銀木犀の香る寝屋であなたと

はぎわら歓

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 葉子との再会に感動を覚えながらも、ちらっと見えた若い修道女の顔に見覚えがあり二度見した。(あ、あのかたは……)

 彼女は以前、一樹と一緒に教会へ来ていた若い女だ。

見間違えはしない。



「どうしていたのです?今まで。あなたは藤井家にいるのではなかったの?」

「おかあさま……」

 手を取り合ったまま珠子は今までのことを葉子に話す。



「まあっ!なんてお辛い目に……。よく、頑張ったのね……」

「一樹もずっとあなたを想って……」

「あの、兄さまはご結婚されなかったのですか?さきほどのシスターと……」

「え?一樹は……ずっと一人ですよ。シスター綾子は一樹と同じ学校の先生よ」



 若い修道女は一之瀬綾子という名で藤井家とは比べ物にならないほどの名門、一之瀬伯爵家の三女である。

名門が故に海外に留学し、西洋思想や社会主義、共産主義などあらゆる思想に影響を受ける綾子にとって、この大戦で日本が負けることは必至であり、軍事力でトップに立とうとする行為など愚かなことであると小学校で訴え続けた。



 身分の高さにより投獄や逮捕から逃れてはいたが、身分制度の崩壊によって彼女の立場は危ういものとなる。

そこで修道女としてひっそりと活動を続けることにしたのだ。

それを応援すべく、葉子のいる教会へ案内したのが一樹だ。



 一樹も戦争には反対で、公安警察から睨まれていた。

今も社会活動を教職に就きながら続けているらしく、どこにいるのか葉子でさえ良く知らないらしい。

「お兄さまがそんな活動されているなんて……」

「一樹は一樹なりに社会と戦っているのよ。わたしには祈ることしかできない。傷つけあうことなく平和な世界がくるといいのだけれど」



 葉子は一呼吸おいて続ける。

「一樹は年に一度だけ銀木犀の咲くころに顔を出すわ。あの小屋で少し休んでまた活動に出かけるみたい」

「そう……ですか」

「もうそろそろそんな時期だわ。珠子さん、会いたいのでしょう?」

「ええ。でも、私は……」

 立派に社会に立ち向かう一樹に、目先のことしか考えてこられなかった自分が恥ずかしく合わせる顔がない。



「会ってやって?一樹はあなたを想って今まで生きてこれたのよ」

「え?」

「あのこは……あなたを愛して……この社会を変えるべく運動に参加したの。愛する人と自由に愛し合える社会を目指して……」

「にいさま……」

 目の前が滲み珠子は一樹の強い意志を感じさせる眉と澄んだ漆黒の瞳を思い出す。



「ああ、もう行かなくては」

 傾いた西日を見て葉子はつぶやいた。

「そろそろ花が咲くわね……。もし、辛いことがあったらいつでも友の家にくるのよ」

「はい。ありがとうございます。お母さま」

 老いた葉子の後姿を見送り、珠子もリヤカーに残った苗木を乗せ帰路につく。



 背中を押す西日が温かい。

久しぶりに珠子は考え込み思い悩んだ。

小さな住まいが見えてきたころに甘い香りが漂ってくる。

(咲いてる……?)



 リヤカーを置き、銀木犀のもとに走ると、小さな白い蕾たちがほころび甘い香りを放っている。

「ああっ」

 やっと開花した銀木犀を眺め、香りに抱きしめられながら珠子は一樹に会いに行く決心をした。
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