スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

51 蒼天

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 いささか寝坊したが八時前には起きた。――昨日は飲みすぎちゃったかな。
  なんとなく頭が重い。
 直樹が帰ってから言われるとおりに鍵を閉め、シャワーを浴びて寝た。
ベッドに腰かけて夜のことを思い出してみる。――なんか……いい感じだったけど残念。
  もう一度ベッドに横になると携帯電話が鳴った。――直樹さんだ。

 『もしもし』
 『おはよう。起きてた?』
 『おはようございます。おきてます』
 『これからそっちに行こうと思うんだけどどう?』
 『えっと。いいです。はい』
  少し慌てた緋紗に
『十分したらここを出るよ』
  と気を利かせて直樹は言った。
 『分かりました。待ってます』
 『じゃあとでね』
 『はい。また』

  急いでベッドから出て着替え、たいして散らかってはいないが顔を洗ったあと掃除機をさっとかけた。ドアをノックする音が聞こえた。
このアパートはインターフォンどころか呼び出し鈴もない。
 「はーい」
  ドアを開けると薄いブルーのシャツを着た爽やかな直樹が立っており、緋紗はまぶしく感じて目を細めてみた。
 「おはよう」
 「おはようございます」
 「あの。上がってください」
 「いいの?」
 「ええ。どうぞ」
 緋紗のアパートは築四十年の古いものだったが二DKで一人で住むには十分な広さだ。

 「広くていい部屋だね」
  直樹が座って部屋を眺めると部屋にはパソコンと本と備前焼くらいしかなかった。
 「古いですけど」
  直樹が写真たてを見て、
 「お母さん?」
  と、聞いてきた。緋紗はコーヒーを直樹に出しながら
「それ伯母なんです。私が高校生の時に亡くなっちゃったんですけど」
  と、説明をした。
 「ありがとう。よく似てるね」
 「ええ。母より似てるって言われます」
  ショートカットで黒のワンピースを着た伯母とショートボブのセーラー服姿の緋紗が並んで写っていた。

 「緋紗はゴールデンウィークは休み?」
 「いえ。窯出しのご案内で仕事なんです。もう、お盆まではまとまった休みはないですかね」
 「そうか。僕も休みがあまりなくてね。夏まで会えないと思うんだ。出来るだけペンションを手伝うつもりでね」
 「ああ。小夜子さんもう大変そうですか?」
 「ううん。まだまだ本人曰く平気らしいけど、無理は禁物だよね」
 「ええ。ほんとにゆっくりしててほしいですよね。私もお手伝いできたらな。よろしく伝えてください」
 「うん。二人とも会いたがっていたよ」
  緋紗はペンションで過ごした日が懐かしくなっていた。

 「夏には学生のバイトが来るからそれまでかな」
 「直樹さんも無理しないでくださいね。体力使ってるんですから」
  直樹は微笑んで、「うん」と、頷いてコーヒーを飲みほした。
 「じゃ今日はこれで帰るよ」
 「もう――」
 「ごめんね。できたら土曜日ログインするよ」
 「駅まで送ります」
  緋紗は少しでも一緒に居たくて送ることにした。
 「疲れてないの?」
 「平気です」

  コーヒーで少し頭がはっきりしてきた。
 立ちあがる直樹を見てキスくらいしてくれるだろうかと期待したが、素っ気なく玄関に向かって行った。
 外に二人で出ると、とてもいい天気で雲一つない蒼天だった。――あの日もこれぐらいいい天気だったなあ。
  駅まで二人とも特に何も話さなかったが、いつの間にか手をつないでいて優しい気持ちが流れている。――一緒にいられたらなんでもいいか。
  緋紗はまったりとした気持ちになって歩いたが、嬉しい時間はすぐ過ぎ去ってしまう。
もう伊部駅前の交差点に来てしまった。
 交差点を渡って駅に着くと電車が来るまでもう後五分だ。

 「もういくよ」
  直樹はそういって繋いでいた緋紗の手を取って口づけた。
 「同じ匂いがするね」
  笑いながら言う直樹に緋紗は少女のように胸を焦がす。
 「また」
 「また」
  直樹が手を振って階段を上って行くのを静かに見守り、抱き合えなくてもいいから直樹のそばに居たいと思った。


  直樹が階段を降りると、ちょうど岡山行きの電車がきたので、向こう側にいる緋紗に手を振って乗り込む。
 動き始めると緋紗も帰って行った。
 窓から景色を眺めると低い山々が並び所々ピンク色に染まっている。――桜か。
  恥じらいで赤く染めた緋紗の耳のようだ。――ごめん。
  昨日も今日も緋紗が直樹に抱かれたがっていたのは痛いほどよくわかったし、自分も抱きたかった。――好きだから抱かない。
  初めて緋紗が好きだと自覚する。
しかし好きな気持ちだけでは付き合っていけないと思った直樹は、自分のことと緋紗のことを交差して考え始めている。
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