黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

文字の大きさ
15 / 30

15、雨は恵みなどではなく

しおりを挟む
 昨日までの爽やかな青空は、まるで、夢だったかのように、次の日からは激しい雨が降り続けました。

 人気の少ない王宮の庭園を、私は俯きながら歩いていました。
 傘とローブで顔を隠し、誰にも見られないようにしながら・・・・・・。


 カーライルの姿を見てから逃げるようにしてハーキュリー伯爵邸へ帰った私は、寝台に飛び込んだまま動けませんでした。
 モーリス達に心配を掛けながら、一日以上を怠惰に過ごし、とうとう来てしまった王宮勤務の日。
 顔色の悪い私を二人は引き留めてくれましたが、『与えられた仕事から逃げてはいけない』という義務感だけで、私は足を動かしていました。

 雨が降り続いていたのは、私にとって僥倖だったのでしょう。
 醜い顔を隠すことが出来たのですから。

 泥濘を踏みしめるブーツを見ながら、私は亡霊のような足取りで職場を目指します。
 薄汚れていくブーツは、私の心を表しているようでした。


「こんな雨だとまいっちまうねぇ」
 薄暗い部屋に籠りながら、ハンナさんはぼやいています。
『当分、仕事は休みだよ』と言いながらも、彼女に手を動かしていました。
 洗濯桶を磨いたり、消耗品の補充をしたり。
 どんな時にもぶれすに己の職務に邁進する姿には、本当に尊敬いたします。

 私はエイダさんの話を聞きながら、繕い物をしていました。
 黙々と針を動かす行為は、私の心を落ち着かせてくれます。
 修道院にいた頃も、周囲の方々のひそひそ話を聞きながら、作業に従事していたものです。


「そういえば、王宮の騎士隊が揉めているらしいね」
 色々な噂話や愚痴の合間に投げかけられた話題に、私は思わず手を止めてしまいました。

「何でも、騎士一人を数人がかりで暴行したとかで、謹慎だの更迭だの起きてるみたいでさ」
 一人を、数人で――その言葉に、ふと胸騒ぎを覚えました。
 この前に見た光景・・・・・・ブライアン様は、あの時・・・・・・。

「何でも、王妃様の一番のお気に入りを傷付けたとかで、大騒ぎになってるらしいよ」
 呆れ気味に肩を竦めるハンナさんの姿を見ながら、私は指先の震えを抑えるのに必死でした。

「顔が良くて、剣の腕が立って、まだ若いのに伯爵家当主・・・・・・さらに王妃様の贔屓だなんて、そりゃあ嫉妬もされて当然かねぇ。他の騎士達からの当たりも強かったらしいけど、これからどうなるんだろうね」

 ハンナさんの言う若い騎士――それは、きっと、ブライアン様のことでしょう。
 まさか、あの方が、王宮でそのような目に合っているなんて・・・・・・。
 カーライルが私のことを嫌うのは当然でも、まさか、落ち度のないあの方まで苛むなんて・・・・・・。


「・・・・・・あんた、大丈夫かい?」

 気付けば、ハンナさんは私の顔を凝視しています。
 彼女に心配されるほど、私の顔色は良くなかったのでしょう。

「体が冷えちまったんじゃないかい? 今日はもう帰りな。晴れたら来てくれよ」
 肩掛けを貸してもらった私は、とぼとぼと部屋を後にしました。


 降り続く雨の中、帰路につく私は、これまでのことを考えていました。

 私がお飾り妻として暢気に暮している間も、旦那様は、ずっと、この王宮で辛い目に合っていたのでしょうか?
 領地の水害で家族や資産を失い、ずっと、一人で頑張っておられたのです。
 旦那様のことを思うと、自分のことだけを考えていたこの身が恥ずかしくて・・・・・・。

 ただただ自分が嫌いになりながら歩いていると、ふと誰かが立っていることに気が付きました。
 少し遠くに見える後ろ姿は――もしかして、ブライアン様でしょうか?
 傘を片手に、何故か立ち尽くしておられます。

 顔も心も醜い自分を晒したくなくて、思わず踵を返そうとしましたが・・・・・・ふと、ブライアン様の手に握られていた物が視界に入りました。
 それは、王宮騎士の証である、黒い隊服。
 雨に曝されていたのか、水が滴り落ちています。

 隊服を見下ろすブライアン様の横顔が、ちらりと見えて・・・・・・どことなく、幼い子どものような、寂しそうな瞳から目が離せなくて・・・・・・。

「あの・・・・・・」

 気付けば、私は、声を掛けていました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...