16 / 140
第一部
16 静岡へ
しおりを挟む
電話をしてから三日くらいで新幹線のチケットが送られ、『普段着で来てください』と硬質な字で書かれたメモが同封されていた。
バイトということなのでジーンズとトレーナーをメインにバッグに詰め出発の日を待った。
帰省ラッシュで岡山駅はごった返し、新幹線の自由席は廊下にも立っている客でいっぱいだ。しかしチケットは指定席で、落ち着いて座ることが出来る緋紗は直樹の気配りに感謝した。――ああ、そうだ。電話しなきゃ。
あれからお互いに電話はしていない。
二度目の電話だが緊張しながら名前を見る。――大友直樹
何か音楽が少し流れてつながる。
『はい。おはよう。ひさ?』
『そうです。おはようございます。今、岡山出発しました。なので十一時四十分にそちらの駅に到着すると思います』
『うん。迎えに行くから北口の一般乗降場というところにいてくれる?改札を通ってすぐだからわかると思うけど迷ったら電話して』
『わかりました。じゃまたあとで』
『あとでね』
ドキドキして電話を切った。
電話の直樹の声は実際のそれより硬質な感じで事務的であり、それがまた緋紗にはセクシーに感じる。
窓から景色を見ようとしたが、直樹に会うことに気持ちが集中し始めると何も見る気がしなくなったので、目を閉じて体力の温存に努めた。
直樹が斧で薪を割っているとペンションのオーナー、吉田和夫が声をかけてきた。
「もうそろそろ迎えの時間だろ」
「ああ。もうそんな時間ですか」
「今日はもう、こんなもんでいいぞ」
「そうですか?また帰ってきたら続きやりますけど」
「いいよいいよ。今夜は今夜であれをやってもらうつもりだし。午後は連れに仕事を教えてやってくれ」
「わかりました。じゃあそろそろ行ってきます」
直樹がここで年末年始のバイトを始めてから四年目になる。
林業に就いてから講習会で知り合ったのが吉田和夫で、元々東京で営業マンだったのだが田舎暮らしがしたくなり、都会の生活を捨て四十歳を期にIターンしてきた。
知り合いになるきっかけだった講習会は『薪づくり』だった。
講習会では四十代五十代のやはりUターン、Iターン希望者が多い中、一人二十代であり、すでに林業に就いているにも関わらず参加している直樹に吉田は興味を持つ。
吉田には二十代で仕事の時間以外を、また仕事のような時間に費やすことが不思議に映ったらしい。
しかも吉田が二十代の時は『休みは女性と遊ぶもの』だったので直樹のような草食男子が異端だったのだ。
今でも直樹の草食っぷりが不思議だがペンションをやるにあたって少し男手がほしかったのと、ストイックな感じが安心できたので直樹にアルバイトの話を持ち掛けた。
最初の一年は月一で手伝ってもらっていたが、ペンションの経営が落ち着くのと吉田の慣れによって、今は年末年始の直樹の休みの時にだけ手伝ってもらっている。
しかし直樹の環境が変わればこの年末年始のアルバイトもどうなるかわからない。――彼女とかいないのかねえ。
手伝ってくれるのはありがたいのだがずっと独りでいる直樹に心配をしなくもなかった。
新幹線が到着したが混雑していてなかなか先に進めない。
もどかしい気持ちで緋紗は出口を探し、初めての町に少し興奮しながら駅を出て待ち合わせ場所へ急いぎ、一般乗降場の看板を見つけほっとする。
キョロキョロして立っていると目の前に軽トラックが止まり直樹が降りてきた。
スーツ姿ではなくグレーのデニムのツナギを着ていて、ワイルドだ。
「やあ。来たね」
「こ、こんにちは」
雰囲気がいつもと違うので緋紗は少し緊張した。
「荷物それだけ?」
「はい。そうです」
緋紗の手からボストンバッグを取ってやすやすと車の荷台に乗せる。
「ありがとうございます」
「うん。じゃ乗って。行こう」
直樹がドアを開けて乗せてくれた。
「軽トラでごめんね。十五分くらいで着くから我慢してくれるかな」
「全然大丈夫です。軽トラ好きですよ」
「そう。よかった」
直樹はにっこりして発進した。
軽トラックはマニュアルだがギアチェンジも滑らかで全然揺れず、緩い上り坂を進む。
乗り物にそんなに得意ではない緋紗だが、直樹の丁寧な運転で酔わずにすみ、気分よく乗っていると目の前に大きな富士山が迫ってきた。
「大きいー。私本物の富士山見るの初めてなんです」
「ああ。そうなんだ。なかなかいいでしょ」
「はい。でもなんか大きいカレンダーみたいですね」
緋紗の言いように直樹は笑った。
「あの。ペンションって何したらいいんでしょうか」
「基本的には食事作りの手伝いとベッドメイキングと掃除くらいかな。これから行くペンションはオーナーが趣味でやってる陶芸教室もあってね。よかったらそれも手伝ってあげて」
「へー陶芸できるところなんですかー」
「朝が少しはやくて、夜まで片付けがあるけど重労働ではないよ」
「弟子の身分なので大抵のことは平気ですよ」
「ああそうだ。温泉があるよ。混浴ね」
笑いながら言う直樹に緋紗はドキッとしたが平静を装って、「それは楽しみです」と、言っておいた。
バイトということなのでジーンズとトレーナーをメインにバッグに詰め出発の日を待った。
帰省ラッシュで岡山駅はごった返し、新幹線の自由席は廊下にも立っている客でいっぱいだ。しかしチケットは指定席で、落ち着いて座ることが出来る緋紗は直樹の気配りに感謝した。――ああ、そうだ。電話しなきゃ。
あれからお互いに電話はしていない。
二度目の電話だが緊張しながら名前を見る。――大友直樹
何か音楽が少し流れてつながる。
『はい。おはよう。ひさ?』
『そうです。おはようございます。今、岡山出発しました。なので十一時四十分にそちらの駅に到着すると思います』
『うん。迎えに行くから北口の一般乗降場というところにいてくれる?改札を通ってすぐだからわかると思うけど迷ったら電話して』
『わかりました。じゃまたあとで』
『あとでね』
ドキドキして電話を切った。
電話の直樹の声は実際のそれより硬質な感じで事務的であり、それがまた緋紗にはセクシーに感じる。
窓から景色を見ようとしたが、直樹に会うことに気持ちが集中し始めると何も見る気がしなくなったので、目を閉じて体力の温存に努めた。
直樹が斧で薪を割っているとペンションのオーナー、吉田和夫が声をかけてきた。
「もうそろそろ迎えの時間だろ」
「ああ。もうそんな時間ですか」
「今日はもう、こんなもんでいいぞ」
「そうですか?また帰ってきたら続きやりますけど」
「いいよいいよ。今夜は今夜であれをやってもらうつもりだし。午後は連れに仕事を教えてやってくれ」
「わかりました。じゃあそろそろ行ってきます」
直樹がここで年末年始のバイトを始めてから四年目になる。
林業に就いてから講習会で知り合ったのが吉田和夫で、元々東京で営業マンだったのだが田舎暮らしがしたくなり、都会の生活を捨て四十歳を期にIターンしてきた。
知り合いになるきっかけだった講習会は『薪づくり』だった。
講習会では四十代五十代のやはりUターン、Iターン希望者が多い中、一人二十代であり、すでに林業に就いているにも関わらず参加している直樹に吉田は興味を持つ。
吉田には二十代で仕事の時間以外を、また仕事のような時間に費やすことが不思議に映ったらしい。
しかも吉田が二十代の時は『休みは女性と遊ぶもの』だったので直樹のような草食男子が異端だったのだ。
今でも直樹の草食っぷりが不思議だがペンションをやるにあたって少し男手がほしかったのと、ストイックな感じが安心できたので直樹にアルバイトの話を持ち掛けた。
最初の一年は月一で手伝ってもらっていたが、ペンションの経営が落ち着くのと吉田の慣れによって、今は年末年始の直樹の休みの時にだけ手伝ってもらっている。
しかし直樹の環境が変わればこの年末年始のアルバイトもどうなるかわからない。――彼女とかいないのかねえ。
手伝ってくれるのはありがたいのだがずっと独りでいる直樹に心配をしなくもなかった。
新幹線が到着したが混雑していてなかなか先に進めない。
もどかしい気持ちで緋紗は出口を探し、初めての町に少し興奮しながら駅を出て待ち合わせ場所へ急いぎ、一般乗降場の看板を見つけほっとする。
キョロキョロして立っていると目の前に軽トラックが止まり直樹が降りてきた。
スーツ姿ではなくグレーのデニムのツナギを着ていて、ワイルドだ。
「やあ。来たね」
「こ、こんにちは」
雰囲気がいつもと違うので緋紗は少し緊張した。
「荷物それだけ?」
「はい。そうです」
緋紗の手からボストンバッグを取ってやすやすと車の荷台に乗せる。
「ありがとうございます」
「うん。じゃ乗って。行こう」
直樹がドアを開けて乗せてくれた。
「軽トラでごめんね。十五分くらいで着くから我慢してくれるかな」
「全然大丈夫です。軽トラ好きですよ」
「そう。よかった」
直樹はにっこりして発進した。
軽トラックはマニュアルだがギアチェンジも滑らかで全然揺れず、緩い上り坂を進む。
乗り物にそんなに得意ではない緋紗だが、直樹の丁寧な運転で酔わずにすみ、気分よく乗っていると目の前に大きな富士山が迫ってきた。
「大きいー。私本物の富士山見るの初めてなんです」
「ああ。そうなんだ。なかなかいいでしょ」
「はい。でもなんか大きいカレンダーみたいですね」
緋紗の言いように直樹は笑った。
「あの。ペンションって何したらいいんでしょうか」
「基本的には食事作りの手伝いとベッドメイキングと掃除くらいかな。これから行くペンションはオーナーが趣味でやってる陶芸教室もあってね。よかったらそれも手伝ってあげて」
「へー陶芸できるところなんですかー」
「朝が少しはやくて、夜まで片付けがあるけど重労働ではないよ」
「弟子の身分なので大抵のことは平気ですよ」
「ああそうだ。温泉があるよ。混浴ね」
笑いながら言う直樹に緋紗はドキッとしたが平静を装って、「それは楽しみです」と、言っておいた。
0
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる