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カフェ 卯月(うげつ)堂
第十話
しおりを挟む青年達はそれぞれ少女に名乗る。
そんな彼等に、少女は小さく「チヒロ」と自分の名前を口にした。
「お父さんかお母さんは? 一人でここに来たの?」
キッチンの中ではナオヤが魚を焼いていた。
道端で鼻をくすぐった、あの香ばしい匂いだ。
「えぇ、そうなの」
ナオヤの問いにチヒロは短く応えた。
「何か、大人びてるね」
「ノリ君みたい」
左隣にはコウスケが、小さく笑いを漏らした。
ノリヒトは軽く咳払いをすると、紅茶の入ったカップを片手に彼女に目を向ける。
「それで、チヒロさんは何か目的があってここに? ただの散歩にしては、随分とはしゃいだようですけれど」
チヒロの肩がぎくりと揺れる。
「え? なになに? どういうこと?」
ノリヒトの言わんとすることを理解できず、コウスケが二人の顔を交互に見た。
「簡単だよ。しっかり者、大人びている……その割にはスカートの裾が黒く汚れてしまっている。しゃがんだ、若しくは狭いところを無理矢理通り抜けた……そんなところ」
ノリヒトがコウスケに目を細めると、ますます狐のようだ。
「あぁ、まぁ、そういう見方も出来るよね」
トシキがうんうんと首を振る。
「……このお店に来たのは偶然」
チヒロは出された紅茶のマグカップを両手で包みながら、ぽつりと言葉を落とした。
「駅前の花屋さんで聞いたの。星の丘に行けば、見付かるかもって」
「うん? 何の話?」
白い皿の上にバケットのサンドイッチを載せ、ナオヤは彼女の前に置いた。
「はい、本日の賄いランチはサバサンドです!」
「サ、サバサンド!?」
チヒロの声が思わず引っ繰り返った。
「パンに焼き魚!?」
横にスライスされたバケットには、レタスとスライスオニオン、それから間違いなく三枚下ろしにされた焼き魚が挟まれている。
ソースは粗挽きの黒コショウを含ませたマヨネーズのようだ。
ナオヤは豪快に笑い、
「意外にもこれが美味いから! 騙されたと思って食べてみなって。話の続きはそれからだ!」
「あ、レモンたっぷりの方が美味しいよ」
横からそっとトシキが助言を入れる。
チヒロはバケットを一度開くと、彼の言葉に従って、添えられたレモンをぎゅっと絞った。
パンに白身魚のフライを挟むことはあるが、焼き魚を挟むなんて、初めて耳にしたうえに初めて見た。
ましてやそれを食べるなんて初めてだ。
しかも、それがサバだ。
匂いを嗅いだときは美味しそうと思ったが、見慣れない物に少なからず躊躇する。
どういう味がするのだろうか。
「いただきます」
彼女はバケットにかじりついた。一口、二口、三口目に、
「……おいしい」
名前だけ聞いて腰が引けたのだが、食べてみると意外にもサバがパンと合うことに驚いた。
むしろ、自然だった。
レモンをたっぷり搾って酸っぱくないのかと少し不安だったが、爽やかで食べやすい。
ソースの酸味も申し分なく、まろやかだ。
空腹も手伝ってか、彼女は夢中でサバサンドを口に運んだ。
大きな塊だったはずのサバサンドがみるみるうちに小さくなっていく。
その様子に、周囲の男達は嬉しそうに目元を緩ませた。
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