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第一部
50 窯焚きハイ
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街灯もろくになく、月明りで何とか目の前の道が見える程度の明るさだ。
それでも緋紗は慣れた道なのだろう飄々と歩いている。
「遅くなっちゃいましたね」
「うん。こんなに夜更かしするのも何年かぶりだよ。同窓会ですら十一時には帰ってたしね」
「健全ですね」
二人で笑った。
「みんな若そうだったけどもう結婚してるんだね」
「備前って女の人が少ないから見つけるとパッと結婚する男の人多いですよ。谷口君なんか入院した時の担当の看護師さんと結婚しましたもん」
緋紗は面白そうに言った。
「へー。じゃあ緋紗も引く手あまたかな」
「あはは。同期の女の子はみんなモテてましたけどねー。私はイマイチです。女らしくないからでしょうね」
「なるほど」
納得している直樹に怒ることなく緋紗は機嫌よく笑っていた。
「谷口君とは仲いいんだね」
「同期なんです。陶芸学校の。親友みたいなもんです」
「そうか」
「直樹さんは窯焚きどうでした?」
「なんかすごく良かったよ。あんなに高温の火を焚き続けるとテンションも高くなるだろうね」
「でしょ?」
「鈴木さんが大昔の窯焚きの話をしてくれたな」
しゃべりながら歩いているとホテルが見えてきた。
「じゃ直樹さん、おやすみなさい。お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げて緋紗はふらっと帰ろうとする。
「ちょっと待て、緋紗」
直樹は緋紗の手をつかんだ。
「危ないだろ。一人でこんな夜道」
「え」
緋紗はきょとんとしている。
「もうすぐそこなんで大丈夫ですよ」
「いや。送るよ」
「えー。そうですか?ありがとうございます」
緋紗は機嫌よく頭を下げた。――危なっかしいな。
直樹は鈴木の言っていた『窯焚きハイ』を思い出した。
何日も火を焚き続けるとランナーズハイのような現象が起きるらしい。
もっともっと古い時代。
今よりも窯が何倍も大きく共同窯であった時は体力消耗を防ぐため男たちは風呂に入らず、一か月近くも火を焚き続けることがあり、常に躁状態だったとか。
「窯焚きってほんとに興奮するみたいだね」
直樹はたしなめるように言った。
「そうですよ。男の人は勃起しながら焚くこともあるそうですよ」
さらっと言ってのける緋紗に直樹は少し困った。――うーん。
返答に詰まっていると、緋紗のアパートの目の前に立っていた。――ああ。よかった。着いたか。
緋紗は鍵をガチャガチャ開けて直樹の手を引っ張り、狭い玄関に引き入れる。
「直樹さんは勃起しなかったですか?」
暗がりでレンズの奥の丸い目が光った気がした。
「窯焚きのせいで有名な作家とその息子の嫁が間違いを犯す文芸作品があるそうです。絶版みたいで読んだことないんですけど」
「そうか。じゃここで」
直樹が帰ろうとすると、「何もしないんですか?」 と緋紗が鋭い目つきで聞いてくる。――参ったな。
さっきから緋紗の好戦的な態度と身体の汗と松脂や土埃やらの匂いが直樹を刺激している。
「ごめんね。なにも用意がないしね」
努めて冷静に言う。
そんな直樹の強固な態度は緋紗を諦めさせた。――そんな顔をして……。
緋紗は下を向いてお預けを食らった猫のような顔をしている。
直樹は緋紗を抱きたい欲求はあったが、欲望の対象にはしないつもりで備前に来た。
最初のころのように何も考えないで、その場の快楽を追及できれば良かったが今は難しい。
これからのことを考えると、快楽をむさぼるだけの関係では緋紗にとって不幸な結果になりそうな気がしていたからだ。
このまま抱いてしまえばまた最初からの繰り返しだろう。
緋紗となら何度でも繰り返してもいいと思うが年数は悪戯に過ぎ去っていく。
直樹にとっては美味しい関係でも緋紗にとってはマイナスなだけだろうと考えていた。
「じゃあキスだけでもダメですか?」
口をとがらせる緋紗が愛しくなって直樹は軽く口づけた。
離そうとした途端、緋紗は腕を首に絡ませ、強い力で直樹を引き寄せ、ぐらっと傾いて床に転がってしまった。
「危ないよ」
直樹が怒ったように言っても緋紗は堪えず唇に吸い付き、巧みに舌を絡めてくる。
いつのまにこんなに上手くなったんだろうかと思うくらいに滑らかに絡みついてくる。
直樹も思わず夢中になって応じてしまい、緋紗のトレーナーの中に手を入れてしまう。
緋紗のワイルドな体臭が直樹を興奮させる。
身体を弄っていると、「あんっ」と、 緋紗の喘ぎ声にハッとして直樹は身体を起こした。
「だめだってば。明日、朝寄るから。ちゃんと鍵をかけて寝るんだよ」
つまらなさそうにしている緋紗にそういって直樹は外に出た。
これ以上そばに居たら抱いてしまうだろう。
しばらく外で待って緋紗の鍵をかける音を聞いてから、ホテルに向かい急いで部屋に戻りシャワールームに入った。
直樹の身体にも煙の匂いがこびりついている。
手を見ると松脂が付着し黄色くなっていた。
指を鼻に持っていき匂いを嗅いでみると懐かしい香りがする。
初めて緋紗と会った日を思い出す。
緋紗の少年のような純粋な目とほっそりした身体。
さっきの濃厚なキスと汗の匂い。
熱いシャワーを浴びながら怒張したものを自分でしごいてみる。
「んっ――」
高ぶっていたせいですぐさま手を汚してしまった。――これでは抱いたのと同じかと自嘲気味に笑んだ。
それでも緋紗は慣れた道なのだろう飄々と歩いている。
「遅くなっちゃいましたね」
「うん。こんなに夜更かしするのも何年かぶりだよ。同窓会ですら十一時には帰ってたしね」
「健全ですね」
二人で笑った。
「みんな若そうだったけどもう結婚してるんだね」
「備前って女の人が少ないから見つけるとパッと結婚する男の人多いですよ。谷口君なんか入院した時の担当の看護師さんと結婚しましたもん」
緋紗は面白そうに言った。
「へー。じゃあ緋紗も引く手あまたかな」
「あはは。同期の女の子はみんなモテてましたけどねー。私はイマイチです。女らしくないからでしょうね」
「なるほど」
納得している直樹に怒ることなく緋紗は機嫌よく笑っていた。
「谷口君とは仲いいんだね」
「同期なんです。陶芸学校の。親友みたいなもんです」
「そうか」
「直樹さんは窯焚きどうでした?」
「なんかすごく良かったよ。あんなに高温の火を焚き続けるとテンションも高くなるだろうね」
「でしょ?」
「鈴木さんが大昔の窯焚きの話をしてくれたな」
しゃべりながら歩いているとホテルが見えてきた。
「じゃ直樹さん、おやすみなさい。お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げて緋紗はふらっと帰ろうとする。
「ちょっと待て、緋紗」
直樹は緋紗の手をつかんだ。
「危ないだろ。一人でこんな夜道」
「え」
緋紗はきょとんとしている。
「もうすぐそこなんで大丈夫ですよ」
「いや。送るよ」
「えー。そうですか?ありがとうございます」
緋紗は機嫌よく頭を下げた。――危なっかしいな。
直樹は鈴木の言っていた『窯焚きハイ』を思い出した。
何日も火を焚き続けるとランナーズハイのような現象が起きるらしい。
もっともっと古い時代。
今よりも窯が何倍も大きく共同窯であった時は体力消耗を防ぐため男たちは風呂に入らず、一か月近くも火を焚き続けることがあり、常に躁状態だったとか。
「窯焚きってほんとに興奮するみたいだね」
直樹はたしなめるように言った。
「そうですよ。男の人は勃起しながら焚くこともあるそうですよ」
さらっと言ってのける緋紗に直樹は少し困った。――うーん。
返答に詰まっていると、緋紗のアパートの目の前に立っていた。――ああ。よかった。着いたか。
緋紗は鍵をガチャガチャ開けて直樹の手を引っ張り、狭い玄関に引き入れる。
「直樹さんは勃起しなかったですか?」
暗がりでレンズの奥の丸い目が光った気がした。
「窯焚きのせいで有名な作家とその息子の嫁が間違いを犯す文芸作品があるそうです。絶版みたいで読んだことないんですけど」
「そうか。じゃここで」
直樹が帰ろうとすると、「何もしないんですか?」 と緋紗が鋭い目つきで聞いてくる。――参ったな。
さっきから緋紗の好戦的な態度と身体の汗と松脂や土埃やらの匂いが直樹を刺激している。
「ごめんね。なにも用意がないしね」
努めて冷静に言う。
そんな直樹の強固な態度は緋紗を諦めさせた。――そんな顔をして……。
緋紗は下を向いてお預けを食らった猫のような顔をしている。
直樹は緋紗を抱きたい欲求はあったが、欲望の対象にはしないつもりで備前に来た。
最初のころのように何も考えないで、その場の快楽を追及できれば良かったが今は難しい。
これからのことを考えると、快楽をむさぼるだけの関係では緋紗にとって不幸な結果になりそうな気がしていたからだ。
このまま抱いてしまえばまた最初からの繰り返しだろう。
緋紗となら何度でも繰り返してもいいと思うが年数は悪戯に過ぎ去っていく。
直樹にとっては美味しい関係でも緋紗にとってはマイナスなだけだろうと考えていた。
「じゃあキスだけでもダメですか?」
口をとがらせる緋紗が愛しくなって直樹は軽く口づけた。
離そうとした途端、緋紗は腕を首に絡ませ、強い力で直樹を引き寄せ、ぐらっと傾いて床に転がってしまった。
「危ないよ」
直樹が怒ったように言っても緋紗は堪えず唇に吸い付き、巧みに舌を絡めてくる。
いつのまにこんなに上手くなったんだろうかと思うくらいに滑らかに絡みついてくる。
直樹も思わず夢中になって応じてしまい、緋紗のトレーナーの中に手を入れてしまう。
緋紗のワイルドな体臭が直樹を興奮させる。
身体を弄っていると、「あんっ」と、 緋紗の喘ぎ声にハッとして直樹は身体を起こした。
「だめだってば。明日、朝寄るから。ちゃんと鍵をかけて寝るんだよ」
つまらなさそうにしている緋紗にそういって直樹は外に出た。
これ以上そばに居たら抱いてしまうだろう。
しばらく外で待って緋紗の鍵をかける音を聞いてから、ホテルに向かい急いで部屋に戻りシャワールームに入った。
直樹の身体にも煙の匂いがこびりついている。
手を見ると松脂が付着し黄色くなっていた。
指を鼻に持っていき匂いを嗅いでみると懐かしい香りがする。
初めて緋紗と会った日を思い出す。
緋紗の少年のような純粋な目とほっそりした身体。
さっきの濃厚なキスと汗の匂い。
熱いシャワーを浴びながら怒張したものを自分でしごいてみる。
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