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2、毛玉の令嬢
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本日、トリーシャ・ハーキュリー伯爵夫人と相成りました私ですが――
以前の名は、トリーシャ・フローレンス・ロドニー。
ロドニー伯爵家の長女でした・・・・・・一応は。
ロドニー伯爵家は、王国の中では歴史の浅い方らしいです。
所謂、領地を持たない宮中伯・・・・・・でも、父は商才がありお金稼ぎに長けておりましたので、私も不自由ない暮らしをさせていただいておりました。
むしろ、プルウィア王国は雨期が多く、領地を持つ貴族達の方が、管理に苦労するそうです。
私の旦那様となった御方——ブライアン・ハーキュリー様も、そのような家の産まれでした。
建国の時期から領地を持つ、由緒正しき貴族・・・・・・ですが、昨年の雨期で領地は壊滅的な被害を負い、御家族の皆様も心労が祟ってお亡くなりに・・・・・・。
ブライアン様は本来なら跡を継ぐ立場ではなく、王都の騎士団に勤めていたのですが、急遽、当主となられて、領地の復興に尽力する必要があったのです。
その為に、資金援助を目的として私のような不束者を引き取っていただく運びとなりました。
『不束者』——私は、産まれた時からどうしようもない娘でした。
母の命と引き換えに産まれ、預けられた遠縁の家では周囲と馴染めなくて・・・・・・陰気で、会話も下手で、貴族令嬢として欠点だらけでした。
こんな誰とも仲良くできない私には、いつからか猫が集まるようになりました。
このプルウィア王国には、猫を遣いとする古い神の信仰が残っていますから、もしかすると神様が同情してくださったのかもしれません。
猫としか仲良くできない私は、ますます居場所が無くて・・・・・・義母とも折り合いが悪く、寄宿学校や修道院を転々として・・・・・・いつの間にか十九歳に。
世間様には『病弱』ということにして、伯爵家の別邸に引き籠っていたのですが、いつまでもそんな暮らしをしているわけにはいきません。
ロドニー伯爵家には、後継の男児——私の異母弟にあたる子がいるのです。
まだ十歳を超えたばかりとはいえ、そろそろ婚約を考えてもいい時期・・・・・・こんな姉が居座っている屋敷など、誰も嫁ぎたくないでしょう。
縁談も職も期待できず、行く当てのない私を持て余したお父様が、このような契約結婚を纏めてくださったのです。
この度、私の旦那様となってしまったブライアン様は、所謂『優良物件』となるはずだった――と聞いております。
由緒正しき伯爵家の産まれで、剣で身を立てるために王立騎士団へ入団。
幼い頃から剣技の才能があり、学力や作法も高水準であるため順調に出世なさっていたそうです。
歳は、確か二十四歳・・・・・・貴族家の子息なら結婚していてもおかしくない年齢ですが、後継ではなかったため、婚約等はしていなかったそうです。
ですが、ブライアン様は女性達の間では人気でした。
少しだけ在籍していた寄宿学校や、こっそり訪れていた図書館や喫茶店・・・・・・そのような場所で、他家の御令嬢達が噂していた話なら、漏れ聞いたことがあります。
『麗しく、有能な騎士様』
『王妃陛下も贔屓している』
『そろそろ騎士爵となるだろう』
爵位を得たら・・・・・・爵位が無くても、彼と結婚や恋愛をしたいと囁く女性達は数多くいました。
ですが、現実は残酷なものです。
生家を守るために、ブライアン様は愛の無い契約結婚をすることになってしまって・・・・・・。
ハーキュリー伯爵領への援助を提案したのは、お父様だけではありません。
資産に余裕がある貴族家や商家——私のように、結婚を条件とした家も幾つかあったそうです。
ですが、王命が下されたのは、我がロドニー伯爵家との結婚でした。
ひょっとすると、私なんかより魅力的な女性と結婚できる可能性もあったのに・・・・・・。
結婚が決まったのが、凡そ三か月ほど前——
父から契約の話を聞いた時、私は急ぎ手紙を出しました。
挨拶と謝罪の意を込めた手紙に対して、ブライアン様の返事は実に簡素でした。
『此度は援助をしていただき感謝している。できる限りロドニー伯爵家の意向に従う』
そのような手紙に対して、私は何と返していいか分からず、結局、手紙の遣り取りもしないまま、結婚式を迎えてしまいました。
ブライアン様は御多忙でしたから、お会いする機会もありませんでした。
・・・・・・父は、私の体質を必死に隠していましたしね。
結婚式は、非常に簡素なものでした。
聖堂で誓いの言葉を交わし、結婚証明書に名前を書くだけ・・・・・・勿論、口付けなんてとてもとても・・・・・・。
私は不細工と言われた醜い顔を、分厚いベールで隠して式に臨みました。
レースの隙間から辛うじて見えたブライアン様の顔は、金茶の大きな瞳が目立つ、美しい顔立ちで・・・・・・御令嬢達が噂するのもわかります。
ご家族を亡くしたブライアン様に配慮して、結婚式に参列したのは私の父と義母だけ・・・・・・空席が非常に目立ちました。
ですが、ブライアン様と馬車に乗る際、聖堂の外には大勢の気配を感じました。
ブライアン様の結婚を惜しみ、女性達が相手を一目見ようと詰め掛けていたそうです。
直接声を掛けてくる方はいませんでしたが、嘆きや恨みの囁きは聞こえていました。
「疲れていないか」
「はい、大丈夫です」
ハーキュリー伯爵家の邸宅へ向かう途中、私達が交わした会話はそれだけです。
気まずい空気のまま到着し、私はブライアン様と別れました。
そして、軽食をいただいた後、使用人の皆さんに湯浴みを手伝ってもらい、寝室で夜を迎えたのです。
・・・・・・勿論、夫婦で使う寝室ではなく、私専用のお部屋を用意していただいて。
今日のこの時——初夜だけが、私の不安でした。
いくら形だけの結婚とはいえ、寝室に猫が集まっている光景を見たら、旦那様だって驚きますものね。
ですから、どうしてもお部屋を見られるわけにはいかなかったのです。
以前の名は、トリーシャ・フローレンス・ロドニー。
ロドニー伯爵家の長女でした・・・・・・一応は。
ロドニー伯爵家は、王国の中では歴史の浅い方らしいです。
所謂、領地を持たない宮中伯・・・・・・でも、父は商才がありお金稼ぎに長けておりましたので、私も不自由ない暮らしをさせていただいておりました。
むしろ、プルウィア王国は雨期が多く、領地を持つ貴族達の方が、管理に苦労するそうです。
私の旦那様となった御方——ブライアン・ハーキュリー様も、そのような家の産まれでした。
建国の時期から領地を持つ、由緒正しき貴族・・・・・・ですが、昨年の雨期で領地は壊滅的な被害を負い、御家族の皆様も心労が祟ってお亡くなりに・・・・・・。
ブライアン様は本来なら跡を継ぐ立場ではなく、王都の騎士団に勤めていたのですが、急遽、当主となられて、領地の復興に尽力する必要があったのです。
その為に、資金援助を目的として私のような不束者を引き取っていただく運びとなりました。
『不束者』——私は、産まれた時からどうしようもない娘でした。
母の命と引き換えに産まれ、預けられた遠縁の家では周囲と馴染めなくて・・・・・・陰気で、会話も下手で、貴族令嬢として欠点だらけでした。
こんな誰とも仲良くできない私には、いつからか猫が集まるようになりました。
このプルウィア王国には、猫を遣いとする古い神の信仰が残っていますから、もしかすると神様が同情してくださったのかもしれません。
猫としか仲良くできない私は、ますます居場所が無くて・・・・・・義母とも折り合いが悪く、寄宿学校や修道院を転々として・・・・・・いつの間にか十九歳に。
世間様には『病弱』ということにして、伯爵家の別邸に引き籠っていたのですが、いつまでもそんな暮らしをしているわけにはいきません。
ロドニー伯爵家には、後継の男児——私の異母弟にあたる子がいるのです。
まだ十歳を超えたばかりとはいえ、そろそろ婚約を考えてもいい時期・・・・・・こんな姉が居座っている屋敷など、誰も嫁ぎたくないでしょう。
縁談も職も期待できず、行く当てのない私を持て余したお父様が、このような契約結婚を纏めてくださったのです。
この度、私の旦那様となってしまったブライアン様は、所謂『優良物件』となるはずだった――と聞いております。
由緒正しき伯爵家の産まれで、剣で身を立てるために王立騎士団へ入団。
幼い頃から剣技の才能があり、学力や作法も高水準であるため順調に出世なさっていたそうです。
歳は、確か二十四歳・・・・・・貴族家の子息なら結婚していてもおかしくない年齢ですが、後継ではなかったため、婚約等はしていなかったそうです。
ですが、ブライアン様は女性達の間では人気でした。
少しだけ在籍していた寄宿学校や、こっそり訪れていた図書館や喫茶店・・・・・・そのような場所で、他家の御令嬢達が噂していた話なら、漏れ聞いたことがあります。
『麗しく、有能な騎士様』
『王妃陛下も贔屓している』
『そろそろ騎士爵となるだろう』
爵位を得たら・・・・・・爵位が無くても、彼と結婚や恋愛をしたいと囁く女性達は数多くいました。
ですが、現実は残酷なものです。
生家を守るために、ブライアン様は愛の無い契約結婚をすることになってしまって・・・・・・。
ハーキュリー伯爵領への援助を提案したのは、お父様だけではありません。
資産に余裕がある貴族家や商家——私のように、結婚を条件とした家も幾つかあったそうです。
ですが、王命が下されたのは、我がロドニー伯爵家との結婚でした。
ひょっとすると、私なんかより魅力的な女性と結婚できる可能性もあったのに・・・・・・。
結婚が決まったのが、凡そ三か月ほど前——
父から契約の話を聞いた時、私は急ぎ手紙を出しました。
挨拶と謝罪の意を込めた手紙に対して、ブライアン様の返事は実に簡素でした。
『此度は援助をしていただき感謝している。できる限りロドニー伯爵家の意向に従う』
そのような手紙に対して、私は何と返していいか分からず、結局、手紙の遣り取りもしないまま、結婚式を迎えてしまいました。
ブライアン様は御多忙でしたから、お会いする機会もありませんでした。
・・・・・・父は、私の体質を必死に隠していましたしね。
結婚式は、非常に簡素なものでした。
聖堂で誓いの言葉を交わし、結婚証明書に名前を書くだけ・・・・・・勿論、口付けなんてとてもとても・・・・・・。
私は不細工と言われた醜い顔を、分厚いベールで隠して式に臨みました。
レースの隙間から辛うじて見えたブライアン様の顔は、金茶の大きな瞳が目立つ、美しい顔立ちで・・・・・・御令嬢達が噂するのもわかります。
ご家族を亡くしたブライアン様に配慮して、結婚式に参列したのは私の父と義母だけ・・・・・・空席が非常に目立ちました。
ですが、ブライアン様と馬車に乗る際、聖堂の外には大勢の気配を感じました。
ブライアン様の結婚を惜しみ、女性達が相手を一目見ようと詰め掛けていたそうです。
直接声を掛けてくる方はいませんでしたが、嘆きや恨みの囁きは聞こえていました。
「疲れていないか」
「はい、大丈夫です」
ハーキュリー伯爵家の邸宅へ向かう途中、私達が交わした会話はそれだけです。
気まずい空気のまま到着し、私はブライアン様と別れました。
そして、軽食をいただいた後、使用人の皆さんに湯浴みを手伝ってもらい、寝室で夜を迎えたのです。
・・・・・・勿論、夫婦で使う寝室ではなく、私専用のお部屋を用意していただいて。
今日のこの時——初夜だけが、私の不安でした。
いくら形だけの結婚とはいえ、寝室に猫が集まっている光景を見たら、旦那様だって驚きますものね。
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