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13. 言えなかったこと、言いたかったこと
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きびきびしている光ちゃんは歩くのが早いのか、私が廊下を出た時にはもういなくなっていた。
自動販売機、ってことは、一旦学校の外に出たってことだよね?
私は何だかいけないことをしている気分で、校門を出る。鞄、教室に置いてきちゃったなぁ。
「ジハンキ、ってやつはどこにあるの?」
「学校から一番近い自動販売機は、確かすぐそこの角を曲がったところにあったはず!」
そこにいなかったらどうしよう。
すれ違いになったらいけないから、その時は教室に戻ったほうが良いのか……。
『メェェェェェ!』
「「!!」」
突然、暗くなり始めた街に轟いた叫び声。二人で目を見開いた。
この叫び……暗黒星座の羊さん!?
「や、やばいねナナセ!!」
「うん……もう、こんな時に!!」
またホクトを狙ってきたのかな? まだ姿は見えないけど……どこにいるの!?
きゅうっとホクトを抱く腕に力がこもる。今この人差し指に、指輪は無い。けどちゃんと右ポケットには入ってる。アクセサリなんて付けていたら、先生に没収されちゃうからね。
「ナナセ、指輪つけといた方が良いよ!」
「そ、そうだね!」
でも……おかしい。声がしたのに。ホクトはここにいるのに。全然羊がやってこない。
『……レェェェェェ!!』
「ワタシに近づいてるわけじゃないみたい……?」
でも、じゃあこの叫び声は、何? そういえばあの暗黒星座たちって他の人にも見えたりするのかな。ホクトが皆に見えてるんだから、ありえるよ。だとしたら大問題だ。
それに何も知らない人が、羊におそわれていたらまずいよ!
『メェェェェェ!!』
「うわっ、何だよお前!」
遠く……いや、割と近くから、戸惑ったような声が聞こえた。
「ねぇナナセ、今の声!」
「うん、光ちゃんだ!!」
でも……何であの羊は私やホクト以外もおそうんだろう? からす座のあの子は、「どうせ悪いカラスだから」っていじけて暴れ回ってた。羊にも何か理由があるのかもしれない。
声のした方に走っていくと、今にも羊に追い詰められそうになってる光ちゃんがいた。住宅街の行き止まり……私が羊に襲われた時と同じ!
羊は、相手の逃げ場を無くすように追いかけているんだ。私たちに攻撃しようとしてるというより、「捕まえようとしてる」の?
じり、じり。羊のひづめが、一歩一歩光ちゃんに近づいている。
「何だよお前……こっち来るな!」
「光ちゃん!!」
思わず叫ぶ。
羊が振り向いた。うっ怖い……目がギラギラしてるよ。相変わらず、肉食動物みたいな目だ。
光ちゃんも私に気づいたみたいで、目を丸くしていた。だけどすぐに視線をとがらせて。
「何かこいつやばい! 近づかないほうがいい、逃げろ!」
突き放した声で、そう言った。
光ちゃん、心配をしてくれてるの? 私、光ちゃんにまっすぐ向き合えなかったし、自分の方が危ないのに。そんな場合じゃないって分かってるけど、心が何だかぽかぽかした。
逃げるなんて「出来ない」よ。
私は、私の出来ることをするために、逃げない!
『メェェェェェ!!!!』
びりびりびりっ!! と羊の声が響き渡る。鳥肌が立った。けど、もう弱音は吐かない。
この羊は、ジャマをするな、って言ってる。そう感じる。
励ますように、ホクトが私の腕をぽんぽん叩いてくれた。私の右手には、不思議な光を放った指輪。
でも……どうする? あの不可思議な力を、光ちゃんの前で使うの?
別にヒミツってわけじゃないけど、ここは普通の住宅街の真ん中。どこで誰が見ているかも分からない。あまり大胆なことをして、私に変なウワサが立つのは避けたいよ……!
よし。
私は深呼吸をした。そして、指輪を付けた右人差し指で。
思いっきり夜空を指さす!!
「あ!!!! あんなところに!!!!」
「え?」
それに驚いて視線をずらしたのは光ちゃん。羊はそんな誤魔化しに引っ掛からないで、まだずっと私をにらんでる。
そう、それで良いの!!
私は急いで、指さした夜空に形を描いた。
「出てきて……『懐中電灯座』!!」
小声で星座を呼び出す。
瞬間、私の右手にはとっても小さな懐中電灯が握られていた。まだ夜になったばかりで、空にある星が少ないから立派なものは作れなかったけど……でも、これで良い!!
『メェ!』
光ちゃんが視線を戻す。
羊が飛び掛かってくる。
光ちゃんの口が、「危ない」と言いかけた。
私はきゅっと歯を食いしばって、叫んだ。
「目をつむって光ちゃん!!」
かちっと懐中電灯のスイッチを付ける。
ビカッ!! と昼のようにまばゆい光が辺りを照らした!!
うわ、眩しい……! 自分で持ってるのに、目が痛いよ。
「ほ、ホクト大丈夫!?」
「ぴえぇぇぇ! 大丈夫だけど、みどりとピンクが見えるよぉ」
それは残像だね。大成功だ、私たちがこれだけ眩しいってことは……。
『メェ……ッ』
やっぱり! 羊は、頭を地面にこすりつける勢いで苦しんでる。前に、この指輪の光で逃げ出してたもんね。光が苦手なんじゃないかって、思ってたの。
それに、この懐中電灯は、夕方の空にあった星から作られてる。それが意味することはつまり……一番星ってこと! すごい光になるんじゃないかって期待したけど、大正解だったよ。
私は光を持ったまま、一歩一歩羊に近づいていく。
『メェ……メェ……』
脚を折りたたんで、座り込んでしまった羊に胸が痛む。ごめんね。話を聞いてあげたいけど、今はだめなの。今度会った時は、絶対に助けるから。
だから今は……どこかへ行って、お願い。
『ヘレェェェ…………』
「え……?」
今、しゃべった?
私が首をかしげたのと同時に、羊はふらふら立ち上がって、どこかへ逃げ去ってしまった。……「ヘレ」、って言ったよね。それって確か、おひつじ座の神話に出てくる女の子の名前……。
「ぼーっとしてる場合じゃないよ!! ヒカルちゃん!」
あ、そうだった!
光ちゃんを振り返る。両腕を顔の前で交差しながら、目をぱちくりさせていた。たぶん、「目をつむって」って言った時に、ああやって目隠ししたんだね。
駆け寄ろうとして、ちょっとためらって。でもぎゅっとこぶしをにぎって、光ちゃんに近づいた。
「だ、大丈夫? 光ちゃん! 怖かったね!」
「うん……羊は、逃げたの? 七星が何とかしたの?」
「へっ!? あ、あーうん! たまたまだよたまたま! 持ってた懐中電灯当てたら逃げてっちゃって……光が苦手なのかな? あはは」
我ながらごまかすのがヘタすぎる! もう少し落ち着いてよ私!
でも光ちゃんは深く追及することなく、「そう」とうなずいた。
それから、少年みたいな目をきゅっと細めて……私に、笑う。
「ありがとう」
久しぶりに見た、光ちゃんの笑顔に。戸惑って、ドギマギしちゃった。
変わってない。昔みたいなやんちゃさは無くなったけど、利発そうで、明るい笑顔だ。
「……っ、うん! 無事で、よかった」
私の口から出たのは、とぎれとぎれでつたない言葉。
安心したらどっと疲れちゃって、その場に膝をつく。
それから、私と光ちゃんは地面に座りこんだまま。じっと、住宅街の隙間から見える夕焼けを見つめていた。制服だから早く立ち上がって土ぼこりをはらわないと、とか、教室に荷物を置きっぱなしだから戻らないと、とか。いろいろ考えることはあったけど。動く気になれなかった。
……今なら、落ち着いて話せるかもしれない。
私たちを見守ってくれている一番星が、優しく瞬いた。気持ちを決めて、私は口を開く。
「ひ……光ちゃん」
「……ん?」
光ちゃんの声も、どこか固い。
今度こそ、と思って、目を合わせる。かっこいい顔。その顔が……私と同じに緊張して見えたのは、きっと私の気のせいじゃない。
ずっと光ちゃんも、こんな顔をしていたんだ。私が見なかったから、知らなかっただけだ。
「すごく前のこと……光ちゃんが手術するっていう、あの前の日」
でも光ちゃんは、緊張するって分かっていてもレク係に立候補してくれたんだね。
私と、話したいと思ってくれていた。
そう分かっただけで、勇気が出る。
「……傷つけて、ごめんね! 私、光ちゃんの気持ちをちゃんと考えてなかった。私が思っているよりもっと、大変で、痛くて、苦しかったはずなのに……!」
やっと、逃げないで謝ることが出来た。あの日、言えなかったこと。
夕焼けが、もっと暗くなって。制服と肌の隙間に、少し冷えた風が入ってきた。
「……七星」
私に降ってきた声は、温かかった。
「顔、上げて。私も目を見て、七星に言いたいことがある」
うなずく。顔を、上げた。
そこには、いつになく真剣な光ちゃんの顔があって。
「私こそ……ごめん。ずっと謝りたかった。私、自分のことで頭がいっぱいで……」
そんなの当たり前だよ!
もう元気に遊べないかもしれない、って思ったら不安になるのはみんな同じ。謝るのは、私で……。
「それは絶対に違う。……どっちも悪いんだよ。私だって七星を傷つけた」
……そっか。ホクトとのケンカと同じだ。私たち、「どっちが謝らないといけない」ってわけじゃない。お互いに後悔していて、「自分が悪い」って思っていることがあるなら、それはどっちも「悪い」んだ。
私たちは相手を許して、そして自分を許して、やっと仲直りが出来る。
「だからね、ごめん……ううん、違う。そんなことばっかり伝えるつもりじゃなかった。もっと言いたかったことがある」
光ちゃんは、真剣だった顔を少しゆるめた。固くしばった糸をほどくような、やわらかい笑顔だった。
「『ありがとう』、七星。あの時、私を元気づけようとしてくれて」
……っ!!
言葉が、出てこなかった。
「七星の作るお話が好き」って言ってくれた、あの時のまま。光ちゃんが、笑ってる。
うれしい。とっても。
「……どういたしまして!! 光ちゃんが元気になって、本当に良かった!」
心から思っていたこと。言えなかったこと、言いたかったこと、ようやく言えた。
私たちはお互いに照れくさそうに吹き出してから、体をゆらして笑いあった。
ひとしきり笑った後、光ちゃんはすくっと立ち上がって、私を見下ろした。
「今日はもう帰ろ! 私、ちょっと一っ走りして学校に荷物取ってくる!」
「あっ、私も行くよ!」
「私が走った方が早いでしょ」
そりゃあ、光ちゃんの足は速いだろうけど……って、もう行っちゃった……。
私一人になると、ずっと人形のふりをしてくれていたホクトがもぞもぞと動き出す。
「ふぁ~~! ナナすご~~~~くえらかったね!! ヒカルちゃんと仲直り、出来たよ!」
ホクトが体をうんと伸ばして、私のほっぺをなでてくれた。わぁ、ふわふわで癒される……!!
「うん、出来た……!!」
ホクトのおかげだよ。ホクトと仲直りして、ホクトに背中を押されて、光ちゃんと話す勇気が出たんだもん。
「ううん、がんばったのはナナセだよ!」
くりくりの目がうるうる光って、それからホクトは小さく首を横に振った。ホクト……。
「いえーい!」
「ふふ、いぇい」
小さなしろくまの白い手。つきだされた肉球に、私もこぶしをつき合わせた。
コツン。というより、モフン。
心がふわふわして、わくわくしてる。
……あの羊のことだけ、まだ心配は残ってるけど……。
「あぁ。あの羊だけまだ不安要素はあるが、おおむねよく頑張った。少女」
「わぁぁっ!?」
ま、またいきなり後ろから表れた!?
心臓に悪いからやめてほしいよ……振り返らなくても分かる。淡々とした声に、難しい物言い。
「そんなに突然現れないでよ……ステラ……」
振り返る。黒服の少年は、また無表情だったけれど、きょとんとして首をかしげた。
自動販売機、ってことは、一旦学校の外に出たってことだよね?
私は何だかいけないことをしている気分で、校門を出る。鞄、教室に置いてきちゃったなぁ。
「ジハンキ、ってやつはどこにあるの?」
「学校から一番近い自動販売機は、確かすぐそこの角を曲がったところにあったはず!」
そこにいなかったらどうしよう。
すれ違いになったらいけないから、その時は教室に戻ったほうが良いのか……。
『メェェェェェ!』
「「!!」」
突然、暗くなり始めた街に轟いた叫び声。二人で目を見開いた。
この叫び……暗黒星座の羊さん!?
「や、やばいねナナセ!!」
「うん……もう、こんな時に!!」
またホクトを狙ってきたのかな? まだ姿は見えないけど……どこにいるの!?
きゅうっとホクトを抱く腕に力がこもる。今この人差し指に、指輪は無い。けどちゃんと右ポケットには入ってる。アクセサリなんて付けていたら、先生に没収されちゃうからね。
「ナナセ、指輪つけといた方が良いよ!」
「そ、そうだね!」
でも……おかしい。声がしたのに。ホクトはここにいるのに。全然羊がやってこない。
『……レェェェェェ!!』
「ワタシに近づいてるわけじゃないみたい……?」
でも、じゃあこの叫び声は、何? そういえばあの暗黒星座たちって他の人にも見えたりするのかな。ホクトが皆に見えてるんだから、ありえるよ。だとしたら大問題だ。
それに何も知らない人が、羊におそわれていたらまずいよ!
『メェェェェェ!!』
「うわっ、何だよお前!」
遠く……いや、割と近くから、戸惑ったような声が聞こえた。
「ねぇナナセ、今の声!」
「うん、光ちゃんだ!!」
でも……何であの羊は私やホクト以外もおそうんだろう? からす座のあの子は、「どうせ悪いカラスだから」っていじけて暴れ回ってた。羊にも何か理由があるのかもしれない。
声のした方に走っていくと、今にも羊に追い詰められそうになってる光ちゃんがいた。住宅街の行き止まり……私が羊に襲われた時と同じ!
羊は、相手の逃げ場を無くすように追いかけているんだ。私たちに攻撃しようとしてるというより、「捕まえようとしてる」の?
じり、じり。羊のひづめが、一歩一歩光ちゃんに近づいている。
「何だよお前……こっち来るな!」
「光ちゃん!!」
思わず叫ぶ。
羊が振り向いた。うっ怖い……目がギラギラしてるよ。相変わらず、肉食動物みたいな目だ。
光ちゃんも私に気づいたみたいで、目を丸くしていた。だけどすぐに視線をとがらせて。
「何かこいつやばい! 近づかないほうがいい、逃げろ!」
突き放した声で、そう言った。
光ちゃん、心配をしてくれてるの? 私、光ちゃんにまっすぐ向き合えなかったし、自分の方が危ないのに。そんな場合じゃないって分かってるけど、心が何だかぽかぽかした。
逃げるなんて「出来ない」よ。
私は、私の出来ることをするために、逃げない!
『メェェェェェ!!!!』
びりびりびりっ!! と羊の声が響き渡る。鳥肌が立った。けど、もう弱音は吐かない。
この羊は、ジャマをするな、って言ってる。そう感じる。
励ますように、ホクトが私の腕をぽんぽん叩いてくれた。私の右手には、不思議な光を放った指輪。
でも……どうする? あの不可思議な力を、光ちゃんの前で使うの?
別にヒミツってわけじゃないけど、ここは普通の住宅街の真ん中。どこで誰が見ているかも分からない。あまり大胆なことをして、私に変なウワサが立つのは避けたいよ……!
よし。
私は深呼吸をした。そして、指輪を付けた右人差し指で。
思いっきり夜空を指さす!!
「あ!!!! あんなところに!!!!」
「え?」
それに驚いて視線をずらしたのは光ちゃん。羊はそんな誤魔化しに引っ掛からないで、まだずっと私をにらんでる。
そう、それで良いの!!
私は急いで、指さした夜空に形を描いた。
「出てきて……『懐中電灯座』!!」
小声で星座を呼び出す。
瞬間、私の右手にはとっても小さな懐中電灯が握られていた。まだ夜になったばかりで、空にある星が少ないから立派なものは作れなかったけど……でも、これで良い!!
『メェ!』
光ちゃんが視線を戻す。
羊が飛び掛かってくる。
光ちゃんの口が、「危ない」と言いかけた。
私はきゅっと歯を食いしばって、叫んだ。
「目をつむって光ちゃん!!」
かちっと懐中電灯のスイッチを付ける。
ビカッ!! と昼のようにまばゆい光が辺りを照らした!!
うわ、眩しい……! 自分で持ってるのに、目が痛いよ。
「ほ、ホクト大丈夫!?」
「ぴえぇぇぇ! 大丈夫だけど、みどりとピンクが見えるよぉ」
それは残像だね。大成功だ、私たちがこれだけ眩しいってことは……。
『メェ……ッ』
やっぱり! 羊は、頭を地面にこすりつける勢いで苦しんでる。前に、この指輪の光で逃げ出してたもんね。光が苦手なんじゃないかって、思ってたの。
それに、この懐中電灯は、夕方の空にあった星から作られてる。それが意味することはつまり……一番星ってこと! すごい光になるんじゃないかって期待したけど、大正解だったよ。
私は光を持ったまま、一歩一歩羊に近づいていく。
『メェ……メェ……』
脚を折りたたんで、座り込んでしまった羊に胸が痛む。ごめんね。話を聞いてあげたいけど、今はだめなの。今度会った時は、絶対に助けるから。
だから今は……どこかへ行って、お願い。
『ヘレェェェ…………』
「え……?」
今、しゃべった?
私が首をかしげたのと同時に、羊はふらふら立ち上がって、どこかへ逃げ去ってしまった。……「ヘレ」、って言ったよね。それって確か、おひつじ座の神話に出てくる女の子の名前……。
「ぼーっとしてる場合じゃないよ!! ヒカルちゃん!」
あ、そうだった!
光ちゃんを振り返る。両腕を顔の前で交差しながら、目をぱちくりさせていた。たぶん、「目をつむって」って言った時に、ああやって目隠ししたんだね。
駆け寄ろうとして、ちょっとためらって。でもぎゅっとこぶしをにぎって、光ちゃんに近づいた。
「だ、大丈夫? 光ちゃん! 怖かったね!」
「うん……羊は、逃げたの? 七星が何とかしたの?」
「へっ!? あ、あーうん! たまたまだよたまたま! 持ってた懐中電灯当てたら逃げてっちゃって……光が苦手なのかな? あはは」
我ながらごまかすのがヘタすぎる! もう少し落ち着いてよ私!
でも光ちゃんは深く追及することなく、「そう」とうなずいた。
それから、少年みたいな目をきゅっと細めて……私に、笑う。
「ありがとう」
久しぶりに見た、光ちゃんの笑顔に。戸惑って、ドギマギしちゃった。
変わってない。昔みたいなやんちゃさは無くなったけど、利発そうで、明るい笑顔だ。
「……っ、うん! 無事で、よかった」
私の口から出たのは、とぎれとぎれでつたない言葉。
安心したらどっと疲れちゃって、その場に膝をつく。
それから、私と光ちゃんは地面に座りこんだまま。じっと、住宅街の隙間から見える夕焼けを見つめていた。制服だから早く立ち上がって土ぼこりをはらわないと、とか、教室に荷物を置きっぱなしだから戻らないと、とか。いろいろ考えることはあったけど。動く気になれなかった。
……今なら、落ち着いて話せるかもしれない。
私たちを見守ってくれている一番星が、優しく瞬いた。気持ちを決めて、私は口を開く。
「ひ……光ちゃん」
「……ん?」
光ちゃんの声も、どこか固い。
今度こそ、と思って、目を合わせる。かっこいい顔。その顔が……私と同じに緊張して見えたのは、きっと私の気のせいじゃない。
ずっと光ちゃんも、こんな顔をしていたんだ。私が見なかったから、知らなかっただけだ。
「すごく前のこと……光ちゃんが手術するっていう、あの前の日」
でも光ちゃんは、緊張するって分かっていてもレク係に立候補してくれたんだね。
私と、話したいと思ってくれていた。
そう分かっただけで、勇気が出る。
「……傷つけて、ごめんね! 私、光ちゃんの気持ちをちゃんと考えてなかった。私が思っているよりもっと、大変で、痛くて、苦しかったはずなのに……!」
やっと、逃げないで謝ることが出来た。あの日、言えなかったこと。
夕焼けが、もっと暗くなって。制服と肌の隙間に、少し冷えた風が入ってきた。
「……七星」
私に降ってきた声は、温かかった。
「顔、上げて。私も目を見て、七星に言いたいことがある」
うなずく。顔を、上げた。
そこには、いつになく真剣な光ちゃんの顔があって。
「私こそ……ごめん。ずっと謝りたかった。私、自分のことで頭がいっぱいで……」
そんなの当たり前だよ!
もう元気に遊べないかもしれない、って思ったら不安になるのはみんな同じ。謝るのは、私で……。
「それは絶対に違う。……どっちも悪いんだよ。私だって七星を傷つけた」
……そっか。ホクトとのケンカと同じだ。私たち、「どっちが謝らないといけない」ってわけじゃない。お互いに後悔していて、「自分が悪い」って思っていることがあるなら、それはどっちも「悪い」んだ。
私たちは相手を許して、そして自分を許して、やっと仲直りが出来る。
「だからね、ごめん……ううん、違う。そんなことばっかり伝えるつもりじゃなかった。もっと言いたかったことがある」
光ちゃんは、真剣だった顔を少しゆるめた。固くしばった糸をほどくような、やわらかい笑顔だった。
「『ありがとう』、七星。あの時、私を元気づけようとしてくれて」
……っ!!
言葉が、出てこなかった。
「七星の作るお話が好き」って言ってくれた、あの時のまま。光ちゃんが、笑ってる。
うれしい。とっても。
「……どういたしまして!! 光ちゃんが元気になって、本当に良かった!」
心から思っていたこと。言えなかったこと、言いたかったこと、ようやく言えた。
私たちはお互いに照れくさそうに吹き出してから、体をゆらして笑いあった。
ひとしきり笑った後、光ちゃんはすくっと立ち上がって、私を見下ろした。
「今日はもう帰ろ! 私、ちょっと一っ走りして学校に荷物取ってくる!」
「あっ、私も行くよ!」
「私が走った方が早いでしょ」
そりゃあ、光ちゃんの足は速いだろうけど……って、もう行っちゃった……。
私一人になると、ずっと人形のふりをしてくれていたホクトがもぞもぞと動き出す。
「ふぁ~~! ナナすご~~~~くえらかったね!! ヒカルちゃんと仲直り、出来たよ!」
ホクトが体をうんと伸ばして、私のほっぺをなでてくれた。わぁ、ふわふわで癒される……!!
「うん、出来た……!!」
ホクトのおかげだよ。ホクトと仲直りして、ホクトに背中を押されて、光ちゃんと話す勇気が出たんだもん。
「ううん、がんばったのはナナセだよ!」
くりくりの目がうるうる光って、それからホクトは小さく首を横に振った。ホクト……。
「いえーい!」
「ふふ、いぇい」
小さなしろくまの白い手。つきだされた肉球に、私もこぶしをつき合わせた。
コツン。というより、モフン。
心がふわふわして、わくわくしてる。
……あの羊のことだけ、まだ心配は残ってるけど……。
「あぁ。あの羊だけまだ不安要素はあるが、おおむねよく頑張った。少女」
「わぁぁっ!?」
ま、またいきなり後ろから表れた!?
心臓に悪いからやめてほしいよ……振り返らなくても分かる。淡々とした声に、難しい物言い。
「そんなに突然現れないでよ……ステラ……」
振り返る。黒服の少年は、また無表情だったけれど、きょとんとして首をかしげた。
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