70 / 127
70 昇格
しおりを挟む
軍師見習いから助手になった朱星羅と郭蒼樹は改めて、大軍師の馬秀永にあいさつをする。
「ほーっほっほ。また顔が見れたの。じゃが2人か」
白く濁った眼で交互に星羅と蒼樹の顔を見る。
「まあ、しょうがない。助手も久しくいなかったくらいだし。軍師省が大所帯にはなるまいな。では精進する様に」
軍師試験は定員制ではなく、高すぎる一定の水準を超えねばならなかった。そのため数年間、見習いさえいないときもある。星羅の年は豊作だったようだ。二人が助手に昇格したのち、見習い試験に受かったものがやっと一人出た。
「ここまで来たら後には引けないぞ」
郭蒼樹は星羅に覚悟させるように言う。
「わかってる。忠弘はほんとうに引き際を知っていたんだな」
「うむ。辞めるものはやはり見習いのうちにやめるようだ」
これから本格的な軍師の道を進む。助手からは朝議に参加できるようになり、その場で上奏することはできないものの、意見を教官以上のものに提出して審議してもらうことも可能になる。
星羅は朝議で出ることで、頻繁に王太子の曹隆明に会えることが嬉しかった。
初めて朝廷に向かう。星羅はいつも見ていた石の階段を一段踏みしめるように上がる。遠目からはよく見える『銅雀台』は階段の下からは見えないほど高い。まるで高祖の志のように高い。
「今日からここで政に参加するのね」
そう思うと足がぶるっと震えた。王太子で実の父である曹隆明への恋しさよりも、緊張のほうが勝る。
「星雷っ」
後ろから郭蒼樹の声がかかった。
「あ、蒼樹。おはよう」
「おはよう。早いな」
「あ、うん。眠れなくて」
「そうか」
「蒼樹はいつも通りだね」
「そんなことはない。俺もここに上がるのは初めてだ」
珍しく蒼樹も緊張しているようだ。
「でも、蒼樹の父上もいらっしゃるのだろう?」
「まあな。しかし親や親族などいても関係はないさ。俺たちは末席でなんとか話を耳に入れられる程度だ」
それでも助手の身分で朝議に参加できるのは、軍師助手だけだった。医局長であっても陸慶明も参加できないし、太極府局長の陳賢路もしかりだ。そのため朝議に交じっている若者は軍師省からの者だとすぐにわかる。階段を上がる足取りが若くて軽くとも、経験と実績のある熟年の高官たちに囲まれて星羅は息苦しさを感じた。
前向きで意志が強く、周囲に流されない星羅ではあるが、さすがに高官たちの朝議には緊張する。発言を求められるわけでもないが息をするので精一杯だ。ふっと郭蒼樹のクールな表情を見て、彼がいてくれてよかったと思った。
末席で落ち着いてくると、上奏の内容なども聞こえてきて、官僚たちの顔も見ることができた。空席の玉座の隣に、王太子の曹隆明が座って上奏を聞いている。今、王は高齢で体調不良のため、朝議には出ていない。
今、華夏国に大きな問題がないためか、朝議はスムーズに終わる。ある程度の派閥はあるが、激しく争うこともない。時々、上奏に矛盾が生じたり、数値がおかしいときなどに隆明が聞き返している。
次期王である曹隆明の立派な姿に見とれていると「解散!」との声がかかり、星羅は我に返る。
「出るぞ」
「あ、うん」
郭蒼樹に促され、混雑する前にすばやく退出した。星羅は、郭蒼樹の後をついて階段を下りる。同じ軍師省の空色の着物を着て、身分も助手と同じなのに、蒼樹は落ち着いていると星羅は感心する。
「さて軍師省にもどるか」
「そうだね」
朝議の後は、見習いの時と同じく軍師省にて政の補助的な仕事をする。
「そういえば、上座のほうに蒼樹に似た方がおられたな。父君か?」
「ああ、そうだ」
曹隆明のそばに、大軍師の馬秀永がいて、その隣に郭蒼樹に似た年配の男が立っていた。
「蒼樹は若いんだな」
「何を言ってるんだ。星雷と同い年だぞ」
「いやあ。普段大人びてるからさ」
郭蒼樹の父親はよく似ているが、さすがに蒼樹よりも数段落ち着いていて貫禄があった。それを目の当たりにすると、いつも自分よりもずいぶん大人びていると思う蒼樹は、青年なんだと実感してリラックスする。
「しかし、殿下はやはり違うな」
「あ、ああ」
「軍師省においでになった時は気さくで親しみを感じるが……」
「朝廷ではとても遠い存在に感じるな」
星羅は襟足からそっと自分の髪に触れる。隆明と同じ手触りの髪に触れると、心が安らぎ慰められる。王太子、曹隆明が実の父と知った夜から「殿下は父上……」と髪に触れながら、寝台を濡らして夜を過ごしてきた。もう涙を流すことはないが、髪に触れる癖がついている。
「すぐにおそばに参れるさ」
郭蒼樹の優しい口調に、星羅は「そうだな」と明るく答えた。
「ほーっほっほ。また顔が見れたの。じゃが2人か」
白く濁った眼で交互に星羅と蒼樹の顔を見る。
「まあ、しょうがない。助手も久しくいなかったくらいだし。軍師省が大所帯にはなるまいな。では精進する様に」
軍師試験は定員制ではなく、高すぎる一定の水準を超えねばならなかった。そのため数年間、見習いさえいないときもある。星羅の年は豊作だったようだ。二人が助手に昇格したのち、見習い試験に受かったものがやっと一人出た。
「ここまで来たら後には引けないぞ」
郭蒼樹は星羅に覚悟させるように言う。
「わかってる。忠弘はほんとうに引き際を知っていたんだな」
「うむ。辞めるものはやはり見習いのうちにやめるようだ」
これから本格的な軍師の道を進む。助手からは朝議に参加できるようになり、その場で上奏することはできないものの、意見を教官以上のものに提出して審議してもらうことも可能になる。
星羅は朝議で出ることで、頻繁に王太子の曹隆明に会えることが嬉しかった。
初めて朝廷に向かう。星羅はいつも見ていた石の階段を一段踏みしめるように上がる。遠目からはよく見える『銅雀台』は階段の下からは見えないほど高い。まるで高祖の志のように高い。
「今日からここで政に参加するのね」
そう思うと足がぶるっと震えた。王太子で実の父である曹隆明への恋しさよりも、緊張のほうが勝る。
「星雷っ」
後ろから郭蒼樹の声がかかった。
「あ、蒼樹。おはよう」
「おはよう。早いな」
「あ、うん。眠れなくて」
「そうか」
「蒼樹はいつも通りだね」
「そんなことはない。俺もここに上がるのは初めてだ」
珍しく蒼樹も緊張しているようだ。
「でも、蒼樹の父上もいらっしゃるのだろう?」
「まあな。しかし親や親族などいても関係はないさ。俺たちは末席でなんとか話を耳に入れられる程度だ」
それでも助手の身分で朝議に参加できるのは、軍師助手だけだった。医局長であっても陸慶明も参加できないし、太極府局長の陳賢路もしかりだ。そのため朝議に交じっている若者は軍師省からの者だとすぐにわかる。階段を上がる足取りが若くて軽くとも、経験と実績のある熟年の高官たちに囲まれて星羅は息苦しさを感じた。
前向きで意志が強く、周囲に流されない星羅ではあるが、さすがに高官たちの朝議には緊張する。発言を求められるわけでもないが息をするので精一杯だ。ふっと郭蒼樹のクールな表情を見て、彼がいてくれてよかったと思った。
末席で落ち着いてくると、上奏の内容なども聞こえてきて、官僚たちの顔も見ることができた。空席の玉座の隣に、王太子の曹隆明が座って上奏を聞いている。今、王は高齢で体調不良のため、朝議には出ていない。
今、華夏国に大きな問題がないためか、朝議はスムーズに終わる。ある程度の派閥はあるが、激しく争うこともない。時々、上奏に矛盾が生じたり、数値がおかしいときなどに隆明が聞き返している。
次期王である曹隆明の立派な姿に見とれていると「解散!」との声がかかり、星羅は我に返る。
「出るぞ」
「あ、うん」
郭蒼樹に促され、混雑する前にすばやく退出した。星羅は、郭蒼樹の後をついて階段を下りる。同じ軍師省の空色の着物を着て、身分も助手と同じなのに、蒼樹は落ち着いていると星羅は感心する。
「さて軍師省にもどるか」
「そうだね」
朝議の後は、見習いの時と同じく軍師省にて政の補助的な仕事をする。
「そういえば、上座のほうに蒼樹に似た方がおられたな。父君か?」
「ああ、そうだ」
曹隆明のそばに、大軍師の馬秀永がいて、その隣に郭蒼樹に似た年配の男が立っていた。
「蒼樹は若いんだな」
「何を言ってるんだ。星雷と同い年だぞ」
「いやあ。普段大人びてるからさ」
郭蒼樹の父親はよく似ているが、さすがに蒼樹よりも数段落ち着いていて貫禄があった。それを目の当たりにすると、いつも自分よりもずいぶん大人びていると思う蒼樹は、青年なんだと実感してリラックスする。
「しかし、殿下はやはり違うな」
「あ、ああ」
「軍師省においでになった時は気さくで親しみを感じるが……」
「朝廷ではとても遠い存在に感じるな」
星羅は襟足からそっと自分の髪に触れる。隆明と同じ手触りの髪に触れると、心が安らぎ慰められる。王太子、曹隆明が実の父と知った夜から「殿下は父上……」と髪に触れながら、寝台を濡らして夜を過ごしてきた。もう涙を流すことはないが、髪に触れる癖がついている。
「すぐにおそばに参れるさ」
郭蒼樹の優しい口調に、星羅は「そうだな」と明るく答えた。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる