華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

文字の大きさ
64 / 127

64 初恋  

しおりを挟む
 軍師省から帰る王太子、曹隆明を星羅はまた見送る。馬車に乗り込む隆明に手を貸すと、踏み台が濡れていたようで足を滑らせかけた。

「殿下、危ない!」

 下から支えようとした星羅は逆に持ち上げられるように、ふわっと抱き上げられた。

「あ、あの殿下」
「大事ない、ではまた」
「は、はい」

 馬車に乗り込んだ隆明はあっという間に去っていった。星羅は思わぬ隆明との触れ合いに、ますます鼓動が早くなる。どうしてこんなに恋しくて懐かしくて苦しい思いをするのかわからなかった。郭蒼樹と徐忠正に変に思われないように、深呼吸してからまた軍師省に戻った。

「何かあったのか?」

 蒼樹が星羅に尋ねる。

「え? なにも? あ、今日借りた着物を返しに行くがいいかい?」
「ああ、かまわないが」
「では、終わったら家に帰ってから行くよ」

 学習を終え家に帰り、京湖によって手入れされた着物をもって郭家に訪れる。門にいた使用人が無表情で蒼樹の部屋を案内する。相変わらず物にも人にも無駄のない、合理的な屋敷に感心して部屋に入った。

「蒼樹。ありがとう。母が手入れをしてくれたからこのまま片付けてよいと思うが、気になったら確認してくれ」
「ああ、わかった」
「じゃ、これで」
「待てよ。茶ぐらい飲んでいけ。急いでるのか?」
「いや、特に」

 蒼樹がそう言うとすぐに茶が運ばれてきた。使用人に「呼ぶまで来なくてよい」と告げ、茶をすすめる。

「殿下と何かあったのか?」
「殿下と? いや、べつに……」
「慕っても報われないぞ」
「僕は軍師として」
「うそだ」

 いつの間にか蒼樹は星羅のすぐ目の前にいる。

「自分が女だと告げたのか?」
「そんなことは言わない」
「抱き合っていただろう」

 ちょうど隆明がバランスを崩し、それを支えようとして転びそうになった星羅を反対に抱き上げた姿を、蒼樹は見ていたのだ。

「あ、あれは――」

 誤解だと状況を説明しようとするまえに、蒼樹は星羅を抱きしめた。

「な、なにを!」
「星雷。いや星羅、殿下だけはよすんだ」
「放して」
「放したくない」

 星羅は学問に加え、剣術も鍛錬していたのでそれなりに自分の力も自負していたが、蒼樹の抱きしめる力は強く、しかも背中と腰を押さえられ身動きがとれない。

「厩舎で会った時から、気になっていた。男なのに。自分がおかしいのかと思っていたが女だとわかって安心した」
「え……」

 初めて軍師省に行き、馬を停める場所を教えてくれたのはやはり蒼樹だった。

「いっそ、このまま……」

 するどい目で蒼樹に見つめられ、星羅は固まってしまった。蒼樹の顔が迫ってきて触れる僅か寸でのところで、星羅は自分の身体の拘束が緩んだことに気づく。そのすきをついて、星羅はさっと蒼樹から身体を離した。

「お願い蒼樹、やめて……」

 手の中から離れた不安そうな表情をする星羅をみて、蒼樹は冷静さを取り戻す。握ったこぶしで自分の額を叩き「すまなかった」とわびる。

「じゃ、これで」

 蒼樹の顔を見ないようにして、星羅は立ち去る。明日顔を合わせた時には、いつものように軍師見習いの仲間でいられるようにと願った。

 星羅が帰った後、蒼樹は性急な自分に腹を立てた。

「軍師たるもの激情に身を任せてはいけない」

 軍師の家系で冷静さに重きを置いているといっても、蒼樹はまだまだ若者だった。しかし彼は高いプライドゆえに、一般の男のような欲情を発揮してしまったことを恥じた。力で手に入れても星羅は自分を愛さまい。今日の出来事は、失敗した策として胸にとどめておくことにする。いつか彼女の心から手に入れようと、心に決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...