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side1.米原孝雪(まいばらたかゆき)の場合
定番料理には、ちょっぴりの隠し味を。第一話
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いつものエッチに、不満を感じたことはあるか?
俺はある。俺の彼氏は、そりゃフツーなのだ。
「……ただいまー」
「おかえり」
帰って来た彼氏は、会社員だ。バリバリ、っていうわけでもない営業職をしている。
だが、一応営業職だから人当たりはいいし、明るい。身なりもそれなりに気をつかっている。
髪型も爽やかで、真ん中よりちょい横くらいで分けた前髪の片側がやや立ちあがっている。
昔サッカーをしていたから、身体も引き締まっていて、背も高い。スーツ姿がよく似合う。
だから、俺はぞっこんなのだ。ぞっこん彼氏にLOVE(死語)である。
「……どしたの?」
「なんでもー」
俺が彼氏をじっと見ていると、彼は首を傾げながら、スーツを脱ぎ出した。俺はその光景がとても好きなのだ。
涎が出そうである。
彼氏とは水泳教室で出会った。彼が運動不足なのを気にして、ジムのプールのクラスを取ったのだ。
俺が、その時間帯のコーチだった。何をかくそう、俺はジムの水泳のインストラクターをしている。ムキムキ細マッチョのシックスパックだ。俺の自慢だ。
話が逸れた。俺は、彼が入って来た時から一目惚れだ。
大体いつもは平日の昼間のコースなんて、暇な主婦か、定年退職した男性が多いのだ。
それを突然長身の若い男性が入って来るなんて、それだけで注目してしまうというものだ。俺がぼうっと見惚れていると、近くで不審に思ったインストラクター仲間に、背中をつつかれた。
彼は身体つきも俺好みで、俺は他の人とわけ隔てない指導をするのに、ひどく気を使った。
だって、普段目にしない好みの身体が、濡れた水着にぺったりと張り付いて俺の目の前にいるのである。凹凸もくっきり……だ。
俺は何とかまともに指導を終え、更衣室で着替えをすることになった。
ところが、運命のいたずらか、彼の選んだロッカーと俺のロッカーが、ごく近くだったのである。
俺はこのクラスが終われば今日の仕事は終わりだった。また、このジムでは更衣室で異常がないか確かめるために、インストラクターが会員と同じ更衣室で一緒に着替えることもあるのだ。
俺は天国と地獄の気分を一緒に味わいながら、彼の前でぎくしゃくと着替えをした。
欲求不満の股間をどうにか抑えて、固いジーパンの中に詰め込んだのである。
そんな俺の気も知らずに、彼は言う。
「このクラスって、若い男性の方少ないですね」
俺は答えた。
「平日の昼間ですからね、少ないですよ」
そんなことを口にする一方で、頭の中では、彼がこのクラスを止めないで欲しいと必死に願っていた。顔見知りの友人を作ると、ジム通いは楽しみが出来て続くものである。
同年代の友達がいないからといって、このクラスを止めないでほしい。
すると俺の予想とは裏腹に、彼は次の瞬間に奇跡的な言葉を言ったのである。
「……よかったら先生、色々と相談したりしてもいいですか。俺、このジム入ったばかりですし、話し相手が欲しかったんですけれども、同世代のひとも少ないみたいで……」
俺、火曜日休みなんです。
そう言って、ニコッと笑う彼の笑顔を見た時に、俺は天使が舞い降りたのかと思った。
いや、天使というよりダビデ像だ。ミケランジェロ作の、あの像である。
参考のために言えば、彼氏の下半身はもっと立派である。包茎でもない。その時はタオルで隠していて、実際に見たわけではなかったものの。
そうして俺と彼は仲良くなることになった。俺には好都合の出来事だった。
ただ、彼は俺の気持ちには全く気がつかないようで、とても無邪気だった。
俺は彼のその様子に、しだいに自分が彼に隠れて劣情を抱いていることに、罪悪感を覚えるように……。
よって、ある日、とうとう告白したのである。俺が彼に友人以上の好意を持っていることに。
「……あの、高井戸さん……。俺、実は高井戸さんとこうして個人的に会っちゃ、いけないと思うんです」
「え……どうして? ジムの規約か何かですか?」
「そういうわけではないんですけれども」
ジムのトレーナーと会員など、互いに成人している者同士だから、結局は個人の責任と自由にゆだねられている。
個人的に仲良くなった結果のトラブルは、よく噂に聞いた。担当のクラス変更やそのジムを遠のくなど、結局はトレーナーが責任を取り、迷惑をこうむることもあるらしかった。
だから俺は、今までそういうことは避けて通って来た。女性に興味もなかったし。
だだ高井戸さんのことは、俺が本気で好きになってしまったからタチが悪かったのである。
俺は恥をしのんで言う。嫌われるというリスクも背負いながら。
「……俺、実は高井戸さんのことが好きなんです。だから、もう個人的に会わないほうがいいと思うんです。……俺のクラスも、代えてもらっていいですから。……火曜しかダメだったら、たぶん、前か後にも、同じようなクラス、あると思いますから……」
俺は思い切って言った。誠実なつもりだった。
よく頑張った、俺。彼氏もずっといない寂しい身の上なのに。いや、それでなくとも、高井戸さんみたいな格好いい人にはめったに会えないのに。よく自分から彼を、切り捨てるようなことをした。
めったに、じゃないな。もう、一生会えないかもしれないのに、だよ。
うまくやれば、このままずっと眺めていられたのに。そうだろ?
俺はしょっぱい涙を我慢し、拳を握り締めた。そして心の中で自分を褒め称えている間に、目の前の高井戸さんがしばらくして、言った。
「……俺、それでも別に嫌じゃないよ。……米原さんが、俺のことそんな風に思ってるなんて、意外だったけど……」
頭をぽりぽりと掻きながら、高井戸さんはそんなことを言った。俺は心の檻がふっとなくなるのを感じた。
それから、高井戸さんは続けたのである。
「……それから、正直にそういうことを言ってもらえるのって、すごく嬉しいです。……ずっと黙っていることだってできるのに。米原先生、すごく誠実なかただなって、思います……。」
そんな言葉を聞いて、俺の脳内はバラ色になった。
それからあとは、俺がグイグイと押していった。なし崩し、というわけではないにしろ。
何とか彼氏彼氏(?)の形に持っていったのは、俺の押しの賜物である。
俺はある。俺の彼氏は、そりゃフツーなのだ。
「……ただいまー」
「おかえり」
帰って来た彼氏は、会社員だ。バリバリ、っていうわけでもない営業職をしている。
だが、一応営業職だから人当たりはいいし、明るい。身なりもそれなりに気をつかっている。
髪型も爽やかで、真ん中よりちょい横くらいで分けた前髪の片側がやや立ちあがっている。
昔サッカーをしていたから、身体も引き締まっていて、背も高い。スーツ姿がよく似合う。
だから、俺はぞっこんなのだ。ぞっこん彼氏にLOVE(死語)である。
「……どしたの?」
「なんでもー」
俺が彼氏をじっと見ていると、彼は首を傾げながら、スーツを脱ぎ出した。俺はその光景がとても好きなのだ。
涎が出そうである。
彼氏とは水泳教室で出会った。彼が運動不足なのを気にして、ジムのプールのクラスを取ったのだ。
俺が、その時間帯のコーチだった。何をかくそう、俺はジムの水泳のインストラクターをしている。ムキムキ細マッチョのシックスパックだ。俺の自慢だ。
話が逸れた。俺は、彼が入って来た時から一目惚れだ。
大体いつもは平日の昼間のコースなんて、暇な主婦か、定年退職した男性が多いのだ。
それを突然長身の若い男性が入って来るなんて、それだけで注目してしまうというものだ。俺がぼうっと見惚れていると、近くで不審に思ったインストラクター仲間に、背中をつつかれた。
彼は身体つきも俺好みで、俺は他の人とわけ隔てない指導をするのに、ひどく気を使った。
だって、普段目にしない好みの身体が、濡れた水着にぺったりと張り付いて俺の目の前にいるのである。凹凸もくっきり……だ。
俺は何とかまともに指導を終え、更衣室で着替えをすることになった。
ところが、運命のいたずらか、彼の選んだロッカーと俺のロッカーが、ごく近くだったのである。
俺はこのクラスが終われば今日の仕事は終わりだった。また、このジムでは更衣室で異常がないか確かめるために、インストラクターが会員と同じ更衣室で一緒に着替えることもあるのだ。
俺は天国と地獄の気分を一緒に味わいながら、彼の前でぎくしゃくと着替えをした。
欲求不満の股間をどうにか抑えて、固いジーパンの中に詰め込んだのである。
そんな俺の気も知らずに、彼は言う。
「このクラスって、若い男性の方少ないですね」
俺は答えた。
「平日の昼間ですからね、少ないですよ」
そんなことを口にする一方で、頭の中では、彼がこのクラスを止めないで欲しいと必死に願っていた。顔見知りの友人を作ると、ジム通いは楽しみが出来て続くものである。
同年代の友達がいないからといって、このクラスを止めないでほしい。
すると俺の予想とは裏腹に、彼は次の瞬間に奇跡的な言葉を言ったのである。
「……よかったら先生、色々と相談したりしてもいいですか。俺、このジム入ったばかりですし、話し相手が欲しかったんですけれども、同世代のひとも少ないみたいで……」
俺、火曜日休みなんです。
そう言って、ニコッと笑う彼の笑顔を見た時に、俺は天使が舞い降りたのかと思った。
いや、天使というよりダビデ像だ。ミケランジェロ作の、あの像である。
参考のために言えば、彼氏の下半身はもっと立派である。包茎でもない。その時はタオルで隠していて、実際に見たわけではなかったものの。
そうして俺と彼は仲良くなることになった。俺には好都合の出来事だった。
ただ、彼は俺の気持ちには全く気がつかないようで、とても無邪気だった。
俺は彼のその様子に、しだいに自分が彼に隠れて劣情を抱いていることに、罪悪感を覚えるように……。
よって、ある日、とうとう告白したのである。俺が彼に友人以上の好意を持っていることに。
「……あの、高井戸さん……。俺、実は高井戸さんとこうして個人的に会っちゃ、いけないと思うんです」
「え……どうして? ジムの規約か何かですか?」
「そういうわけではないんですけれども」
ジムのトレーナーと会員など、互いに成人している者同士だから、結局は個人の責任と自由にゆだねられている。
個人的に仲良くなった結果のトラブルは、よく噂に聞いた。担当のクラス変更やそのジムを遠のくなど、結局はトレーナーが責任を取り、迷惑をこうむることもあるらしかった。
だから俺は、今までそういうことは避けて通って来た。女性に興味もなかったし。
だだ高井戸さんのことは、俺が本気で好きになってしまったからタチが悪かったのである。
俺は恥をしのんで言う。嫌われるというリスクも背負いながら。
「……俺、実は高井戸さんのことが好きなんです。だから、もう個人的に会わないほうがいいと思うんです。……俺のクラスも、代えてもらっていいですから。……火曜しかダメだったら、たぶん、前か後にも、同じようなクラス、あると思いますから……」
俺は思い切って言った。誠実なつもりだった。
よく頑張った、俺。彼氏もずっといない寂しい身の上なのに。いや、それでなくとも、高井戸さんみたいな格好いい人にはめったに会えないのに。よく自分から彼を、切り捨てるようなことをした。
めったに、じゃないな。もう、一生会えないかもしれないのに、だよ。
うまくやれば、このままずっと眺めていられたのに。そうだろ?
俺はしょっぱい涙を我慢し、拳を握り締めた。そして心の中で自分を褒め称えている間に、目の前の高井戸さんがしばらくして、言った。
「……俺、それでも別に嫌じゃないよ。……米原さんが、俺のことそんな風に思ってるなんて、意外だったけど……」
頭をぽりぽりと掻きながら、高井戸さんはそんなことを言った。俺は心の檻がふっとなくなるのを感じた。
それから、高井戸さんは続けたのである。
「……それから、正直にそういうことを言ってもらえるのって、すごく嬉しいです。……ずっと黙っていることだってできるのに。米原先生、すごく誠実なかただなって、思います……。」
そんな言葉を聞いて、俺の脳内はバラ色になった。
それからあとは、俺がグイグイと押していった。なし崩し、というわけではないにしろ。
何とか彼氏彼氏(?)の形に持っていったのは、俺の押しの賜物である。
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