雨は藤色の歌

園下三雲

文字の大きさ
上 下
37 / 63
雪原の紅い風

36.

しおりを挟む
 コンコン、と部屋がノックされる。待ち伏せていたレオナルドはすぐにドアを開けた。

「はい。今日の分の温石」
「ありがとうございます」

 ウィリアムは早速十数個の温石が入った手提げ袋をレオナルドの腕にかけ、そして一つをレオナルドのポケットに入れた。じわりと温かさが腰元から広がっていく。

「それから、もう一つ。貴方にお手紙ですよ」

 ウィリアムが封筒を見せたのでレオナルドは足元に手提げ袋を下すと、その封筒に両手を伸ばした。

「……指が、伸ばせないのか」

 指が曲がったままのレオナルドにウィリアムが呆然と呟く。まるで自分が傷ついたように目を揺らしてその手を見つめる。

「あ、あ、違うんです。曲げてるのが楽なだけで、ほら、ちゃんと伸ばせます」

 レオナルドが慌てて指をぎこちなく伸ばす。痛々しく細い指が震えている。

「やめなさい。伸ばさなくていい。無理をしては治りが遅くなるから。以前渡した軟膏は? もう無くなってしまったのではありませんか?」
「まだ、少し残っています。最近は手を打たれることは無くなったので、減りも遅くなったし」
「まさか、打たれなくなったから塗るのをやめたのですか」
「いえ、あの、少し量を減らして」
「たっぷり塗りなさい。明日、新しいものも渡しますから」
「はい」

 ウィリアムがレオナルドの腕にそっと封筒を乗せると、レオナルドはそれを抱きしめるように胸で挟んだ。不規則な息にレオナルドの肩は大きく上下しているのに背筋はピンと伸びて美しい立ち姿でいるから、ウィリアムは激しい憐憫に三秒ほど瞼を閉じた。

「あと十八回、夜を越したら、ルイ達と一緒に稽古できますからね」
「はい」
「食事は、取れていますか?」
「はい。美味しいです。時間内に食べきれないから、パンは取っておいてゆっくり食べてます」
「ああ、それはいいですね。明日、食器も用意しておきます。それに移したら、パン以外も急がずに食べられるでしょう?」
「ありがとうございます」

 レオナルドがはにかむ。その顔があまりに美しい。

「何か私に言っておきたいことはありますか?」
「いえ、多分、無いです。明日は、先生のお部屋に行ける日ですよね」
「ええ。ルイが来ると言っていましたよ。ジョン達も呼びますか?」
「ああ、うーん? あの、皆が来たいようだったら」
「分かりました。それでは、私はこれで。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 ウィリアムがいつものようにレオナルドの額に口づけて帰っていく。レオナルドは足元の温かい手提げ袋を左腕にかけるとドアを閉めた。

 掛け布団を一度剥いで温石を敷布団の上にばら撒くと、その上に掛け布団を戻す。こうしておくと寝るときに程よく温かい。掛け布団の上にうつ伏せになれば、直接温石を当てるよりも優しく体を包んでくれる。

 レオナルドは伏せたまま封筒を開ける。久しぶりに見たアルバートの字に、それだけで胸が苦しくなった。
しおりを挟む

処理中です...