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第四章 闇を祓う輝き

十、<閑話>姉妹の決着

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 自分の生まれた理由は、母の不貞を隠すため――

 十年、苦しんだ人生で得た答えは、どうにも虚しいものであった。


 まだ慌ただしさが残る天津家の本邸を、撫子はふらふらと彷徨っていた。
 藤花が母と青柳に塩をかけた後も、色々あった。
 青柳が責任を取って腹を切ろうとして、葵が拳で止めて、その場が収集つかなくなったので、一旦解散となったのだ。
 桐矢が天津家の重鎮達と対応を話し合う横で、藤花と葵は良夜に正座させられていたので、手持無沙汰になった撫子は、外に出ることにした。

 本邸にいた頃は、ずっと自分の部屋から出られなかったので、特に思い入れのある場所もなく。
 自分の家とは思えなくて、なんだか変な感じ。

 時々、使用人達とすれ違うが、皆が彼女を見ると、気まずそうに視線を逸らす。
 ずっと蔑みや憐れみの感情を向けられていたのに、今では撫子を恐れるように距離を取る。
 それは、きっと、撫子に付き従う子虎――白星がいるからだろう。
 自分が生まれた時に出現した式神を、母は奪い、芙蓉に与えた。
 芙蓉が天津家の術者に、天津家当主の血を引いているように見せかけるため。
 そのために、自分は、生まれた時から霊力を吸い上げられ、抵抗できないように弱らせられていた――
 考えるだけで、とても虚しい。

 両親が不仲で、母は違う男の人と不貞して、母は芙蓉だけを愛していて・・・・・・。
 自分の十年は何だったのかと、声を上げて、母を罵りたかった。
 そんな理由で、自分を産んでほしくなかったと叫びたかった。
 でも――

 自分の為に、怒ってくれた人がいる。
 全て吸い取られて消えていくはずだった自分の手を握り、守ってくれた人がいる。
 この苦しんだ十年は、全て、彼女と出会うためだったと、思えるぐらいの、大切な人――

 望まれて生まれなくても、望まれて生きることができると、そう信じられる、希望であった。


「あ」
 自分が住んでいた場所の前で、見慣れた後ろ姿を見つけた。
 外壁が破壊され、ぼろぼろになった小屋を見上げるように、一人の少女が立っていた。
 自分の気配に気付いたのか、振り向いた顔は、とても怒りに満ちていた。
 大きく丸い瞳が目立つ、華やかな顔立ち――こうして見ると、自分には似ていない。
『芙蓉は母親似、撫子は父親似』と母は繰り返し言っていたが・・・・・・父親が違うことを隠すための方便でもあったのだろう。

「何? 自慢のつもり?」
 芙蓉の視線は、撫子を守るように前へでる白星へと注がれている。
 今まで誇らしげに従えていた白虎が、実は見下していた妹の式神だと知った今、彼女がどのような感情を抱いているのかは理解できなかった。

「・・・・・・私、お姉様のこと、尊敬していたのよ」
「ふん、いい子ちゃんぶって気持ち悪い」
 無意識に出た言葉を、芙蓉は鼻で笑う。
 それでも、その気持ちに嘘はなかった。
 我儘で、尊大で、意地悪で・・・・・・それでも、彼女は、天津の術者として実績を積んでいた。
「いつか、お姉様のような、立派な術者になろうって思ってたのに・・・・・・全部、嘘だったのね・・・・・・」
「・・・・・・無能の癖にっ」
 撫子の呟きを聞いて、芙蓉の顔が赤く染まる。
 掴みかかろうとする手を前にして、撫子は扇子を突きつける。
 青い光と共に、芙蓉の手に宿り木が巻き付いた。
「ひっ」
 気持ち悪さか、霊力を吸い取られる恐怖か――芙蓉の顔が今度は真っ青に。
「もう、いらない。お姉様も、あの人の術も、いらない。貴女に返す」

 本来であれば、母の術を受け継いだのは芙蓉であった。
 しかし、芙蓉は式神を与えられ、母の術を使うことを禁じられた。
 式神を使役するために、撫子の霊力を吸い上げて芙蓉に供給できるよう母は術を掛けたが、撫子が抵抗する力を付けて芙蓉の術を奪った形になっていたのでは・・・・・・と青柳達が考察していた。
 初めて宿り木を使った時は歓喜したが、真相を知った今となっては、この術を二度と使いたくないという気持ちでいっぱいだった。

「行こう、白星」
 静かに自分達を見守っていた子虎を撫でて、くるりと振り向く。
「無能の癖に、うわあああああんっ」
 泣き叫ぶ芙蓉の声を背に、撫子はその場を後にした。

 空を見上げれば、真っ赤な夕日が沈む所。
 その光景を見ていると――きゅうっとお腹が鳴った。
 昼食の席で騒動が起きたため、まともに食事ができていないのだ。

「お腹空いた・・・・・・早く、帰りたい」
 思い浮かべるのは、天津の本邸ではなく、数か月住んでいるだけの小さな住処。
(不思議よね・・・・・・ずっと、早く本邸に帰って、お母様に会いたいって思っていたのに・・・・・・)
 撫子の帰るべき家は、もう此処ではなかった。
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