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70 昇格
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軍師見習いから助手になった朱星羅と郭蒼樹は改めて、大軍師の馬秀永にあいさつをする。
「ほーっほっほ。また顔が見れたの。じゃが2人か」
白く濁った眼で交互に星羅と蒼樹の顔を見る。
「まあ、しょうがない。助手も久しくいなかったくらいだし。軍師省が大所帯にはなるまいな。では精進する様に」
軍師試験は定員制ではなく、高すぎる一定の水準を超えねばならなかった。そのため数年間、見習いさえいないときもある。星羅の年は豊作だったようだ。二人が助手に昇格したのち、見習い試験に受かったものがやっと一人出た。
「ここまで来たら後には引けないぞ」
郭蒼樹は星羅に覚悟させるように言う。
「わかってる。忠弘はほんとうに引き際を知っていたんだな」
「うむ。辞めるものはやはり見習いのうちにやめるようだ」
これから本格的な軍師の道を進む。助手からは朝議に参加できるようになり、その場で上奏することはできないものの、意見を教官以上のものに提出して審議してもらうことも可能になる。
星羅は朝議で出ることで、頻繁に王太子の曹隆明に会えることが嬉しかった。
初めて朝廷に向かう。星羅はいつも見ていた石の階段を一段踏みしめるように上がる。遠目からはよく見える『銅雀台』は階段の下からは見えないほど高い。まるで高祖の志のように高い。
「今日からここで政に参加するのね」
そう思うと足がぶるっと震えた。王太子で実の父である曹隆明への恋しさよりも、緊張のほうが勝る。
「星雷っ」
後ろから郭蒼樹の声がかかった。
「あ、蒼樹。おはよう」
「おはよう。早いな」
「あ、うん。眠れなくて」
「そうか」
「蒼樹はいつも通りだね」
「そんなことはない。俺もここに上がるのは初めてだ」
珍しく蒼樹も緊張しているようだ。
「でも、蒼樹の父上もいらっしゃるのだろう?」
「まあな。しかし親や親族などいても関係はないさ。俺たちは末席でなんとか話を耳に入れられる程度だ」
それでも助手の身分で朝議に参加できるのは、軍師助手だけだった。医局長であっても陸慶明も参加できないし、太極府局長の陳賢路もしかりだ。そのため朝議に交じっている若者は軍師省からの者だとすぐにわかる。階段を上がる足取りが若くて軽くとも、経験と実績のある熟年の高官たちに囲まれて星羅は息苦しさを感じた。
前向きで意志が強く、周囲に流されない星羅ではあるが、さすがに高官たちの朝議には緊張する。発言を求められるわけでもないが息をするので精一杯だ。ふっと郭蒼樹のクールな表情を見て、彼がいてくれてよかったと思った。
末席で落ち着いてくると、上奏の内容なども聞こえてきて、官僚たちの顔も見ることができた。空席の玉座の隣に、王太子の曹隆明が座って上奏を聞いている。今、王は高齢で体調不良のため、朝議には出ていない。
今、華夏国に大きな問題がないためか、朝議はスムーズに終わる。ある程度の派閥はあるが、激しく争うこともない。時々、上奏に矛盾が生じたり、数値がおかしいときなどに隆明が聞き返している。
次期王である曹隆明の立派な姿に見とれていると「解散!」との声がかかり、星羅は我に返る。
「出るぞ」
「あ、うん」
郭蒼樹に促され、混雑する前にすばやく退出した。星羅は、郭蒼樹の後をついて階段を下りる。同じ軍師省の空色の着物を着て、身分も助手と同じなのに、蒼樹は落ち着いていると星羅は感心する。
「さて軍師省にもどるか」
「そうだね」
朝議の後は、見習いの時と同じく軍師省にて政の補助的な仕事をする。
「そういえば、上座のほうに蒼樹に似た方がおられたな。父君か?」
「ああ、そうだ」
曹隆明のそばに、大軍師の馬秀永がいて、その隣に郭蒼樹に似た年配の男が立っていた。
「蒼樹は若いんだな」
「何を言ってるんだ。星雷と同い年だぞ」
「いやあ。普段大人びてるからさ」
郭蒼樹の父親はよく似ているが、さすがに蒼樹よりも数段落ち着いていて貫禄があった。それを目の当たりにすると、いつも自分よりもずいぶん大人びていると思う蒼樹は、青年なんだと実感してリラックスする。
「しかし、殿下はやはり違うな」
「あ、ああ」
「軍師省においでになった時は気さくで親しみを感じるが……」
「朝廷ではとても遠い存在に感じるな」
星羅は襟足からそっと自分の髪に触れる。隆明と同じ手触りの髪に触れると、心が安らぎ慰められる。王太子、曹隆明が実の父と知った夜から「殿下は父上……」と髪に触れながら、寝台を濡らして夜を過ごしてきた。もう涙を流すことはないが、髪に触れる癖がついている。
「すぐにおそばに参れるさ」
郭蒼樹の優しい口調に、星羅は「そうだな」と明るく答えた。
「ほーっほっほ。また顔が見れたの。じゃが2人か」
白く濁った眼で交互に星羅と蒼樹の顔を見る。
「まあ、しょうがない。助手も久しくいなかったくらいだし。軍師省が大所帯にはなるまいな。では精進する様に」
軍師試験は定員制ではなく、高すぎる一定の水準を超えねばならなかった。そのため数年間、見習いさえいないときもある。星羅の年は豊作だったようだ。二人が助手に昇格したのち、見習い試験に受かったものがやっと一人出た。
「ここまで来たら後には引けないぞ」
郭蒼樹は星羅に覚悟させるように言う。
「わかってる。忠弘はほんとうに引き際を知っていたんだな」
「うむ。辞めるものはやはり見習いのうちにやめるようだ」
これから本格的な軍師の道を進む。助手からは朝議に参加できるようになり、その場で上奏することはできないものの、意見を教官以上のものに提出して審議してもらうことも可能になる。
星羅は朝議で出ることで、頻繁に王太子の曹隆明に会えることが嬉しかった。
初めて朝廷に向かう。星羅はいつも見ていた石の階段を一段踏みしめるように上がる。遠目からはよく見える『銅雀台』は階段の下からは見えないほど高い。まるで高祖の志のように高い。
「今日からここで政に参加するのね」
そう思うと足がぶるっと震えた。王太子で実の父である曹隆明への恋しさよりも、緊張のほうが勝る。
「星雷っ」
後ろから郭蒼樹の声がかかった。
「あ、蒼樹。おはよう」
「おはよう。早いな」
「あ、うん。眠れなくて」
「そうか」
「蒼樹はいつも通りだね」
「そんなことはない。俺もここに上がるのは初めてだ」
珍しく蒼樹も緊張しているようだ。
「でも、蒼樹の父上もいらっしゃるのだろう?」
「まあな。しかし親や親族などいても関係はないさ。俺たちは末席でなんとか話を耳に入れられる程度だ」
それでも助手の身分で朝議に参加できるのは、軍師助手だけだった。医局長であっても陸慶明も参加できないし、太極府局長の陳賢路もしかりだ。そのため朝議に交じっている若者は軍師省からの者だとすぐにわかる。階段を上がる足取りが若くて軽くとも、経験と実績のある熟年の高官たちに囲まれて星羅は息苦しさを感じた。
前向きで意志が強く、周囲に流されない星羅ではあるが、さすがに高官たちの朝議には緊張する。発言を求められるわけでもないが息をするので精一杯だ。ふっと郭蒼樹のクールな表情を見て、彼がいてくれてよかったと思った。
末席で落ち着いてくると、上奏の内容なども聞こえてきて、官僚たちの顔も見ることができた。空席の玉座の隣に、王太子の曹隆明が座って上奏を聞いている。今、王は高齢で体調不良のため、朝議には出ていない。
今、華夏国に大きな問題がないためか、朝議はスムーズに終わる。ある程度の派閥はあるが、激しく争うこともない。時々、上奏に矛盾が生じたり、数値がおかしいときなどに隆明が聞き返している。
次期王である曹隆明の立派な姿に見とれていると「解散!」との声がかかり、星羅は我に返る。
「出るぞ」
「あ、うん」
郭蒼樹に促され、混雑する前にすばやく退出した。星羅は、郭蒼樹の後をついて階段を下りる。同じ軍師省の空色の着物を着て、身分も助手と同じなのに、蒼樹は落ち着いていると星羅は感心する。
「さて軍師省にもどるか」
「そうだね」
朝議の後は、見習いの時と同じく軍師省にて政の補助的な仕事をする。
「そういえば、上座のほうに蒼樹に似た方がおられたな。父君か?」
「ああ、そうだ」
曹隆明のそばに、大軍師の馬秀永がいて、その隣に郭蒼樹に似た年配の男が立っていた。
「蒼樹は若いんだな」
「何を言ってるんだ。星雷と同い年だぞ」
「いやあ。普段大人びてるからさ」
郭蒼樹の父親はよく似ているが、さすがに蒼樹よりも数段落ち着いていて貫禄があった。それを目の当たりにすると、いつも自分よりもずいぶん大人びていると思う蒼樹は、青年なんだと実感してリラックスする。
「しかし、殿下はやはり違うな」
「あ、ああ」
「軍師省においでになった時は気さくで親しみを感じるが……」
「朝廷ではとても遠い存在に感じるな」
星羅は襟足からそっと自分の髪に触れる。隆明と同じ手触りの髪に触れると、心が安らぎ慰められる。王太子、曹隆明が実の父と知った夜から「殿下は父上……」と髪に触れながら、寝台を濡らして夜を過ごしてきた。もう涙を流すことはないが、髪に触れる癖がついている。
「すぐにおそばに参れるさ」
郭蒼樹の優しい口調に、星羅は「そうだな」と明るく答えた。
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