卯月堂の空にクジラが歌う

ねじまる

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カフェ 卯月(うげつ)堂

第二十二話

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「どうだった……って、チヒロちゃん!?」

 店に戻ると、ナオヤと蛍草を手にしたチヒロを出迎えたのはトシキだった。

「え? 何で? 何でチヒロちゃんが? 部屋で寝ていたはずじゃ……」

 慌てふためく彼に、

「ごめんなさい」

 チヒロは素直に頭を下げた。
 ナオヤと同じく、少し雷が落ちるかと身を強張らせたが、

「……無事で良かった」

 その頭をぽんぽんと優しく撫でられた。驚いて顔を上げると、穏やかな笑み。

「いやー、光る蛍草、見付かって良かったわぁ」

 一仕事を終えたとばかりにナオヤが大きく腕を回した。

「あ、見付かったんだ? 良かったぁ」

 トシキもまた嬉しそうだ。

「そうだ、二人がいない間に……」

 彼が言い掛けた、そのとき、

「チヒロ!」

 中年男性の声が遮った。

 店の奥から、仕立ての良さそうなスーツに身を包んだ男が出てくる。
 四角い顔で、威厳にスーツを着せたような、とても真面目そうな男だ。

 彼は眉間に皺を寄せ、彼女の名前を呼んだ。

「え? 誰?」

 突然の訪問客にナオヤが目を丸くする。

「お嬢様、帰りましょう」

 そして、カフェに乗り込んできたあの黒服二人組も出てきたではないか。

「あ、悪の組織!」

「悪の組織?」

 ナオヤの素っ頓狂な声にトシキは眉をひそめる。

「や、だって、チヒロちゃんが、こいつら悪い人の仲間だって言ってたし……」

 しどろもどろに反論するナオヤの横で、チヒロも目を丸くして、

「お父様……!」

「お、お父様ぁぁああ!?」

「そう、チヒロちゃんのお父さんが心配して、来てくれたんだよ」

 のほほんとした口調でトシキが答えた。

「チヒロ……」

 少女の父親は厳しい顔をして立っていた。

「お前は、自分が何をしているのか、分かっているのか!」

 雷直撃。

 少女は父親の怒鳴り声に肩を大きく震わせた。
 隣に立っていたナオヤやトシキもつられて身を震わせる。

「……帰るぞ」

「いやっ」

 雷に打たれたのも束の間、チヒロの回復は早かった。
 素早くナオヤの影に隠れ、そこから顔を覗かせる。

「チヒロ、人様に迷惑を掛けるんじゃない」

 ナオヤの影に隠れる少女は震えていた。
 だが、父親を睨む目はとても力強い。

「私が何をしているのか聞いたけど、お父様の方が何をしているのかわかってるの!?」

 父親に負けない小さな雷。

「お父様はいつも仕事仕事……運動会にも、発表会に一度も来てくれたことなんてないじゃない! 私が嫌いなんでしょ! 私が嫌いなだけなら良い! でも、お母様のことだけは許さないんだから!」

 娘の剣幕に父親の顔に戸惑いの色が浮かぶ。

「私はお前のことを、そしてお母さんのことも……愛している」

「嘘っ!」

 速攻で否定だ。

「チヒロ?」

 頑なに娘に拒否され、父親はショックだったのか思わずよろめく。
 それを黒服の男二人が両方から支える。

「旦那様、お気を確かに」

「お嬢様は反抗期なんです、多分!」

 中年の黒服、若い黒服が交互に慰めの言葉を掛けた。

「こ、今度から、なるべく時間を作って、運動会や授業参観、それから発表会に行くようにする。約束しよう。それから、私がお母さんに何をしたというんだ……?」

「お母様を愛しているなんて嘘よ! だって、お母様が倒れたとき……病院で笑っているのを、私、見たんだから!」


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