぞ」
バールの声に目を擦る。右肩に乗るルイの頭が重い。
「今、何時ですか?」
「ん? 知らん。昼頃じゃないか?」
「え、ごめんなさい。私、寝すぎてしまって」
「構わん構わん。長旅で疲れてるんだろ。もうすぐ起こそうと思ってたところだ」
「すみません……」
「しかしなんだ、その『私』ってのはなんだかむず痒いな。中央教会ってのはそんなに厳しいところなのかい」
「ふふ、アダムスでも先生方に対しては『僕』ではなく『私』を使っていましたよ。ちょっと気が抜けて甘えた言葉遣いになってしまうことはあったけれど」
「へぇー」
「でも、中央教会が厳しいところだっていうのはその通りみたいです。言葉遣いもそうだけれど、言葉の抑揚とか立ち振る舞いとか、アルバート先生にしっかり特訓していただきました」
「ほー! アルバート先生か! それはまた厳しかったろ?」
「うーん? 細かいけれど丁寧で優しかったです」
レオナルドが微笑みながら答えると、
「それはレオナルドがねぇ、もともと綺麗な言葉を練習してたからでしょ。僕なんてフルーヴィア生まれフルーヴィア育ちなのに、ああでもないこうでもないって言われたよ」
と、ルイが半分寝惚けながら、間延びした口調で反論した。
「ルイ、おはよう」
「ん。おはよ」
頭を上げたルイの髪を、レオナルドは手櫛でササッと整えてやる。
「ハハハ! そんなもんだ。癖づいたのが一番直しにくいんだよな。自分じゃ違いに気付きづらいから。その点レオナルドはブルダム出身だから、最初の苦労はあっても綺麗に上達出来たんだろうさ」
バールが快活に笑う。レオナルドが「へえー」と口を丸くして感嘆すると、バールとルイは揃って少し困ったような呆れたような表情になった。
「へえーって、自分のことも言われてるのに」
「ったく、レオナルドのポケッとしてるところは母さん譲りか?」
「ああー確かに。レオナルドのお母さん、レオナルドっぽかったもの。この母にしてこの子ありかと思った」
「そう?」
「気立てがよくて、器量もよくて、なあ?」
バールがルイに同意を求めると、ルイは大きく頷く。
「うん。それから、ちょっと放っておけなさもある」
「そうなんだよ。リルちゃんは幾分かしっかりしてるけど、もう、街中みんなあの二人のことを構いたくなって仕方ないんだよな」
「そうなんだ……」
「お前もだぞ、レオナルド。心配だなあ、おっさんがついていけたらよかったのになあ」
バールが大袈裟に天を仰ぐので、
「バールさんがいたところで何にもならないでしょうよ」
と、ルイが皮肉っぽく笑う。
「そうか? いや、しかし俺はな、ルイのことも心配なんだよ。お前、パッと見ると美人で物腰柔らかそうなのに、その実、気が強いだろ。目を付けられないだろうかとか、無理しすぎないだろうかとか」
「ふふ、大丈夫。僕にはレオナルドがいるから」
ルイがレオナルドの肩を抱く。
「そうだな、二人で頑張れよ」
「任せといて」
バールはルイと拳を突き合わせて、それからその拳をレオナルドに向ける。レオナルドも二人の真似をしてみると、指の関節がほんの少し当たっただけなのに力が湧いてくるような気がした。
「よし。そろそろ着くぞ。本当にいいのか? 教会まで一緒に行かなくて」
「ありがとうございます。大丈夫です。付き添い不可と言われているので」
「そうか。それじゃあ後ろをコッソリついていくのも難しそうだな」
「何しようとしてるんですか」
「過保護にも程度ってものがある」
おどけるバールにレオナルドが突っ込んで、それにルイが被せて突っ込んで、そうして三人で笑いあった。何の意味も持たない下らない会話を重ねて、雨音が聞こえないくらい笑っていた。
やがて、三人の乗った荷車は円形の広場の隅に止まった。商店に物を売りながら、ここで露店も開いて市民相手にも商売をするのだという。
「気をつけて降りろよ」
先に降りたバールが伸ばす手に手を重ねて、レオナルドとルイはそれぞれ跳ねるように荷車から降りた。でこぼこしない石畳が足に優しい。
バールは二人を連れると一本の大通りの真ん中に立った。
「いいか。この道を突き当たるまで真っすぐ行って、左に曲がる。しばらく行くと大きい薬屋と本屋が向かい合ってるから、そこの角を右に曲がれば教会が見えてくるはずだ。迷ったら来た道を引き返してここまで帰ってくるか、どこかの店に入って道を聞きな」
「突き当たって左、薬屋さんと本屋さんのところを右ですね。ありがとうございます」
「おう。達者でやれよ。一月は中央にずっと居るから、何かあったら俺のところに来な」
腕組みするバールに、
「ふふ。バールさん、ありがとう。行ってきます」
と、レオナルドがそっと抱きつく。
「行ってきます」
ルイも同じように抱きつくと、バールはバシン! と二人の背中を叩いた。
「行ってこい!」
力強い声に二人は少し首を竦めて、もう一度揃って「行ってきます」と挨拶すると歩きだした。「痛いなぁ」と背中をさすりながら歩く二人の後ろ姿を、バールはその影が人混みの中へ消えてからもずっと見守っていた。
「レオナルド、起きたか。もうすぐ中央だぞ」
バールの声に目を擦る。右肩に乗るルイの頭が重い。
「今、何時ですか?」
「ん? 知らん。昼頃じゃないか?」
「え、ごめんなさい。私、寝すぎてしまって」
「構わん構わん。長旅で疲れてるんだろ。もうすぐ起こそうと思ってたところだ」
「すみません……」
「しかしなんだ、その『私』ってのはなんだかむず痒いな。中央教会ってのはそんなに厳しいところなのかい」
「ふふ、アダムスでも先生方に対しては『僕』ではなく『私』を使っていましたよ。ちょっと気が抜けて甘えた言葉遣いになってしまうことはあったけれど」
「へぇー」
「でも、中央教会が厳しいところだっていうのはその通りみたいです。言葉遣いもそうだけれど、言葉の抑揚とか立ち振る舞いとか、アルバート先生にしっかり特訓していただきました」
「ほー! アルバート先生か! それはまた厳しかったろ?」
「うーん? 細かいけれど丁寧で優しかったです」
レオナルドが微笑みながら答えると、
「それはレオナルドがねぇ、もともと綺麗な言葉を練習してたからでしょ。僕なんてフルーヴィア生まれフルーヴィア育ちなのに、ああでもないこうでもないって言われたよ」
と、ルイが半分寝惚けながら、間延びした口調で反論した。
「ルイ、おはよう」
「ん。おはよ」
頭を上げたルイの髪を、レオナルドは手櫛でササッと整えてやる。
「ハハハ! そんなもんだ。癖づいたのが一番直しにくいんだよな。自分じゃ違いに気付きづらいから。その点レオナルドはブルダム出身だから、最初の苦労はあっても綺麗に上達出来たんだろうさ」
バールが快活に笑う。レオナルドが「へえー」と口を丸くして感嘆すると、バールとルイは揃って少し困ったような呆れたような表情になった。
「へえーって、自分のことも言われてるのに」
「ったく、レオナルドのポケッとしてるところは母さん譲りか?」
「ああー確かに。レオナルドのお母さん、レオナルドっぽかったもの。この母にしてこの子ありかと思った」
「そう?」
「気立てがよくて、器量もよくて、なあ?」
バールがルイに同意を求めると、ルイは大きく頷く。
「うん。それから、ちょっと放っておけなさもある」
「そうなんだよ。リルちゃんは幾分かしっかりしてるけど、もう、街中みんなあの二人のことを構いたくなって仕方ないんだよな」
「そうなんだ……」
「お前もだぞ、レオナルド。心配だなあ、おっさんがついていけたらよかったのになあ」
バールが大袈裟に天を仰ぐので、
「バールさんがいたところで何にもならないでしょうよ」
と、ルイが皮肉っぽく笑う。
「そうか? いや、しかし俺はな、ルイのことも心配なんだよ。お前、パッと見ると美人で物腰柔らかそうなのに、その実、気が強いだろ。目を付けられないだろうかとか、無理しすぎないだろうかとか」
「ふふ、大丈夫。僕にはレオナルドがいるから」
ルイがレオナルドの肩を抱く。
「そうだな、二人で頑張れよ」
「任せといて」
バールはルイと拳を突き合わせて、それからその拳をレオナルドに向ける。レオナルドも二人の真似をしてみると、指の関節がほんの少し当たっただけなのに力が湧いてくるような気がした。
「よし。そろそろ着くぞ。本当にいいのか? 教会まで一緒に行かなくて」
「ありがとうございます。大丈夫です。付き添い不可と言われているので」
「そうか。それじゃあ後ろをコッソリついていくのも難しそうだな」
「何しようとしてるんですか」
「過保護にも程度ってものがある」
おどけるバールにレオナルドが突っ込んで、それにルイが被せて突っ込んで、そうして三人で笑いあった。何の意味も持たない下らない会話を重ねて、雨音が聞こえないくらい笑っていた。
やがて、三人の乗った荷車は円形の広場の隅に止まった。商店に物を売りながら、ここで露店も開いて市民相手にも商売をするのだという。
「気をつけて降りろよ」
先に降りたバールが伸ばす手に手を重ねて、レオナルドとルイはそれぞれ跳ねるように荷車から降りた。でこぼこしない石畳が足に優しい。
バールは二人を連れると一本の大通りの真ん中に立った。
「いいか。この道を突き当たるまで真っすぐ行って、左に曲がる。しばらく行くと大きい薬屋と本屋が向かい合ってるから、そこの角を右に曲がれば教会が見えてくるはずだ。迷ったら来た道を引き返してここまで帰ってくるか、どこかの店に入って道を聞きな」
「突き当たって左、薬屋さんと本屋さんのところを右ですね。ありがとうございます」
「おう。達者でやれよ。一月は中央にずっと居るから、何かあったら俺のところに来な」
腕組みするバールに、
「ふふ。バールさん、ありがとう。行ってきます」
と、レオナルドがそっと抱きつく。
「行ってきます」
ルイも同じように抱きつくと、バールはバシン! と二人の背中を叩いた。
「行ってこい!」
力強い声に二人は少し首を竦めて、もう一度揃って「行ってきます」と挨拶すると歩きだした。「痛いなぁ」と背中をさすりながら歩く二人の後ろ姿を、バールはその影が人混みの中へ消えてからもずっと見守っていた。
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