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雪原の紅い風
29.
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第三次試験の受験順は、レオナルドら中央教会以外の学徒らが最初に固められ、その後十五分の休憩を挟んで中央教会の学徒らが続くように決められていた。最初のうちは採点の基準も定まらず様子見で軒並み低い点がつけられがちだし、朝の早い時間は体も喉も起きたてで声が出しづらい。それが狙いでこの順番なのだろうということはレオナルド達にもすぐに分かって、だからこそ前日は早く就寝し、当日の朝は念入りに体をほぐし、発声練習をして試験に臨んだ。
受験順一番のルイは教歌三十七番を、二番のレオナルドは教歌三十八番が指定された。両曲とも音域が広く、言葉さばきとフレーズ終わりの処理に気をつけなければ美しく歌えない。緊張で浅くなりがちな呼吸では減点される箇所が多く、かといって丁寧さを心がければ楽曲の華やかさが失われてしまう難曲だ。しかし不思議と、ルイもレオナルドも「大丈夫」だという根拠のない安心感が心に根を張っていた。
試験は以前アルバートの言っていた通り、第一講堂に一人で入室し、正面で一曲歌い、退室し次の順番の者と入れ替わるという単純なものだ。次の順番の者は閉められたドアの前で待機することになっていたが、漏れ聞こえるルイの歌声が芯の通った美しさを持っていて、レオナルドは勝手に勇気づけられていた。
ルイの歌が終わるとドアが開いて入室を促される。講堂の中央付近には八名の試験官が並んで座っていた。すれ違う瞬間、ルイの手がさりげなく触れる。それだけで、安心が確信に変わる。
一礼し、深く呼吸する。見据えた空間に朝の光が満ちている。
歌い始めると、声に乗って幸福が広がっていくのが分かった。目に見えない歌声の行く先は、それでも光の粒を纏って煌めいて消える。何か大きな存在に包まれているような、見守られているような温かさが、耳に目に、舌に鼻にまろやかに届く。胸の前で重ねた手に、生まれたての愛おしさが憩う。
(ああ……、好きだなあ)
ただただ、心に溢れるのは歌が好きだという気持ちばかりだった。
レオナルドは、特別に自分の歌が上手だとは思っていない。自分の歌の未熟さは自分が一番分かっている。それでも、声に乗って自分の心が伸びていくこの感覚が、光に包まれるような幸福感がたまらなく好きだった。もっと歌いたいと願うのに、一方で過ぎるほど満たされる何かがある。高ぶるわけではないこの感情は、それでも確かに心の内でざわめいている。
だから、目を閉じる。歌い終わり、その光の最後の粒を見届けて、レオナルドは目を閉じて自分を見つめるのだった。
一礼し、歩き出すとドアの開く音がする。歌った後に視界がぼやけることがレオナルドにはよくあったが、今もそうだ。互いに手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいて、ようやくジョンの顔が見えた。すれ違い際、ルイにそうされたようにレオナルドもコツンと手の甲を当てる。繋がっていけばいいと願う。勇気と応援が互いの心を支える安心となるように。
退室するとドアの外にはディランとリヴィが並んでいて、微笑みだけ交わしてレオナルドは寮に戻っていく。微かに聞こえたジョンの歌声が彼らしい快活さを持っていて、「良かった」と思わず独り言を漏らした。
受験順一番のルイは教歌三十七番を、二番のレオナルドは教歌三十八番が指定された。両曲とも音域が広く、言葉さばきとフレーズ終わりの処理に気をつけなければ美しく歌えない。緊張で浅くなりがちな呼吸では減点される箇所が多く、かといって丁寧さを心がければ楽曲の華やかさが失われてしまう難曲だ。しかし不思議と、ルイもレオナルドも「大丈夫」だという根拠のない安心感が心に根を張っていた。
試験は以前アルバートの言っていた通り、第一講堂に一人で入室し、正面で一曲歌い、退室し次の順番の者と入れ替わるという単純なものだ。次の順番の者は閉められたドアの前で待機することになっていたが、漏れ聞こえるルイの歌声が芯の通った美しさを持っていて、レオナルドは勝手に勇気づけられていた。
ルイの歌が終わるとドアが開いて入室を促される。講堂の中央付近には八名の試験官が並んで座っていた。すれ違う瞬間、ルイの手がさりげなく触れる。それだけで、安心が確信に変わる。
一礼し、深く呼吸する。見据えた空間に朝の光が満ちている。
歌い始めると、声に乗って幸福が広がっていくのが分かった。目に見えない歌声の行く先は、それでも光の粒を纏って煌めいて消える。何か大きな存在に包まれているような、見守られているような温かさが、耳に目に、舌に鼻にまろやかに届く。胸の前で重ねた手に、生まれたての愛おしさが憩う。
(ああ……、好きだなあ)
ただただ、心に溢れるのは歌が好きだという気持ちばかりだった。
レオナルドは、特別に自分の歌が上手だとは思っていない。自分の歌の未熟さは自分が一番分かっている。それでも、声に乗って自分の心が伸びていくこの感覚が、光に包まれるような幸福感がたまらなく好きだった。もっと歌いたいと願うのに、一方で過ぎるほど満たされる何かがある。高ぶるわけではないこの感情は、それでも確かに心の内でざわめいている。
だから、目を閉じる。歌い終わり、その光の最後の粒を見届けて、レオナルドは目を閉じて自分を見つめるのだった。
一礼し、歩き出すとドアの開く音がする。歌った後に視界がぼやけることがレオナルドにはよくあったが、今もそうだ。互いに手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいて、ようやくジョンの顔が見えた。すれ違い際、ルイにそうされたようにレオナルドもコツンと手の甲を当てる。繋がっていけばいいと願う。勇気と応援が互いの心を支える安心となるように。
退室するとドアの外にはディランとリヴィが並んでいて、微笑みだけ交わしてレオナルドは寮に戻っていく。微かに聞こえたジョンの歌声が彼らしい快活さを持っていて、「良かった」と思わず独り言を漏らした。
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