定番料理には、ちょっぴりの隠し味を。

くるみ最中

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side2.高井戸純(たかいどじゅん)の場合

ジムの先生 第五話

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「入ってみて場違いでも、男二人でも、俺、全然構わないです。米原さんと来れて、俺、今すごく嬉しいです。」

俺はそう言い切ったあと、頭の中で、何言ってんだ俺、と突っ込んでしまった。
いつから俺はこんなに上手なことを言えるようになったのだ。

俺は、今までの彼女たちにはいつも、冷たい、とか、優しくない、とか言われて、いつもひと言足りなくて振られてきた。
もし、彼女たちにこんなことが言えていたら、きっとどの彼女とも結末が違ったんじゃないのかなぁ。
彼女たちにも、こんな風に言えたらよかったのに――などと頭の片隅で考えながら、言う。

「……ここ、米原さんの思うような店じゃなかったかもしれませんが、きっと美味しいと思うんです。だから、気を取り直して、今日は一緒に食事してくれませんか。」
そう言いながら米原さんの顔を見詰めていると、米原さんは驚きながら、盛大に真っ赤な顔をしている。思春期真っ只中の中学生も真っ青の……。

そりゃ、そうだろう。なぜ、素面しらふの男にこんなことを言われなきゃならないのかと。

ちなみに念のために言っておくが、まだワインは頼んでいない。

「約束通り、俺奢りますんで」
俺が最後のダメ押しのように言うと、米原さんは目の前でメニューをパタンと閉じた。
その後に、ついに言ったのだ。

「決めた。俺、カルボナーラにします。」

そう、自棄やけのように言う米原さんに俺は心の底から小躍こおどりして喜んだ。
米原さんは恨めしそうに言う。
「俺はいま、相当にお腹が空いています。」
そうだろう、そうでしょうとも。もう八時半になるのだから。
その鍛え上げられた腹筋の中は、お腹がグーグーですよね?
俺が嬉々としていると、米原さんが俺を睨んで来た。その目は殺意さえあるように感じられる。

「さっきから何分ひとりで喋ってるんですか。早くメニュー決めてくださいよ。……俺は一所懸命決めてたんですよ。高いメニューの中から」
「はい! あー、結局ワインはどれがいいんですかね」
「もう、どれでもいいです」
そう言って、米原さんはぷんと横を向いてしまった。あー可愛い。

「カルボナーラだって、結構高いですよ。知りませんよ、俺は。こんな店に引っ張ってきて……ダッフルコートとジーパンで入るのだって、かなり恥ずかしかったんですから」

そのあとに先生が「……スーツの高井戸さんに、釣り合わないから……」とか何とかぶつぶつ言っていたような気がしたんだけど、それはきっと空耳だったんだと思う。
だって、釣り合わないとか、別に男同士じゃ気にしないものだよね? 俺は頭のなかで突っ込みながらも、最後にどうにかメニューを決めた。

「ここって、メインもシェアとかできるんですかねえ」
「イタリアンだから、大丈夫じゃないですか」
先生のために、ぜひお肉も取ってあげなければ。あの身体を維持するにはきっとたんぱく質が必要だから。



そんなわけで、紆余曲折を経て、俺は先生とどうにか楽しくディナーを過ごすことができた。
途中、頼んだワインの酔いにまかせ、前々から思っていたことを言う。
「米原さんって、いつも遠慮がちじゃないですか。俺そういうの嫌なんです。もっと気楽に色々付き合ってくださいよ~」
「気楽にって?」
「別に俺、よこしまな企みとかないですから」
「よこしま?」
酔った先生は、今ではにこにことして笑っている。そうそう、そういう顔が可愛らしい。くすくすと時々笑う声がくすぐったくて。

よこしまって、どんな?」
「例えば……あのほら、ジムの風呂場に時々いる、ちょっと変わった男の人とか」
「えっ、あの人、高井戸さんに何かしました?」
先生は、今度は途端にドスの効いた声になった。俺は急いで否定する。
「えっいや、違いますよ!」
その一方で、ひょっとしてという思いが頭をよぎる。
もしかして、先生こそ何か被害にあったことがあるのでは?
俺の疑惑の向こう側で、先生は拳を握り締めている。
「許せないです」
そうですよね。ジムのトレーナーとして、そういう輩は許せない、っていうことですよね。
ん? 何か噛み合わないものがあるのだが、まっ、いいか。
俺は気を取り直して、話を本題にもどす。

「だから俺はそういうんじゃないんですから。先生とただ、仲良くなりたいだけですから」
「…………ただ?」
「ええ。ただ、ご飯食べたり、話したり」
「ただ、ね……」
そう言うと、先生は、今度はがっくりと元気がなくなってしまった、ように見える。
何でなんだろう。よく分からない……。
そう思っていると、先生がぽつりと言ったのだ。

「『ただ』仲良くなることなんて、あるのかな……」
「え?」
「あ、いや……何でも」

何でもないです。
俺は、そう言う先生の顔を見る。先生の表情は、隠せていない、先生の顔は今度は寂しそうなのだ。

何でだ? 何で急にそんな寂しそうな顔をするんだ?
先生の気持ちは時々分からない。
気が合わないわけじゃない。何だか、こそばゆい感じ。

先生は俺と一緒にいて、楽しくない?
俺は、先生と一緒にいる時にはいつも楽しくいて欲しいと思うのに……。
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