黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

文字の大きさ
3 / 30

3、お飾り妻始めました

しおりを挟む
 頬に押し付けられた感触に気付き、私は目を覚ましました。

 結婚して初めて迎えた朝、私の隣で寝ているのは旦那様・・・・・・ではなくて、勿論猫です。

 白と茶が混じった短い毛並みの猫が、私の頬を叩いています。
 そんなに強い力でもなく、ぷにぷにと。

「あら、おはようございます」
 私はその猫を抱き上げながら、ベッドから降りました。

 一人で寝るには少し大きいベッドは、木の古さは目立ちますが、シーツは真新しくてふんわり。
 隅では、猫が二匹丸まっています。
 旦那様不在の初夜を、私は猫と過ごしたのです。


 分厚いカーテンを開けると、外はいつも通りの曇り空。
 プルウィア王国は例年通り雨期に入りましたので、この時期の空は、いつもこのような感じです。
 長い雨を憂い、早く夏が来るように願う季節・・・・・・今、この時も、旦那様は領地のことを考えておられるのでしょうか。
 私は窓の近くで跪き、祈りを捧げました。
(・・・・・・主よ、どうかブライアン様をお守りください)

 修道院を中退したのは、もう、数年も前・・・・・・『シスター・フローレンス』と呼ばれることもなくなりましたが。
 それでも、主に己の愚かさを悔い、祈りを捧げる習慣は身に着いていました。

 修道院の環境は厳しく寂しいものでしたが、特に苦痛ではありませんでした。
 人付き合いが苦手な私にとって、私語を慎み、黙々と祈りや奉仕活動に従事する生活は、性に合っていたのでしょう。
 私の亡きお母様も、元々は『シスター・イーディス』という洗礼名をいただいた修道女だったそうなので、若しかしたら遺伝なのかもしれません。
 ・・・・・・まあ、お母様は、明るくて活発な性格だったらしいのですが。

 父がハーキュリー伯爵家に資金を提供し、私はブライアン様のお飾り妻として生活できる環境をいただいた・・・・・・ですが、ブライアン様個人には何の益もない結婚。
 美しい容姿や秀でた才能の無い私に、ブライアン様へ返せるものがないので、せめて安寧をお祈りさせていただこうと思います。


 祈りを捧げた後、もう一度空を見上げ――ふと、私は気付きました。
 雲の隙間から垣間見える太陽は高い位置にあり・・・・・・もう、お昼近い時刻のようです。

 昨日は結婚式があり、余り食事をできませんでしたから、はしたなくも空腹を覚えてしまいました。
 それに、夜着のままなので、着替えもしておきたいです。
 昨日に身支度を手伝ってくれた方々が、私の侍女になるのでしょうか・・・・・・彼女達を呼べばいいのでしょうか?

「ここにいておいてね。あなた達のご飯も、後で聞いてみるわ」
 私は思い思いに過ごしていた猫達に声を掛けると、寝室の扉――廊下に繋がっている方ではない、もう一つの扉を開けました。
 隣の部屋が、伯爵夫人の私室だと説明を受けていたのです。

 中は寝室よりも少し狭いぐらいの大きさです。
 備えている家具は、書き物机や衣装棚、鏡台に丸い机・・・・・・此方は、お茶をいただく時に使うのでしょうか。
 書き物机の上に、小さな呼び鈴が置いてあったので、私はそれを鳴らしました。
 大きな音が響いたので、私は椅子に座り、誰かが来るのを待ちました。


 それなりの時間が経ったと思うのですが――

 待っていても、誰かが来る気配がありません。
 聞こえなかったのでしょうか・・・・・・もう一度鳴らして・・・・・・ですが、お忙しかったら申し訳ないし・・・・・・。

 色々と悩んでしまった私は、思い切って立ち上がりました。
 私室は三方向の壁に扉が付いています。
 一つは廊下、一つは先程の寝室。
 そして、もう一つは浴室に繋がっているのです。

 浴室は手前に小部屋があって、水を汲めるポンプと竈が備えてあるのです。
 昨日、使用人の方々が湯浴みの準備をしてくれていたので覚えています。

 少し錆びた所のあるポンプに手を掛けると、ゆっくりとですが水が出てきます。
 私は近くにあった盥に水を張り、顔を洗いました。
 修道院にいた頃は、冬でも水を使っていたので、これぐらいの気候なら多少冷たくても平気です。

 後で、使用人の方々に不要な皿や桶は無いか尋ねないといけませんね。
 猫達のお水入れや・・・・・・お粗相する場所も作っておかないと・・・・・・。

 私室に戻ると、衣装棚を開けました。
 中には数枚の服が入っていて・・・・・・全て、持参した物です。
 夜会用と茶会用のドレスも念のため用意してもらいましたが、おそらく必要ないでしょう。

 私は、端に掛けてあった淡い緑色のワンピースを手に取り、着替えました。
 寄宿学校や修道院では侍女を付けずに生活しておりましたので、簡単な着替えや身支度程度なら一人でできるのです。


 そして鏡台の前で髪を整えている頃、扉を開ける音がしました。

「あら」
 鏡越しに見えた人は、背の高い女性でした。
 濃紺のワンピースに白いエプロン――昨日もお世話になった使用人さんです。

「お、おはようございます」
 私は急いで立ち上がり、お辞儀をしました。
 使用人さんは私の頭からつま先まで眺めるように目線を動かして・・・・・・鼻を鳴らすような音がしました。

「なんだ、自分でできるんじゃない。急いでくるんじゃなかったわ」
 そう呟く声は、本当に不快そうで・・・・・・ああ、ごめんなさい・・・・・・やはり、お忙しかったのですね・・・・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...