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花乱る鳥籠
57.
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レオナルドが目覚めた時、一番最初に見えたのは見慣れた廊下の天井だった。視線を下ろせば自分の体には二枚の毛布が掛けられており、認識した途端にその重たさを感じた。
朦朧とする意識の中でレオナルドが右を向くと、艶めいた細い髪の毛が見える。
「テオ……」
出した声が掠れて、レオナルドは最後までその名を呼べなかった。
どうにか体を起こしてみたが、直ぐに視界が暗転してしまう。何も被らずに床に寝るテオドールに自分に掛けられた毛布の片方を掛けてやりたいとレオナルドは願ったが、それも叶わなかった。
「ん……、レオナルド……?」
物音が聞こえたのか、気配が動いたせいか、テオドールは徐に目を開ける。起き上がりながら瞼を擦り、そしてレオナルドが起きている姿を見ると、テオドールは一気に目を覚まし、レオナルドの目の前まで行って肩に手を置いた。
「大丈夫か、レオナルド。今、水を持ってくるから」
テオドールはコップに一杯の水を持ってくると、レオナルドの肩を支えて飲ませてやる。
「おいしい。ありがとう」
「六日も何も飲み食いしてないんだ。目を閉じて、壁か僕に凭れて。辛かったら、僕の膝に頭を置いてくれて構わない」
微笑むレオナルドのすぐ隣にピタリと体を付けてテオドールは座った。レオナルドを肩まで包むように毛布を掛ける。
「ねえ、テオドール。ぼく、ぎしき、できた?」
「出来たよ。成功だ。僕は神様を見たよ」
たどたどしく訊ねるレオナルドを安心させるように、テオドールは穏やかに言った。
本当は、神の姿など見てはいなかった。雨が降り火が消えて、レオナルドがどうにか眠って、その体を抱きながら過ごす夜に、テオドールは何度も憤りと嘆きを繰り返した。何故レオナルドがこんなにも苦しまなければならないのか。傷つけられても傷つけ返すことなどしない、健気に生きるこの少年に、何故運命はこうまで試練を与えるのか。もはや何もかも、劇中に雨の女神ヴィルを名乗る者への禊なのだと思うしかなかった。そう思っても納得など到底出来なかったが、弱く降り続ける雨がまるでレオナルドを慰めるようで、寒さの一つも感じない自分が憎かった。冷たくない雨にヴィルという神の愛を感じてしまうから、それが酷く悔しかった。
「よかった。ぼく、ぜんぜん、きおくがなくて」
「そうか、覚えてないのか。大丈夫だ。僕が全部覚えているから」
テオドールがそう言うとレオナルドは束の間口を閉じて、それから嬉しそうにはにかんだ。
「ねえ? ふしぎなの。テオドールにだいじょうぶっていわれると、すごくからだがあたたかくなる。ふふふ。しあわせのまほうにかかったみたい」
口元を隠して笑うレオナルドが少女のようで、テオドールは切なさに自分も目を閉じた。
「ぼく、どのくらいねてた?」
「儀式の最終日の昼から今日までだから、四日間かな」
「そんなに……!」
「儀式は大変だったからね。眠っている間に体に力を溜めていたんだよ、きっと」
「いったい、なにがあったの?」
「まだ教えない。いつかきっと教えるから。今はもう少し水を飲んで、もう一度寝て、本番までに動ける体に戻していこう」
レオナルドは「うん……」と小さく言って体を僅かに起こし、もう一度水を飲む。
「そうだ。かげきだんのね、だんちょうさんからのおてがみ。ぎしきがおわったら、ふたりでよみなさいって」
「うん。分かった。レオナルドが元気になったら、一緒に読もう」
「いま、もってくる」
「ううん。今はまだ元気じゃないだろ?」
「でも」
「レオナルドは今が良くても、僕は今じゃ駄目だ。レオナルドが目を覚ましてくれたから気が抜けちゃった。とても団長さんからの言葉を受け入れられるだけの元気がないよ」
レオナルドが飲み終えたコップを預かると、
「焦らないで。本番まで、まだ一週間もあるんだ。ね?」
と、テオドールは優しく言い聞かせた。
「ほら、毛布を敷き直すから、寝よう。食事が届いたら起こしてあげる」
テオドールが整えた毛布の上にレオナルドを寝せると、
「テオドールもいっしょ」
と、レオナルドは端に寄ってテオドールの裾を引っ張った。レオナルドの不安定な瞳に見つめられてテオドールは断り切れず、レオナルドの隣に寝転がる。
「ありがとう、テオ」
心底安心したようにレオナルドは呟く。幾らもしない内に聞こえてきた寝息にテオドールは息を小さく吐き、そして誘われるように眠りについた。
朦朧とする意識の中でレオナルドが右を向くと、艶めいた細い髪の毛が見える。
「テオ……」
出した声が掠れて、レオナルドは最後までその名を呼べなかった。
どうにか体を起こしてみたが、直ぐに視界が暗転してしまう。何も被らずに床に寝るテオドールに自分に掛けられた毛布の片方を掛けてやりたいとレオナルドは願ったが、それも叶わなかった。
「ん……、レオナルド……?」
物音が聞こえたのか、気配が動いたせいか、テオドールは徐に目を開ける。起き上がりながら瞼を擦り、そしてレオナルドが起きている姿を見ると、テオドールは一気に目を覚まし、レオナルドの目の前まで行って肩に手を置いた。
「大丈夫か、レオナルド。今、水を持ってくるから」
テオドールはコップに一杯の水を持ってくると、レオナルドの肩を支えて飲ませてやる。
「おいしい。ありがとう」
「六日も何も飲み食いしてないんだ。目を閉じて、壁か僕に凭れて。辛かったら、僕の膝に頭を置いてくれて構わない」
微笑むレオナルドのすぐ隣にピタリと体を付けてテオドールは座った。レオナルドを肩まで包むように毛布を掛ける。
「ねえ、テオドール。ぼく、ぎしき、できた?」
「出来たよ。成功だ。僕は神様を見たよ」
たどたどしく訊ねるレオナルドを安心させるように、テオドールは穏やかに言った。
本当は、神の姿など見てはいなかった。雨が降り火が消えて、レオナルドがどうにか眠って、その体を抱きながら過ごす夜に、テオドールは何度も憤りと嘆きを繰り返した。何故レオナルドがこんなにも苦しまなければならないのか。傷つけられても傷つけ返すことなどしない、健気に生きるこの少年に、何故運命はこうまで試練を与えるのか。もはや何もかも、劇中に雨の女神ヴィルを名乗る者への禊なのだと思うしかなかった。そう思っても納得など到底出来なかったが、弱く降り続ける雨がまるでレオナルドを慰めるようで、寒さの一つも感じない自分が憎かった。冷たくない雨にヴィルという神の愛を感じてしまうから、それが酷く悔しかった。
「よかった。ぼく、ぜんぜん、きおくがなくて」
「そうか、覚えてないのか。大丈夫だ。僕が全部覚えているから」
テオドールがそう言うとレオナルドは束の間口を閉じて、それから嬉しそうにはにかんだ。
「ねえ? ふしぎなの。テオドールにだいじょうぶっていわれると、すごくからだがあたたかくなる。ふふふ。しあわせのまほうにかかったみたい」
口元を隠して笑うレオナルドが少女のようで、テオドールは切なさに自分も目を閉じた。
「ぼく、どのくらいねてた?」
「儀式の最終日の昼から今日までだから、四日間かな」
「そんなに……!」
「儀式は大変だったからね。眠っている間に体に力を溜めていたんだよ、きっと」
「いったい、なにがあったの?」
「まだ教えない。いつかきっと教えるから。今はもう少し水を飲んで、もう一度寝て、本番までに動ける体に戻していこう」
レオナルドは「うん……」と小さく言って体を僅かに起こし、もう一度水を飲む。
「そうだ。かげきだんのね、だんちょうさんからのおてがみ。ぎしきがおわったら、ふたりでよみなさいって」
「うん。分かった。レオナルドが元気になったら、一緒に読もう」
「いま、もってくる」
「ううん。今はまだ元気じゃないだろ?」
「でも」
「レオナルドは今が良くても、僕は今じゃ駄目だ。レオナルドが目を覚ましてくれたから気が抜けちゃった。とても団長さんからの言葉を受け入れられるだけの元気がないよ」
レオナルドが飲み終えたコップを預かると、
「焦らないで。本番まで、まだ一週間もあるんだ。ね?」
と、テオドールは優しく言い聞かせた。
「ほら、毛布を敷き直すから、寝よう。食事が届いたら起こしてあげる」
テオドールが整えた毛布の上にレオナルドを寝せると、
「テオドールもいっしょ」
と、レオナルドは端に寄ってテオドールの裾を引っ張った。レオナルドの不安定な瞳に見つめられてテオドールは断り切れず、レオナルドの隣に寝転がる。
「ありがとう、テオ」
心底安心したようにレオナルドは呟く。幾らもしない内に聞こえてきた寝息にテオドールは息を小さく吐き、そして誘われるように眠りについた。
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