笑わない魔法使いの異世界見聞録

黒砂糖

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忌み子

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 山奥のさらに奥にある隠れ里。人が手を加えていない自然に囲まれ、外の世界との関りを断った村があった。
 その村の泉に、一人の赤子が捨てられているのを一組の夫婦が発見する。こんな狭い閉ざされた村で、一体誰が赤子を捨てるのか。だが子供に恵まれなかった夫婦はたいそう喜び、その赤子を育てることにした。

 拾って数日。夫婦はその違和感に気付く。その子供は一切表情を変えなかったのだ。泣くことも稀だった。それでも我が子のように可愛がっていた夫婦は、大人しい子なのだろうと、気にすることはなかった。
 
 成長し、もう八つくらいの歳になった子供……もう少女と呼べるようになった子供は、同年代の子供から浮いていた。
 少女は非常に美しかった。滑らかな白銀の髪に、誰も見たことがない灰色の瞳。どれもが作り物のように美しい。そして何より少女は笑わなかった。いつも無表情。人間離れした容姿と、無口なその性格を村の人々は気味悪がった。

 きっかけは突然訪れる。ある日、柵を破壊し、魔獣が村に侵入してしまった。襲われ、逃げまどう村人。もう終わりか。皆そう思い、覚悟した。
 だがあれだけ暴れ、破壊の限りを尽した凶暴な魔獣は、一人の少女を視界に入れると、誰が見てもわかるほど怯え震えた。少女が振り向き、目が合うとすぐさま少女に背を向けて、一目散に森へと帰っていく。
 あの少女だ。その顔には魔獣に対する恐怖も生き残った安堵もない。いつもの顔だった。
 それを見た村人の一人が、小さく呟いた。

「……あ、悪魔だ」

 それが始まりだった。








「ふんふーん」

 町の外れの、小さな家。バケツを引っくり返すような土砂降りの日。
 一人の漆黒のローブ纏う怪しくも若い女性が、屋根に打ちつけられる雨をリズムに鼻唄を歌い、薄暗い部屋でその女性に負けないくらい怪しげな釜の毒々しい中身を御機嫌にかき混ぜる。

 その部屋は足の踏み場を探すほうが困難なくらいに汚い。何冊もの本が散乱し、宝石のように輝く石が無造作に放置され、空の瓶とそうでない瓶もあちこちに転がり、部屋の滅多に使わない場所は埃だらけだ。

「あとは、ドラゴンのヒゲを数本……」

 そういってしゃがみ、自分の周りの床に手を這わせる。しかしお目当てのものがなかなか見つからないのか、一向に顔を上げない。

「おかしいわねぇ……っ!?」

 そのとき、床に転がる瓶を踏んで見事にすっ転げる。背中を床に強く打ちつけ、しかもそこには散乱する石が。

「あ痛ぁぁ!? 魔法使いは物理に弱いのぉぉ!」

 大絶叫。日頃の怠慢が仇になった瞬間だった。
 その怠慢の代償に、暫く床を転がるように悶えることになる。






「……はぁ、どーして部屋って汚くなるのかしらねぇ」

 ひとしきり悶えた後、落ち着いた女性は何事もなかったかのように座り直す。
 整理整頓をしないからである。だが女性は部屋が散らかるのを避けられない自然現象とでも思っているのか、やれやれと立ち上がる。

「あーもう、イクス今日の掃除さぼってるし! もうゴーレムでも作って掃除させるか……」

 自分で片付ける考えがなく、他人のせいなのがいっそのこと清々しい。本気で楽して部屋を綺麗にする方法を考え始めた。
 全力で努力の使い方を間違えている時。

「うーん。……ん?」

 この部屋の数少ない光源である窓をふと見ると、よろよろと誰かが歩いてくるのに目が留まる。
 その人物は女性の視界の中で数歩進み、そして……倒れる。

「あらあら」

 踏み場のない床から僅かな道を見出し、爪先立ちで玄関まで向かう。
 





「大丈夫?」

 倒れていたのは、ずぶ濡れの子供だった。
 まだ十歳くらいだろう。濡れて肌に貼り付く汚い服。もう何日も洗っていないのか、伸び放題の髪はくすんで灰色。みすぼらしく泥だらけの格好の子供だ。
 虚ろな目でこちらを見上げる。

「…………」

 何日も物を口にしていないのだろう。ひどく痩せている。
 比較的豊かになったこの国でこんな子供を見るのも久し振りだ。
 捨て子か、奴隷商から逃げてきた子か。

「あなた、お名前は?」

「…………」

 何も答えない。もしかすると言葉がわからないのか。ただ生気のない目でこちらを見上げる。
 体を支えようと手を取った時だ。

「……へぇ」

 手に感じる魔力。生気はなくとも、その子供の全身から、制御できていないせいで多量の魔力が溢れ出ていた。
 女性はなるほど、と納得した。この子供は生れつき破格の魔力量を持っている。これは一種の才能だが、ここまで高いものは彼女も初めて見る。モンスターや魔獣は人間よりも魔力に敏感だ。その膨大な魔力を感じたモンスターは怖がって寄ってこなかったのだろう。魔力の強さで上下が決まる魔獣なら尚更だ。

 だが、中には巨大な魔力に興奮して我を忘れるモンスターもいる。それらに出会わなかったのは幸いだったと言える。

 何か食べる物を恵んだところで、こんな子に「帰る場所」があるのか疑問だった。
 それに衰弱しているこの子では町に辿り着いても死んでしまう。

「ちょーっとしつれーい」

「……?」

 子供の頭に手を乗せる。濡れた髪の毛はベトベトしていたがなんとか我慢する。
 一種の読心魔法。直接触れることで、相手の考えや記憶、感情を読み取ることができる魔法だ。これでこの子の記憶を見ることができる。
 乗せた手に魔力を込め、直接覗く。

 すぐさま子供の考えていることは読めた。何か食べなければ自分は死んでしまうということ。しかし、肝心の記憶は欠損して何も見えてこない。記憶喪失でこうなってしまうのはよくあることだ。
 そこまではいい。その後に見えてきた感情の部分が問題だった。

「……え?」

 真っ白だったのだ。死に直面している今でも。「苦しい」とも、「悲しい」とも感じていない。何の感情も見えてこない。
 まるでそこだけが抜け落ちたように。どれだけ絶望しても、感情が全く無くなることはない。絶望も感情の一部なのだから。

「変わった子ね。あなた」

「?」

 手を貸し、子供を立たせる。すぐによろけるので、抱きとめて支える。
 こんな人間、長いこと生きてきたが見たことがない。どんなに感情が希薄な人間でも、少しは喜びや悲しみがあるもの。だが全くないのだ、この子は。

 それにこれほどの魔力。こんな所で死なせてしまうのは勿体無い。きっとこの子は立派な魔法使いになれる。そう確信していた。

「お入りなさい。今日からあなたは私の弟子にしてあげる。そして……」

 少し考え、何かを思い付く。
 悪戯を思いついた子供のような、そんな顔で。

「掃除係ね」

 ニヤリと、その女性……魔法使いアリサは笑った。
 やはり自分で掃除する気はないようだ。
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