黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

文字の大きさ
2 / 30

2、毛玉の令嬢

しおりを挟む
 本日、トリーシャ・ハーキュリー伯爵夫人と相成りました私ですが――
 以前の名は、トリーシャ・フローレンス・ロドニー。
 ロドニー伯爵家の長女でした・・・・・・一応は。

 ロドニー伯爵家は、王国の中では歴史の浅い方らしいです。
 所謂、領地を持たない宮中伯・・・・・・でも、父は商才がありお金稼ぎに長けておりましたので、私も不自由ない暮らしをさせていただいておりました。
 むしろ、プルウィア王国は雨期が多く、領地を持つ貴族達の方が、管理に苦労するそうです。

 私の旦那様となった御方——ブライアン・ハーキュリー様も、そのような家の産まれでした。
 建国の時期から領地を持つ、由緒正しき貴族・・・・・・ですが、昨年の雨期で領地は壊滅的な被害を負い、御家族の皆様も心労が祟ってお亡くなりに・・・・・・。
 ブライアン様は本来なら跡を継ぐ立場ではなく、王都の騎士団に勤めていたのですが、急遽、当主となられて、領地の復興に尽力する必要があったのです。
 その為に、資金援助を目的として私のような不束者を引き取っていただく運びとなりました。


『不束者』——私は、産まれた時からどうしようもない娘でした。
 母の命と引き換えに産まれ、預けられた遠縁の家では周囲と馴染めなくて・・・・・・陰気で、会話も下手で、貴族令嬢として欠点だらけでした。

 こんな誰とも仲良くできない私には、いつからか猫が集まるようになりました。
 このプルウィア王国には、猫を遣いとする古い神の信仰が残っていますから、もしかすると神様が同情してくださったのかもしれません。

 猫としか仲良くできない私は、ますます居場所が無くて・・・・・・義母とも折り合いが悪く、寄宿学校や修道院を転々として・・・・・・いつの間にか十九歳に。
 世間様には『病弱』ということにして、伯爵家の別邸に引き籠っていたのですが、いつまでもそんな暮らしをしているわけにはいきません。

 ロドニー伯爵家には、後継の男児——私の異母弟にあたる子がいるのです。
 まだ十歳を超えたばかりとはいえ、そろそろ婚約を考えてもいい時期・・・・・・こんな姉が居座っている屋敷など、誰も嫁ぎたくないでしょう。
 縁談も職も期待できず、行く当てのない私を持て余したお父様が、このような契約結婚を纏めてくださったのです。


 この度、私の旦那様となってしまったブライアン様は、所謂『優良物件』となるはずだった――と聞いております。

 由緒正しき伯爵家の産まれで、剣で身を立てるために王立騎士団へ入団。
 幼い頃から剣技の才能があり、学力や作法も高水準であるため順調に出世なさっていたそうです。
 歳は、確か二十四歳・・・・・・貴族家の子息なら結婚していてもおかしくない年齢ですが、後継ではなかったため、婚約等はしていなかったそうです。
 ですが、ブライアン様は女性達の間では人気でした。

 少しだけ在籍していた寄宿学校や、こっそり訪れていた図書館や喫茶店・・・・・・そのような場所で、他家の御令嬢達が噂していた話なら、漏れ聞いたことがあります。
『麗しく、有能な騎士様』
『王妃陛下も贔屓している』
『そろそろ騎士爵となるだろう』
 爵位を得たら・・・・・・爵位が無くても、彼と結婚や恋愛をしたいと囁く女性達は数多くいました。

 ですが、現実は残酷なものです。
 生家を守るために、ブライアン様は愛の無い契約結婚をすることになってしまって・・・・・・。
 ハーキュリー伯爵領への援助を提案したのは、お父様だけではありません。
 資産に余裕がある貴族家や商家——私のように、結婚を条件とした家も幾つかあったそうです。
 ですが、王命が下されたのは、我がロドニー伯爵家との結婚でした。
 ひょっとすると、私なんかより魅力的な女性と結婚できる可能性もあったのに・・・・・・。

 結婚が決まったのが、凡そ三か月ほど前——
 父から契約の話を聞いた時、私は急ぎ手紙を出しました。
 挨拶と謝罪の意を込めた手紙に対して、ブライアン様の返事は実に簡素でした。

『此度は援助をしていただき感謝している。できる限りロドニー伯爵家の意向に従う』

 そのような手紙に対して、私は何と返していいか分からず、結局、手紙の遣り取りもしないまま、結婚式を迎えてしまいました。
 ブライアン様は御多忙でしたから、お会いする機会もありませんでした。
 ・・・・・・父は、私の体質を必死に隠していましたしね。


 結婚式は、非常に簡素なものでした。
 聖堂で誓いの言葉を交わし、結婚証明書に名前を書くだけ・・・・・・勿論、口付けなんてとてもとても・・・・・・。

 私は不細工と言われた醜い顔を、分厚いベールで隠して式に臨みました。
 レースの隙間から辛うじて見えたブライアン様の顔は、金茶の大きな瞳が目立つ、美しい顔立ちで・・・・・・御令嬢達が噂するのもわかります。

 ご家族を亡くしたブライアン様に配慮して、結婚式に参列したのは私の父と義母だけ・・・・・・空席が非常に目立ちました。
 ですが、ブライアン様と馬車に乗る際、聖堂の外には大勢の気配を感じました。
 ブライアン様の結婚を惜しみ、女性達が相手を一目見ようと詰め掛けていたそうです。
 直接声を掛けてくる方はいませんでしたが、嘆きや恨みの囁きは聞こえていました。

「疲れていないか」
「はい、大丈夫です」
 ハーキュリー伯爵家の邸宅へ向かう途中、私達が交わした会話はそれだけです。
 気まずい空気のまま到着し、私はブライアン様と別れました。
 そして、軽食をいただいた後、使用人の皆さんに湯浴みを手伝ってもらい、寝室で夜を迎えたのです。
 ・・・・・・勿論、夫婦で使う寝室ではなく、私専用のお部屋を用意していただいて。

 今日のこの時——初夜だけが、私の不安でした。
 いくら形だけの結婚とはいえ、寝室に猫が集まっている光景を見たら、旦那様だって驚きますものね。
 ですから、どうしてもお部屋を見られるわけにはいかなかったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...