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case3
しおりを挟む俺の身を削る苦労もあってか、彰はさらに良い成績を残すようになった。定期テストがあるたびに「沢口!俺90点だった!」と嬉しそうに報告してくる。
「すごいじゃん、その調子で実験も頑張れよ」
実験を受ける側がどうやって頑張るんだよと頭の中で自分にツッコミを入れながら、彰の肩から二の腕までをさらっと撫でる。軽いボディタッチだが、彰のやる気を継続させるためのものだ。彰はこんな少しの触れ合いでも興奮を抑えられないギラギラとした瞳を俺に向けていた。
だけど彰は俺に触ることはしない。強姦未遂の時に、ぶちぎれた俺にめちゃくちゃ蹴り飛ばされたのがトラウマになったのだろう。だから約束が達成されるまでは我慢している…みたいな?
俺的にもセクハラ紛いのことをされるのが1番きつかったから、それがなくなるのは有り難かった。
こうしてやっと俺の研究ライフに平穏が訪れたのだ。
俺にメロメロな彰を鼻で笑い、顔を上げる。するとパチリと木の陰に佇む理人と目が合った。理人は相変わらず遠巻きに俺を見ているだけだ。
「俺はいつものように空き部屋にいるから、お前はしっかり勉強でもしてろよ」
「なぁ今日は一緒にいても良い?」
「駄目、邪魔だ」
いつまでもそばにいようとする彰が鬱陶しい。それに理人の視線もどこか気味が悪い。俺は2人から逃げるようにサボり場である空き部屋と足を進めた。
***
国依頼の研究が現在停滞しているらしい。
らしいと言ってしまうのは、俺が今だにこの研究の主旨を教えてもらっていないからだ。なので実験結果を見せてもらっても何が何なのかさっぱりだった。ただ今回のプロジェクトリーダーである足立さんが「結果に変化が見られない…実験のペースを上げるべきか…?」と呟いていたのを聞いて、研究が停滞しているんだなとなんとなく理解できた。
俺は空き部屋のベッドで横になり、携帯端末で子供達の実験結果を眺める。大量の謎の数値とレーダーチャートを見てもやはり何も分からない。レーダーチャートにはB、I、S、P、U、Hと書いてあり、何かの頭文字ではあるんだろうと思う。
彰の実験結果ではそのレーダーチャートはBに振り切れていた。A+の彰がこれだから、なおさら意味がわからなくて頭が混乱した。
「はー、わけわかんねー」
「何が分からないの」
俺以外誰もいないと思っていたから、突然の声に驚いてベッドから飛び起きる。声の方に顔を向けるとそこには、孤児院の子供の1人である勇輝が床で体育座りしていた。
「なんだお前いたのかよ」
「うんそう、ここ静かで落ち着けるから」
眉間に皺を寄せる俺とは対照的に勇輝はにこりと微笑む。何を考えているのか分からないその笑顔が苦手だ。
勇輝はここ近頃、この部屋に居座るようになった子供だ。理人のように1人でいることを好んでいるみたいで、部屋の隅の物陰でじっと何をするわけでもなく座っている。俺も別に絡んでこないならどうでも良いと思い、勇輝のことは放置していた。たまに今のように話しかけてくるが、無視をすればすぐに静かになった。
「それで沢口は何が分からないの?」
勇輝が話を蒸し返す。こいつめんどくさいなぁ…。
俺は一ミリも勇輝に実験の話をしたくなかったので「言わない、聞いてくんな」と突き放した。勇輝はその言葉を聞くとそれ以上何も言わずに押し黙った。
「………」
静まり返った部屋の空気がどこか重く感じて、気を紛らわせるためにタバコを吸う。ゆっくり時間をかけて喫煙することは俺の心を穏やかにさせる。これはいわゆるニコチン依存症というやつだろうな。
はぁー…と限界まで吸い込んだタバコの煙を吐き出す。真っ白な煙は部屋の中に広がっていった。こんな煙臭い部屋、理人や彰だったらタバコに対して何かしら言われていただろうな。その点、勇輝は何も言ってこない。何も言わないなら別に問題ない。だから俺はこいつを空き部屋から追い出さなかった。
***
「真辺さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、今日もみなさん良い子にしていましたよ」
勤務時間を終えた俺は真辺さんから今日の報告を聞くため、先生専用の部屋に訪れた。この部屋は先生の休憩室みたいなもので、子供が間違って入らないように入り口はオートロックになっている。また、声が外に漏れないための防音対策や窓の目隠しフィルムなどされている。これは全部、機密情報の漏洩を防ぐためだ。
真辺さんと軽い雑談を挟んでから今日の報告を聞く。
〇〇くんがこういうことをして、〇〇ちゃんがこれをできるようになって…みたいな、本来は子供たちの保護者が聞くような内容を真辺さんは話した。それに適当に頷いて、特に不審な行動をした子供がないことを確認する。
「彰くんは最近運動に力を入れているみたいで1日中筋肉トレーニングをしていました」
俺は確か彰に勉強してろと言わなかったっけ。あいつ俺の前だと従順だけど、やっぱ言うこと聞いてないんだよな。まぁこの報告の存在を知らないだろうから、俺は知らないふりをするが。
この場でため息をつきたかったが抑える。真辺さんには俺の良い一面だけを見てもらいたいからな。「へー努力家だね」と適当な感想を述べる。
「勇輝くんはいつもどおりお家に篭りっきりです…心配になっちゃいます…」
「ははっ…他の子と少しでも交流してもらいたいですね」
勇輝への印象は先生たちも同じか。あいつは理人とは違い他の子を見下しているわけではないが、どこか距離を置いている気がする。まぁそんなことを分析したところで俺には関係ない話だが。
「それで理人くんですが…」
理人という言葉で無意識にピクリと肩が揺れた。なぜ体が反応したのか俺自身も分からなかった。ただ一つ可能性をあげるなら、この頃ずっと理人の視線を感じて気持ち悪かったからだろう。俺は今の反応をなかったことにするため、取り繕うように笑顔を作った。
「理人が何かしたんですか?」
「最近、先生の言うことを聞いてくれなくて…」
困ったような顔で真辺さんは「私の言うこととか特に…」と呟いた。俺はそんな真辺さんの顔を見て、こんな顔をさせた張本人である理人に殺意を抱いた。
あのガキほんとさぁ…。
俺は小生意気で人を見下した顔をする理人を思い出す。あいつ孤児のくせして真辺さんに迷惑かけてんのか、マジで礼儀知らずのガキじゃん。
「その、沢口さんの方から何か言ってくれませんか」
「え?俺?」
頭の中で理人をサンドバッグにしていると、真辺さんの口からとんでもない発言が飛び出した。驚いて彼女を凝視していると、申し訳なさそうな顔をして目を逸らされる。
「理人くん、沢口さんのことばかり見ているので……たぶん沢口さんとお話ししたいんだと思います」
いや、何言っちゃってんの?真辺さん?
真辺さんの衝撃的な発言の連続に俺は言葉を失った。
理人と話すとか嫌だが!嫌だけど!そう言いたいが全て飲み込む。
「あー………明日あたりにでも聞いてみます」
俺は無理矢理肯定の言葉を絞り出した。内心はめちゃくちゃ嫌だと思っているが、真辺さんをがっかりさせたくない。理人の話をしているあたりからずっと口の端がピクピクと痙攣していたが、まだ我慢だ。
再び子供達の話を始めた真辺さんを、早くおわんねーかなと思いながら眺め続けた。
…
……
………
一通りの報告を終わった真辺さんと俺はお茶を飲みながらおしゃべりをしていた。彼女は結構話したがりみたいで、俺はずっと彼女の話を聞いていた。
「見てくださいこの子、私の甥なんですが先月生まれたばかりなんです」
「可愛いですね」
「でしょー!」
真辺さんの携帯端末で赤子の写真を見せられるが、俺は適当な感想を言って赤子を見ずに時刻の方を見る。
17時54分。そろそろお開きにするか。
真辺さんはこれから孤児院の子供達と夕飯を食べたり寝かしつけたりしないといけない、俺がいると邪魔になってしまうだろう。
「時間なので俺は帰ります」
「あ!ほんとだもう18時になっちゃう!」
真辺さんの話を切り上げ、早々に足を外に続く扉に向ける。すると上着が引っ張られ、進めようとした足は止まった。俺は後ろを振り返る。
なぜか真辺さんが上着の裾を掴んでいた。
「沢口さん」
「ん?まだ何かありますか?」
俺の問いかけに、真辺さんは目を泳がせて上着の裾をさらに強く掴んだ。彼女の顔は理人の話をするよりももっと思い詰めていた。そして、意を決したのか俺の方へと顔を向ける。
「この施設は子供達を利用して何をしているんですか?」
「………そ、れは…」
ついに聞かれてしまった。
俺は「感染病を治すためのワクチンを作っています」と憶測で説明をしようとしたが、真辺さんのまっすぐな瞳に思わず言葉が詰まった。
だって俺も知らないからだ。曖昧で適当な説明を聞いて彼女は納得するのだろうか。
何度も言葉を探したが何も思いつかない。
「………また、その時が来たら話します」
真辺さんの手をやんわり掴んで、上着の裾を離させる。
そして急足で扉に向かい、彼女の方を見ずに「明日もよろしくお願いします」とだけ言って部屋から出ていった。
静かな廊下は煌々と夕陽に照らされている。
結局、俺は誤魔化すことしかできなかった。
「沢口、お前何企んでいるの?」
耳元から誰かの声が聞こえて、俺は目を覚ました。
空き部屋でサボっているうちに俺はどうやら眠っていたようだ。夢の中で真辺さんと会話した気がするけど、うっすらとしか覚えていない。声の方を向くとベッドに顔だけを乗せた勇輝と目が合った。
あーそうだ、今日は朝からついていなかったんだ。真辺さんには昨日の件で避けられるようになるし、理人は今日に限っていつもの木の下にいなくて話もできていないし、彰はなんか調子に乗ってんのか知らないけど俺の肩に擦り寄ってくるしで、ヤケクソになって寝たんだった。
まだ頭がぼんやりとする俺に勇輝は再び「何を企んでいるの?」と聞いてきた。
勇輝も絡んでくるし、ほんと今日はついていない。
寝ぼけた頭を覚ますように俺はベッドから立ち上がった。自然と勇輝を見下ろす形になる。
「企んでるわけないだろ、お前らの将来を気遣って感染病に効くワクチンの研究をしてるんだから」
真辺さんと話している時より、よく口が回る。
それは俺が相手を子供だと、欺くことができる対象と思っているからだろう。
「その割には何も知らなそうだけど」
あぁうるさいなもう、そうだわ!知らないわ!
目の前のガキに全部ぶちまけたい、ヤケクソになりたくなる。俺だって研究が最終的にどこに行き着くか知らない。だけどもっと何も知らないお前に言われる筋合いはない。
「ねぇ、なんで俺たちをこんなところに閉じ込めているの?」
「あ?」
研究員側では、ここにきた孤児院の子供達たちを研究所の外には出さないという決まりがあった。俺はそれに疑問を持たずにいたが、閉じ込められている本人は気になったようだ。
いや、だとしても、俺は知らねーっての!
「それは…被験者のお前らに他の感染ウイルスが罹らないように……?」
「ふーん」
納得がいってなさそうな顔で勇輝は俺を見上げた。その曇りのない瞳は俺の嘘を見抜いているかのように突き刺さる。
「………」
沈黙が続く。
こいつがここにいては休めないから仕方がない。
言い訳を並べながら部屋から出ようとする俺に、勇輝は再び話しかけた。
「沢口ってビッチなの?」
「何言ってんのお前」
突拍子のない言葉に思わず俺は口走っていた。
どこからどうやって導き出せば俺をアバズレだと思うの?は?
真っ白になった頭を無理矢理動かし考える。
いやまさか、え?こいつも見てたのか?理人とのやりとりを?いや彰との方か?
直球でビッチと言われて動揺した俺は勇輝の方を振り向く。するといつの間にか俺の背後に立っていた勇輝と至近距離で見つめ合うような形になった。
ちっけーな、パーソナルスペース狭すぎないか。
なるべく距離を置きたくて勇輝から一歩下がる。すると俺の背中は扉にぶつかった。逃げ場のない状況にため息が出る。
「俺は男に興味ないし、今後一切そんなことする予定はない」
「じゃあ彰に言った言葉は嘘なの?」
そっちかー!そっちを見てたのかー!
いや待て、あの状況を見ていたのなら俺を助けろや。完全に被害者は俺だろうが、なんで俺が悪者みたいな感じに言ってくるんだこいつ。
「嘘も何も、あの場を切り抜けるためにはあぁ言うしかないだろ」
「ふーん」
話半分で聞いている勇輝は俺の顔にかかっている髪の毛を触った。そしてその手はこめかみから顎へと優しく撫でていくと唇にたどり着く。
「じゃあ俺にも何か言ってよ、やる気にさせそうなこと」
「はぁ?」
ぐにぐにと唇をいじる勇輝の指が不快でならない。
やる気…やる気にさせそうなことか……彰は俺のこと性的な目で見ていたから分かりやすかったが、勇輝のことは真辺さんが書いた子供達の様子メモぐらいでしか知らない。しかもその内容はかなり薄い。
・話しかけられたら誰とでも話すがどこか距離を置いている
・いつも部屋にいる
・何事にも無関心?
こんなので分かるわけがない。
「あー実験に成功したらお金がもらえるよ…とか?」
「へー」
つまらなそうに返事をした勇輝は唇から口の中へと指を入れる。そして軽く舌を引っ張ってきたので、俺はこのまま指を噛みちぎってやろうと思ったが、するりと指は口の中から抜け出した。そして再び唇をいじりだす。
「興味ない」
「あっそ」
勇輝は唇をいじりながら、もう片方の手で俺のワイシャツのボタンを器用に外していく。その状況に俺はギョッと目を見開いた。いや、お前ももしかしてセックスがしたいとか言うのか!?そんなツッコミを入れたくなる状況に頭が痛くなる。これ以上自分の身を捧げるのは嫌だぞ。
なんとか他のことに誘導できないか?と勇輝への商談を考えている俺より先に、勇輝の口が開かれた。
「じゃあさ沢口のことを教えてよ」
「え、なんで」
「いいじゃん」
勇輝は話しながら俺のワイシャツのボタンを外し終えると、開けたワイシャツの隙間から手を差し入れようとする。
させるか!
素肌を触られたくなかった俺はすぐさま隙間から入りかかった手を押さえ込んだ。
「何タダで触ろうとしてんだよ」
「はいはい」
勇輝は諦めたように俺から手を下ろすと話し続けた。
「沢口は何でこんな得体の知れない仕事をしているの?」
「あ?」
それはもちろん金。報酬がいいから。
そう言おうと思った口は何故かうまく動かなかった。
「なんでだろ…」
金目的ならこの研究所は正直割にあっていない。俺ならもっと稼げるところで働けるし、起業だってできるはずだ。じゃあなんでわざわざ国公認のこの研究所で働こうと思ったんだ?
自問自答してみるけど上手い言葉が出ない。地位?名誉?羨望?どれもしっくりこない。何かが違う。
俺は、俺はきっと。
「多分…………誰かに感謝されたいって思っている自分がいるんだろうな」
「感謝?」
「国規模の感染病を治したとならば、この国の人間みんなに感謝されるだろ……俺は認められたいの、誰でもいいからたくさんの人に、いうなら承認欲求だよ」
じゃなきゃこんな仕事やるわけないだろ。
俺は結局人に興味のないふりして、1番人に興味があるんだから。
「何真面目に返してんだか」
まぁ口にしてしまったものは仕方がない。
しかし、目の前の勇輝にはツボだったみたいで、俺の言葉を聞いて開いた瞳が次第に輝き始める。
「そっか…それなら俺も頑張らないとな…」
「は?なにを?」
「実験、そしたら沢口に感謝されるんだろ」
「まぁ…そうなるかもね」
ふふふっと楽しげに笑う勇輝の姿はなんとも子供らしかった。どうやら、なんとか俺はこの子供を説得できたようだ。
かなり自分の恥ずかしい部分を曝け出したこともあって、徐々に理解してきた脳と共に顔も熱くなる。そんな顔を勇輝に見られたくなかったので、俺は咄嗟に手で顔を覆った。そうすると勇輝の顔も見えなくなる。
「俺を認めてよ沢口」
勇輝は俺が目の前を見ていないこといいことに、ワイシャツを引っ張って俺の首元に顔を突っ込んだ。
こいつ、なにして。
俺が呆気に取られているうちに首筋からチクっと痛みを感じる。すると勇輝はすぐさま顔を首筋から離した。この感触は紛れもなくキスマークを付けられた時の痛みだ。
ほんとマジでこの孤児院のガキはどいつもこいつも!!
ブチギレ気味に勇輝を突き飛ばして、俺は急いで扉に手をかける。
「なんか似てるな」
「誰が?」
「俺と沢口」
余裕そうな勇輝に苛立ち、思わず俺は「はぁ?」と軽く声を上げてしまった。その様子に何故か勇輝は嬉しそうに笑う。
「寝言は寝て言え」
俺はそんな捨て台詞と共に部屋を出ていった。
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