【完結】君からの贈りもの

彩森ゆいか

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後編

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 バスルームで丁寧に解された後、ベッドへと運ばれた。未知の感覚に全身が震え、力が入らない。
「徳川さん、かわいい」
「……かわいい、は、よせ」
 この年でかわいいと言われるのは抵抗がある。しかし藤原はやめなかった。
「これから、もっとかわいくなりますよ。覚悟してくださいね」
 覆いかぶさってきた。胸の突起を舌先で撫でられる。猫がミルクを飲むように舌を動かされ、徳川はびくびくと全身を震わせた。
「あっ、……あっ、あぁっ」
 いつの間に購入したのか、藤原の手にはローションがあった。徳川の足を開かせると、そっと垂らしていく。さんざん解された場所にローションを丁寧に塗り込まれ、徳川は軽くのけぞった。
「挿れますね」
 開かれた徳川の両膝をつかみ、ゆっくり腰を進めていく。強引さはなかった。優しく、だが力強く、じっくりと徳川を貫いてくる。
「はぁ……あっ……あぁっ……ん……」
 苦しげに眉根を寄せながら、徳川は身じろいだ。
 藤原は少しずつ速度を変えていく。初めのうちはゆっくりだが、だんだん速くなっていく。屹立の先端が狙ったようにある箇所を突いた瞬間、徳川の目の前で星が散った。
「うっ、あぁっ」
 意識がどこかへ引きずられていく。だんだん何もわからなくなっていく。生まれて初めてのセックスで、しかも男に抱かれている。何もかもが未知で、もうわけがわからなくなった。
 それからは完全に流されていた。わけがわからぬまま体内を貫かれ、身体のあちこちにキスされた。時間が長かったのか、短かったのかすらもわからない。
 気づけば終わっていて、ベッドの中で徳川は抱きしめられていた。
「……徳川さん」
 急に藤原の声のトーンが変わった。
「今、これを話すのは卑怯なのかもしれません。でも、いつか伝えなきゃと思っていたことがあります」
 徳川はぼんやりと顔をあげた。疲労感が強く、眠気さえもある。後ではいけないのだろうか。どうしてこのタイミングで。もやもやと考えていると、藤原が口を開いた。
「このことを話す前に、あなたを僕のものにしておきたかった。そうじゃないと、安心できなかったんです」
 藤原の声が重い。なにか重大な話のようだ。眠気に負けそうだったが、かろうじて意識を彼に向ける。
「まず、僕の父親は藤原ふじわら元康もとやすです。あなたの、高校時代の同級生でした」
 徳川は目を見張った。一気に目が覚めた。もしかしたらと思っていたが、まさか本当にそうだったとは。
「……薄々、気づいてた。もしかしたらそうなんじゃないかって」
「僕も、気づいてました。あなたの目が僕を追っていたこと、そして僕を見ているわけじゃないこと。僕の向こう側にいる父を想っているんじゃないかと」
「……どうして」
 藤原がためらうように息をついた。
「父は、五年前に他界しました。肺ガンです。入院中、僕は父からあなたの話を聞きました」
「……え……?」
 徳川の思考が停止した。
(……今、なんて?)
 ——藤原元康と出会ったのは、高校一年の頃だった。
 同じクラスだった。気づけば目で追っていた。
 どうにかなろうとは思っていなかった。片想いでいいと思っていた。
 多くのことは望まない。見ているだけでいい。
 そのはずだった。
 会話はしたことあるが、親しくなるほどではない。
 二年生になり再び同じクラスになったが、その距離感は変わらないままだった。
 やがて、元康に彼女がいるらしいことを知った。
 ショックだった。だが、同時に仕方がないと自分に言い聞かせた。
 しかし諦めきれなかった。
 自分の気持ちを知れば、彼の心も変わるのではと、妙な考えを持つようになり、二年生が終わる前にとうとう告白をした。
 元康は、気色悪いものを見るような目で、徳川を見た。
 そして思いっきり拒絶されたのだ……。
 自分の期待が単なる思い上がりだったことを知った。彼女のいる元康が、徳川を受け入れるはずがなかった。最初から望みなどなかったのだ。
 三年生になると、違うクラスになった。安堵すると同時に、悲しかった。
 未練たらたらな自分に嫌気が差し、地元から離れる目的で東京の大学へ行った。
 もう二度と恋などしない。もう誰のことも好きにならない。徳川はそう心に誓い、その後の人生を生き続けてきた。
「——親父は、後悔してたんです。あなたを傷つけてしまったことを。二十年以上もずっと」
 徳川は顔をあげて藤原を見た。
「卒業アルバムの写真で、あなたの顔を知りました。きれいで、かわいくて、どうして親父はこの人をふってしまったんだろうって思いました」
 藤原の手のひらが、徳川の頬を包む。苦しさで、涙が溢れそうになった。
「親父の懺悔の話を聞いて、僕はあなたを探しました。ごめんなさい。探偵に依頼して、あなたの居場所を突き止めました。ちょうど僕は大学生だったので、うまくやれば、あなたのいる会社に入れると思って目指しました」
 ——でも、と藤原が続けた。
「でも、僕は怖かったんです。この一年、あなたが僕を見るたび、僕じゃなくて僕の後ろにいる父を見ていたことに。何かを懐かしみ、でも恐れる顔で、僕を見ていたことに。あなたの中に父がまだ根強く残っていたことに」
 藤原の手が、優しく徳川の髪を撫でた。
「僕を僕として見てほしかった。あなたを愛し、あなたに愛されたい。年齢差なんてどうだっていい。僕が愛しているのはあなただけなんです、実乃理さん」
 急に名前で呼ばれ、徳川はどきりとした。
「父があなたを愛せなかった分まで、僕が愛したい。実乃理さん、僕とつきあってくれませんか」
 正面から真っ直ぐな眼差しで。驚くほど真剣な顔で。
 徳川は藤原の目に吸い込まれそうになりながら、こくんと頷いた。
「……本当に、俺で、いいのか……?」
「僕はあなたがいいんです。あなたでないとダメなんです。あなたを追いかけてあの会社に入り、同じ部署に配属され、この一年の間でよくわかりました。僕はあなたのことが好きです」
 彼によく似た顔でそう言われて、心が揺らがないはずがない。だが、目の前にいるのは彼じゃない。藤原の向こうに彼を重ねて見るのは、いくら藤原が彼の息子だとしても、とても失礼なことだ。
 まだ若い彼に自分なんてそぐわないのではないかと、先に年を取っていく自分にいつか飽きて若い誰かを好きになってしまうんじゃないかと、さまざまな思いが脳裏を駆け巡ったが、だが、それでも。
「俺でよければ……よろしくお願いします」
 愛されることの心地よさを覚え始めてしまったこの身体が、抗えない力で渇望している。
 もっと愛されたい。もっと求められたい。もっと見つめられたい。
 藤原が欲しい。
 強い力で抱きしめられた。感極まったような声で藤原が耳元で囁く。
「よかった。断られたらどうしようかと思ってました」
「……なに言ってるんだ。断るぐらいなら、ホテルでこんなことしてない」
 徳川は苦笑した。自分からも腕を伸ばし、藤原を抱きしめた。
 互いに抱き合っているのは、とても心地よかった。裸なので、体温の熱さがよくわかる。徳川が陶酔していると、藤原が顔の位置をずらし、そっと口づけてきた。
 徳川はまぶたを閉ざした。唇の感覚がより鋭敏になり、感じやすくなる。
 藤原は何度かついばむと、より深い口づけに変えた。互いの舌が絡み、押し合う。
「……実乃理さん、またしてもいいですか」
 うわずった声で藤原が言った。抱き合い、キスしているうちに、我慢ならなくなったらしい。身体の反応を素直に訴えてくる藤原が、とてもかわいく見えた。
「……ああ、俺もしたい」
 そう返すと、藤原は迷わず徳川の上に覆いかぶさってきた。
 身体の深い場所に藤原を招きながら、徳川の意識は朦朧としていく——。

 月曜日になり、会社で顔を合わせると恥ずかしくて頬が熱くなりそうだった。多くの社員たちの手前、必死で平常心を保つ。藤原の熱い眼差しが徳川をかすめ、いたずらっぽく笑う。どうやら彼にはお見通しらしい。
 苦笑しつつ課長の席へ座り、仕事を始めた。社内では藤原と余計な会話はしないが、不思議と心が通じ合っているような気がしていた。
 仕事に集中しているはずだが、それと同時に脳裏に浮かぶ、あの頃の自分。
 定番の体育館裏に、下駄箱に置いた手紙で元康を呼び出し、緊張で震えながら思い切って告白したあの日。
 初めは驚きに目を見張る元康が、みるみる嫌悪の顔に変わっていったのを、今でも鮮明に思い出せる。
 ——悪いけど、俺にはそんな気ないから。
 とても冷たく拒絶された。
 まさかあの後で後悔していたなんて知らなかった。
 あの頃の自分を抱きしめてやりたい。大丈夫だよ、と。いつか全力で愛してくれる人が現れるから大丈夫だよ、と。
 冷たい氷の中で息をひそめてしまったあの頃の自分自身に。
 熱で氷を溶かしながら伸ばされる手。見上げるとそこには優しく微笑む藤原がいる。
 愛を止めてしまった高校生の少年を、熱い腕で藤原が掻き抱く。
 ——これからは、僕がいるから。
 少年はまぶたを閉ざしてすべてを委ねていく——。
「課長、もうお昼ですけど、一緒にどうですか」
 徳川はハッとして顔をあげた。目の前に藤原がいた。
「……ああ、そうだな、行こう」
 徳川は破顔した。嬉しさを隠すのは難しかった。
 君からの贈りもの。一生大事にするよ、元康。
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