星につむぐ物語-イストリア-

冬原水稀

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10. 「できっこない」

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 ──私は、小さいころから星と神話が好きだった。そして昔は、「自分で神話を作る」ことも好きだった。今は「出来ない」って言うけどね。……昔はそうだったの。
「あれは、クローバー座!! わたしがみつけたクローバーが、せいざになったの!」
 なんて、好きに言っては遊んでたっけ。
 そんな私の話を、いつも聞いてくれていた友だちがいた。どちらかというと私は家の中で遊ぶのが好きで、その子は外で遊ぶのが好き。真逆の性格だったけど、とても仲が良かった。きっと、その子が私の話を「たのしい」って聞いてくれていたからだと思う。
「ねぇ七星、きょうは、どんなおはなしかんがえたの?」
「きょうはね!」
 毎日毎日、話して聞かせた。
 どっちかの家の中で、公園のブランコで、小学校の教室で。色々な場所で、私は想像の星空を広げた。あったかい陽だまりの下で、その子と話すことが大好きだった。
 ……七星のかんがえるおはなしがすき、って言ってくれる、太陽みたいな笑顔が好きだった。
 でも、その友だちが何かの病気で入院したことがあった。それが、小学校二年生のころ。
「──ちゃんは今、すごくつらいと思うの。だからね、七星、たくさんお話しして、元気になれるよう手伝ってあげて」
 お母さんは私にそう言った。もちろんそうするつもりだった。
 毎日毎日。話して聞かせた。今度は白い病院の中。病院の中はとても静かで、つんと鼻がスースーする香りもして。緊張で、どきどきしながら友だちの元へ通った。
「びょーいんの中ってね、ものすごくタイクツなの! だから七星のはなしがきけてうれしいな」
 私と会う時のその子は、いつも元気だった。本当に病気なの? って思うくらい。でも今思えば、私に心配かけないようにしてくれていたのかな。
 とにかく、にこにこしながら物語を聞いてくれた。
 その様子があまりにいつも通りだったから、私も楽しんで話が出来たの。私の話を聞いて、その子が笑う。こうして毎日にこにこしていたら、この子は元気になる。私が元気にする。そうしてまた、病院の外で遊ぶんだ! そう信じて疑わなかったんだ。
 ある日、その子のお母さんが私にこう言った。
「ちょっと最近、あの子元気がないの。もしかしたら、手術が近いからかもしれないわ……たぶんあの子も混乱しているのよね。少し怒りっぽくて。もしかしたら、七星ちゃんにもやつあたりすることがあるかもしれないわ。今日会うのは、やめておいた方が良いかも……」
 そうなの? と私は不思議だった。だって前の日も、その前の日も、彼女は普通だったから。笑顔で、私の話を聞いていたから。
 だからね……大丈夫だろうって思っちゃったの。
「だいじょうぶだよ、おばさん!」
 あの子が私に怒ることはない。だって私と会うときはにこにこしてるから。きっと私に会うと、不安も忘れて元気になるんだ。私と会えば、絶対元気になる!
 ……その子の気持ちも考えないで、「きっとそう」って私は思っていて。
 不安そうなおばさんを振り切って、私はその子の病室に入った。二人きりに、してもらった。
「げんき、ないって聞いた! だいじょうぶ?」
「あ、七星。きょうも、きたんだ…………うん、だいじょうぶ。七星がきてくれて、うれしい」
 こっちを振り返ったその子が笑った。声が弱弱しくて、確かにちょっと、無理やりな笑顔だった。転んでケガして痛いのを、ガマンして笑っているみたいに。
 それに気がついていたけど、私は大して気にしなかった。
 私は瞬きをして、ふと窓の外の景色に目を輝かせた。
「わぁっ、きょうは星が、よく見えるね!」
 とっても気持ちがわくわくしてた。最近二人で外に出ていなかったから、二人で星を見たのが久々だった。そのことに、私は胸を弾ませていた。
 星ばかり見てたから、「ね」と答えたその子がどんな表情をしていたか、私は覚えてない。
「そうだ! きょうは、いま見える星からおはなしをつくるよ!」
 私は夜空を指さした。
 ベッドの上で、その子はうつむいてた。おなかが痛いのかな? そう思った。
「あそこのいちばん光ってる星と~、そのおとなりにある星、あと、あの木の上に見える星もつなげちゃおう! これはね、お日さま座! ただのお日さまじゃないよ、──ちゃんをここから、出してくれるお日さま!」
 ぴくり。少しだけ友だちが体をゆらす。
「──ちゃんは、おひさまのまん中にすわっていたらいいの! お日さま座には光でできたソファがあってね、とうめいで、キラキラして、それからやわらかくて……」
 頭に思い描いていたのは、車くらいの大きさのお日様に乗るその子の姿。ソファは、この病院のベッドよりずっと気持ちがいい。気持ちがいいから、うっかりうたた寝をしちゃうその子を想像した。
「ねつの力でうごくんだよ! お日さまってあついでしょ? だからとってもはやくすすめるの。でも安心して。──ちゃんはあつくないから!」
「……っ」
 お日様は流れ星のように、光の尾を引いて空を駆ける。想像したら、私まで乗ってみたくなっちゃって。私はもう、想像の中に夢中だった。本当に、お日様がその子を連れ出してくれる気がした。
「びょういんなんてあっという間に出られるよ! どう? おひさま座!」
 私はその子に視線を戻した。
 ……けど、目が合って、心臓がどくん! と高鳴る。
 その子は、とってもとっても、泣きそうな顔をしていた。
 涙をこらえた顔。こらえ過ぎて、おでこはしわくちゃ。唇をかみしめて、私を……にらんでいた。涙がこぼれないようにしていたから、そう見えるだけかもしれない。何か声をかけようとしたけど。
「ムリだよ」
 その一言が、私の心を貫いた。びっくり、した。まるで時間が止まった感覚がして、私はしばらく何も言えなかった。動くことも出来なかった。
「そんなこと、できっこない」
 そんな、と言いかけた。
「そんなもの、ないもん。そんなものない……手術がせいこうするかだって分からない!!」

 ビリリリリッ!!

 頭の奥で、何か。破られていく音がする。
 そう、あれは……本のページを破るみたいな、音だ。私の頭の中に広がっていた物語が、その時びりびりに、破られていくみたいだった。
「私は手術がおわらないと元気になれないの! 私を助けてくれるのは、おほしさまじゃないんだよ!!」

 ビリビリッ!

「そんな夢みたいなこと……聞いてもかなしくなるだけだよ……」

 ビリビリビリッ!!

「できっこない」

 バラバラバラ……。

 念を押して響いた、その子の声が、私の頭に降り注いだ。敗れた想像のカケラと、一緒に。
 その子は声をあげて泣き出した。私も、泣き出した。
 おばさんの言うとおりだった。
 その子はきっと、手術が怖くて、自分が元気になれるか分からなくて不安で……そんなぐるぐるとした感情の中で戦っていた。必死に戦ってるその子に、私は夢物語を話して悲しませてしまった。
 ごめん、ごめんね。泣きわめくだけで、言葉には出せなかった。だけど心の中で、何回も何回も叫んだ。元気にするどころか、もっと不安にさせちゃって、ごめんね。
 その子を悲しませてしまったことも悲しかったけれど、もっと、悲しいことがあった。
『七星のかんがえるおはなしがすき』
 そう言ってくれた大好きな友だちに、私のお話を……否定されてしまったこと。
 その夜は、もう家へ帰って。彼女に会う気持ちの整理も付かなくて、その子と一度も話すことなく、日が流れて。その子の手術も、終わった。
 それから今日まで、ずっとその子とは話せていない。


 心なしか、指先が冷たい。ホクトのことを、またぎゅっと抱きしめる。あったかいなぁ。そう思っていると、ホクトもきゅっと私の手を握ってくれた。
「それからね、夢を見ることが怖くなっちゃったの」
 不思議だよね。あんなに神話を考えるのが好きだったのに、あの子の「できっこない」が頭にガンガン響いて、何も浮かばなくなっちゃったの。前に進みたいのに、霧で行く道が分からないみたいに。
 私の想像が、誰かを傷つける。
 そう思ったら、もう何も出来ない気がしてきた。いくら楽しいことを想像しても叶いっこない。どうせ、出来ない。私もそう言って、逃げるようになった。
 プラネタリウムを見上げる。今も、女性の声をしたアナウンスは物語を語って、私に聞かせてくれる。
 胸がドキドキして、そわそわして。
「泣かないで、ナナセ。目から水が出てる」
 目から水って。
 思わずふふっと笑っちゃった。
 ホクトの肉球が、私の目の下をふにふにと触ってくる。もしかして、涙を拭いてくれてるのかな。
「あのね、ナナセ。ワタシはナナセがすごいと思う!」
 アナウンスより明るくて、澄んだソプラノ声が私を包み込んだ。女性の声に負けない、大きい声だ。
「ものすごく悲しくて、ものすごく後悔したことがあって……それでも『すき』をやめなかった!!」
「……! 好き、を」
 やめなかった……?
「ナナセはずっと、星も神話も好きだもの! ナナセはまだ、きらきらしてるものをもってる。スキをやめなかった、ナナセがステキ!!」
 久々に聞いた、ホクトのほめ言葉。
 ガツン、って頭を殴られたみたいで……それでいて、頭をなでられたみたい、だった。
「好き」をやめなかった、なんて。そんなこと……考えたことも、なかったな。
 あの時、確かに落ち込んで、星を見るたびあの子のことが思い浮かんで、つらくなったこともあった。でも、私は星から離れることが出来なかったんだ。
 だって、落ち込んだ時に励ましてくれたのも、また星だったから。
「そのきらきらがあればね、ナナセは大丈夫。また想像できるし、その子と仲直りだって、できる!」
「ホクト……ありがとう」
 小さい頭を撫でた。白い頬がちょっぴり赤に染まって、「ふふ」と笑う。
 いつの間にかプラネタリウムの上映は終わって、暗闇の中、ぼわぁとした明かりがつき始めた。
「ところでナナセ、その……手術をした子はどうなったの?」
 それは、と言いかけた、その時。

『ガァァァァァ!!!!』

「っ、な、何!?」
 プラネタリウムの中に、黒い影が飛び出してきた!?
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