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花乱る鳥籠
52.
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それからレオナルドを辱めた三人がどうなったのか知らない。これまでのことも含めてアルバートが中央教会に抗議したらしいことはなんとなく察していたが、レオナルドもルイも、それ以上のことは何も教えてはもらえなかった。どこから話を聞いたのか、王城から『建国記念の催しにあり得てはならないことが起きてはいないか』と中央教会へ釘をさす伺いがあったらしいとの風の噂も流れたが、真偽は定かでない。
「気をつけてね」
冬晴れの清々しい朝の空の下、アルバートの見送りにはレオナルドとルイ、そしてテオドールが立った。荷を背負ったアルバートが未練がましく
「いつでも帰ってきていいんだからね」
と言うので、レオナルドとルイは「帰らないよ」と笑う。
「そうだろうけれど、覚えておいて。君達の帰る場所はアダムスで、アダムスはいつだって君達を思っているから」
アルバートは冷えた手で二人の髪をそっと撫でてから、その隣のテオドールの肩に手を置いた。
「テオドール、君も。いつでも歓迎するからね」
「ありがとうございます」
テオドールはキリッと頼もしい表情をして、少しだけ嬉しさを滲ませて答えた。
「劇は教会の皆で観に来るよ。楽しみにしていていいんだよね?」
アルバートの問いかけに、三人はしっかりとうなずいて見せる。
「それじゃあね。元気で」
最後に一人一人と軽く抱き合ってから、アルバートは門を出て行った。振り返らない背中が寂しそうに見えて、その影が曲がり角に消えるまで、レオナルドは駆け出したくなる気持ちを抑えて見送っていた。
そろそろ戻ろうか、とテオドールに声をかけられて、レオナルドは寂しいのは自分の方だと気がつく。テオドールに背を支えられながら教会へ戻る間、ルイと繋いだ手が悴んで、沁みる寒さに紛れるように鼻を啜った。
部屋へ戻る廊下の途中、第一講堂を少し過ぎた辺りでジョン、ディラン、リヴィの三人と行き合った。
「先生、お帰りになったの?」
ディランが尋ねて、
「うん。今、見送ってきたところ。皆はどうしたの?」
と、ルイが答える。
「動きも踊りもなかなか覚えられなくてさ、見かねたウィリアム先生がお部屋を貸してくださったから、練習しに行くところ」
ジョンはそう言って台本と部屋の鍵を見せた。
「へえー。僕達も一緒に行って良い?」
「いいよ、勿論」
ルイは「やったね」とレオナルドに笑いかけて、それから
「テオドールも」
と、スッと一歩引いていたテオドールの手を取った。
「台本とか、持ってこなくて大丈夫?」
「僕は、リヴィの見せてもらう。いいよね?」
ルイが小首を傾げてリヴィを見る。
「まあ、いいけど」
リヴィは仕方なさそうに言ってから、ルイを強引に自分の近くに寄せた。
「レオナルド達は?」
「えっと、僕達は大体頭に入ってるから」
「はぁー。凄いね。頑張ったんだねぇ」
ディランがため息交じりに感心する。再び歩きだしながら、
「どうやって覚えたんだ? 参考までに聞かせてほしい」
とジョンが訊いた。
「ご飯の後とか、稽古がない時間に二人で。何度も繰り返して練習してるよ」
「やっぱり繰り返しだよな。分かってるんだけどなあ」
「難しい?」
「ほら、教典は何度も読んでるし、歌も何度も歌ってるから台詞と歌はまあ大丈夫なんだけどさ。今まで決められた動きをすることって無かったから、いまいちどう覚えたらいいものか。頭で分かってても体がついていかなかったりもするし」
分かる分かる、と共感しあっている内に部屋に着く。狭くも広くもないガランとした部屋の窓から木々に隠れて城の一部が見えた。
「ねえ、一度見せてもらおうよ。ヴィルとリトゥムハウゼの」
ディランがワクワクして提案する。
「僕は、いいけど」
レオナルドがテオドールを窺うと、テオドールは微笑んで一度頷いた。
「僕も構わないよ。どの場面にする?」
「最初に稽古した、あの曲がいいんじゃない?」
「ああ、そうしようか」
レオナルドとテオドールは部屋の中央に立つと、指を絡めて互いの手を握った。芳しい花の香りを嗅ぐように目を閉じて、息を吸う。瞼を開けて相手の目を見れば、心の底から恋しさが溢れてくる。左右に揺れて、やがてレオナルドは教歌十七番を歌いだした。
窓からの光は決して強くないのに、見つめ合う二人の姿が眩しい。息を揃えて踊る、その指先から愛の粒が空中に舞い散るようだった。重なる二人の声は重厚で儚くて神秘的で、ルイ達四人は曲が終わってからも暫く、どう息をしていいのか分からなかった。
「すごい、ね」
ディランが呆然と呟く。
「本当のヴィルとリトゥムハウゼみたい……」
ルイの言葉に、レオナルドとテオドールははにかんだ。
「二人の、もともとの才能もあるんだろうけれど、それにしたって随分努力したんじゃないかと思うんだ。どうして二人は、そんなに頑張れる?」
ジョンが尋ねると、レオナルドとテオドールはお互いを見合ってから、テオドールが口を開く。
「ヴィルも、リトゥムハウゼも、やりたいと願っていた人がたくさんいる。今だって、本当は自分の方が相応しいって思ってる人もいるって分かってる。その人達に認められたいというのは烏滸がましいけれど、僕達は選ばれた者として、出来る限りの努力はしたいんだ。それが最低限の誠意と責任だと思うから」
テオドールはそう言って、繋いだままの手を握り直した。レオナルドもまた、自分も同じ気持ちだと伝わるように手に力を込める。
「それに、僕達は最後のニ週間、稽古が出来ないからね。頑張らないと」
「ニ週間? ああ、神依りの儀式か」
リヴィが納得して数度頷く。
「うん。神依りの儀式の後は、本番までテオドール以外の誰にも会ってはならないから」
レオナルドが言うと、ジョンが「うへぇ」と頭を掻いた。
「大変だよなあ。レオナルドには悪いけど、俺、ヴィルは嫌だ」
「その体格でヴィルになんて、絶対にありえないから大丈夫」
リヴィが鋭く突っ込んで、ジョンは
「そう言われると、なんか嫌だな」
と笑った。
「あーあ、練習しよう。リトゥムハウゼがこんなに立派なんだもんな。俺だって威厳ある兄にならなきゃ」
「ジョンはリトゥムハウゼのお兄さんか。ディランがお父さんだっけ?」
レオナルドが尋ねる。
「そうだよー。この二人、どっちも僕の息子」
ディランは何処か誇らしげにジョンとテオドールの肩を抱いた。
「リヴィは、リトゥムハウゼの側近で、ルイの夫だよね」
「ルイの、じゃなくて、オースリエルの夫ね」
リヴィはすかさず訂正して、それからルイを傍に呼んだ。
「ルイ、一緒に踊るところ練習しようよ。折角だし、レオナルドに助言してもらおう」
リヴィに寄り添うルイが楽しそうに「うん」と頷くので、レオナルドは二人が良い関係を築けていることを実感する。
「じゃあ、テオドールは、俺に歩き方を教えてくれよ。動きが硬すぎるって言われるんだ」
「僕も僕も。テオドール、教えて?」
ジョンとディランに手を引かれて、テオドールは
「僕で、いいなら」
と少し戸惑いながらついていく。
テオドールが、ルイだけでなくジョン達三人と仲良く練習している。レオナルドは例えようのない嬉しさを感じていた。
「気をつけてね」
冬晴れの清々しい朝の空の下、アルバートの見送りにはレオナルドとルイ、そしてテオドールが立った。荷を背負ったアルバートが未練がましく
「いつでも帰ってきていいんだからね」
と言うので、レオナルドとルイは「帰らないよ」と笑う。
「そうだろうけれど、覚えておいて。君達の帰る場所はアダムスで、アダムスはいつだって君達を思っているから」
アルバートは冷えた手で二人の髪をそっと撫でてから、その隣のテオドールの肩に手を置いた。
「テオドール、君も。いつでも歓迎するからね」
「ありがとうございます」
テオドールはキリッと頼もしい表情をして、少しだけ嬉しさを滲ませて答えた。
「劇は教会の皆で観に来るよ。楽しみにしていていいんだよね?」
アルバートの問いかけに、三人はしっかりとうなずいて見せる。
「それじゃあね。元気で」
最後に一人一人と軽く抱き合ってから、アルバートは門を出て行った。振り返らない背中が寂しそうに見えて、その影が曲がり角に消えるまで、レオナルドは駆け出したくなる気持ちを抑えて見送っていた。
そろそろ戻ろうか、とテオドールに声をかけられて、レオナルドは寂しいのは自分の方だと気がつく。テオドールに背を支えられながら教会へ戻る間、ルイと繋いだ手が悴んで、沁みる寒さに紛れるように鼻を啜った。
部屋へ戻る廊下の途中、第一講堂を少し過ぎた辺りでジョン、ディラン、リヴィの三人と行き合った。
「先生、お帰りになったの?」
ディランが尋ねて、
「うん。今、見送ってきたところ。皆はどうしたの?」
と、ルイが答える。
「動きも踊りもなかなか覚えられなくてさ、見かねたウィリアム先生がお部屋を貸してくださったから、練習しに行くところ」
ジョンはそう言って台本と部屋の鍵を見せた。
「へえー。僕達も一緒に行って良い?」
「いいよ、勿論」
ルイは「やったね」とレオナルドに笑いかけて、それから
「テオドールも」
と、スッと一歩引いていたテオドールの手を取った。
「台本とか、持ってこなくて大丈夫?」
「僕は、リヴィの見せてもらう。いいよね?」
ルイが小首を傾げてリヴィを見る。
「まあ、いいけど」
リヴィは仕方なさそうに言ってから、ルイを強引に自分の近くに寄せた。
「レオナルド達は?」
「えっと、僕達は大体頭に入ってるから」
「はぁー。凄いね。頑張ったんだねぇ」
ディランがため息交じりに感心する。再び歩きだしながら、
「どうやって覚えたんだ? 参考までに聞かせてほしい」
とジョンが訊いた。
「ご飯の後とか、稽古がない時間に二人で。何度も繰り返して練習してるよ」
「やっぱり繰り返しだよな。分かってるんだけどなあ」
「難しい?」
「ほら、教典は何度も読んでるし、歌も何度も歌ってるから台詞と歌はまあ大丈夫なんだけどさ。今まで決められた動きをすることって無かったから、いまいちどう覚えたらいいものか。頭で分かってても体がついていかなかったりもするし」
分かる分かる、と共感しあっている内に部屋に着く。狭くも広くもないガランとした部屋の窓から木々に隠れて城の一部が見えた。
「ねえ、一度見せてもらおうよ。ヴィルとリトゥムハウゼの」
ディランがワクワクして提案する。
「僕は、いいけど」
レオナルドがテオドールを窺うと、テオドールは微笑んで一度頷いた。
「僕も構わないよ。どの場面にする?」
「最初に稽古した、あの曲がいいんじゃない?」
「ああ、そうしようか」
レオナルドとテオドールは部屋の中央に立つと、指を絡めて互いの手を握った。芳しい花の香りを嗅ぐように目を閉じて、息を吸う。瞼を開けて相手の目を見れば、心の底から恋しさが溢れてくる。左右に揺れて、やがてレオナルドは教歌十七番を歌いだした。
窓からの光は決して強くないのに、見つめ合う二人の姿が眩しい。息を揃えて踊る、その指先から愛の粒が空中に舞い散るようだった。重なる二人の声は重厚で儚くて神秘的で、ルイ達四人は曲が終わってからも暫く、どう息をしていいのか分からなかった。
「すごい、ね」
ディランが呆然と呟く。
「本当のヴィルとリトゥムハウゼみたい……」
ルイの言葉に、レオナルドとテオドールははにかんだ。
「二人の、もともとの才能もあるんだろうけれど、それにしたって随分努力したんじゃないかと思うんだ。どうして二人は、そんなに頑張れる?」
ジョンが尋ねると、レオナルドとテオドールはお互いを見合ってから、テオドールが口を開く。
「ヴィルも、リトゥムハウゼも、やりたいと願っていた人がたくさんいる。今だって、本当は自分の方が相応しいって思ってる人もいるって分かってる。その人達に認められたいというのは烏滸がましいけれど、僕達は選ばれた者として、出来る限りの努力はしたいんだ。それが最低限の誠意と責任だと思うから」
テオドールはそう言って、繋いだままの手を握り直した。レオナルドもまた、自分も同じ気持ちだと伝わるように手に力を込める。
「それに、僕達は最後のニ週間、稽古が出来ないからね。頑張らないと」
「ニ週間? ああ、神依りの儀式か」
リヴィが納得して数度頷く。
「うん。神依りの儀式の後は、本番までテオドール以外の誰にも会ってはならないから」
レオナルドが言うと、ジョンが「うへぇ」と頭を掻いた。
「大変だよなあ。レオナルドには悪いけど、俺、ヴィルは嫌だ」
「その体格でヴィルになんて、絶対にありえないから大丈夫」
リヴィが鋭く突っ込んで、ジョンは
「そう言われると、なんか嫌だな」
と笑った。
「あーあ、練習しよう。リトゥムハウゼがこんなに立派なんだもんな。俺だって威厳ある兄にならなきゃ」
「ジョンはリトゥムハウゼのお兄さんか。ディランがお父さんだっけ?」
レオナルドが尋ねる。
「そうだよー。この二人、どっちも僕の息子」
ディランは何処か誇らしげにジョンとテオドールの肩を抱いた。
「リヴィは、リトゥムハウゼの側近で、ルイの夫だよね」
「ルイの、じゃなくて、オースリエルの夫ね」
リヴィはすかさず訂正して、それからルイを傍に呼んだ。
「ルイ、一緒に踊るところ練習しようよ。折角だし、レオナルドに助言してもらおう」
リヴィに寄り添うルイが楽しそうに「うん」と頷くので、レオナルドは二人が良い関係を築けていることを実感する。
「じゃあ、テオドールは、俺に歩き方を教えてくれよ。動きが硬すぎるって言われるんだ」
「僕も僕も。テオドール、教えて?」
ジョンとディランに手を引かれて、テオドールは
「僕で、いいなら」
と少し戸惑いながらついていく。
テオドールが、ルイだけでなくジョン達三人と仲良く練習している。レオナルドは例えようのない嬉しさを感じていた。
応援ありがとうございます!
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