定番料理には、ちょっぴりの隠し味を。

くるみ最中

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side2.高井戸純(たかいどじゅん)の場合

ジムの先生 第四話

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試着した水着の購入を済ませ、俺と先生は建物の外へ出た。
問題はここからである。

「どこ行きましょうか」

そうである。俺は、すっかり先生と夕飯を食べる気でいた。俺が奢ると約束していて、俺はその約束をくつがえすは毛頭ない。
先生とどこへ行こうか。俺はそのことを考えるだけで頭の中がウキウキする。
新しく出来た友人と食事に行こうとするだけで、こんなに楽しいとは。
仕事を早く切り上げたかいがあったというものだ。

ところが先生は、
「あ、いえ……僕は別に……」
などと気乗りしないようなことを言うのである。
「お腹が減ってないんですか?」
俺が少しムッとして言うと、先生は「あ、いや」などと再び言葉を濁している。
薄暗い道の真ん中で、先生は俯いている。返事を待っていると、やがて先生は続きを言った。

「高井戸さん……俺、これくらいなら、別に手間じゃないんで。本当に1時間もかかってませんし……高井戸さんが気になさることないですから」
何を言う。
「高井戸さんが熱心にジムに通ってくださっていて、俺嬉しいです。だから、これくらい全然負担じゃないですから、あの……食事の約束とかも、お気になさらないでいいんです、よ……」
「いいわけないじゃないですか!」
米原先生の勝手な言い分に、俺は怒る。
何をひとりで勝手に意見を進めているのだろう。

俺は、手元の腕時計を見る。これは、何を隠そうオヤジから譲られたものである。
俺のオヤジは数年前に死んだ。俺はそれから、真面目に仕事一筋で頑張っている。
真面目だったオヤジを表すかのような、掠れ傷がいくつも付いた地味な国産時計を、俺は大事に身に着けている。その形見を見ながら、俺は言う。

「今、午後八時です。お腹減りましたよね。減ったはずです。一緒に食べましょう。俺、奢るって約束しましたから」
「でも……」
「でも、じゃないです。」
俺はそう言い切ると、米原さんの手を取り、歩き出した。
あっちのほうに、確かレストランがある。入ったことはないけど。
俺は、ずんずんと歩きながら思う。付き合ってもらったのだから夕食を奢る。それは何にもおかしくない。決定的事項だ。何もおかしいことなんて――。




「――お、おかしかったですかね……」
「…………ノーコメントでお願いします」

俺たちは、数分後に、ぶじにレストランで向かい合っていた。俺が行こうと思っていたレストランの座席で。

テーブルには白いクロスがかけられていて、赤ワインでもちょっと零したらどこまでもシミが広がりそうだ。
その上には細い花瓶が置かれ、バラが一輪だけ飾られている。
白く大きな皿が、ふたりの目の前に一枚ずつ置かれ、さらにその上に料理の皿が置かれていく仕組みなのだろう。
俺たちが入ったのは、それは素敵なイタリアンレストランだった。
夜に、片方だけスーツの男二人連れが、手を繋いで息を弾ませながら入って行くには、相当に不釣り合いな店であった。周りを見れば、綺麗な格好をした男女の二人組ばかりである。
だが、頭の熱くなっていた俺は「二人です!」と堂々と言い……こうして今、席に座っている。
ウェイターさんに、おすすめのワインを解説され、はっと我に返って米原さんと目を見詰め合ったところで……さきほどの台詞が出たというわけだ。

「あ、あの……すいません、俺……何だか意地になってしまって」
「……」
俺の目の前で、米原さんはぺらりとメニューを捲った。
無言である。米原さんのこんな冷たい表情を、俺は初めて見た。
怒っているのだろうか。それもしょうがないのかもしれない。俺が、米原さんの意向も聞かず、勝手に突っ走ってしまったから……。

「……ここ、前から知ってはいたんですけど入ったことはなくって……。さっき入ったら、思ったより高級なレストランでした……」
「……」
だから何だ、である。そりゃ、そうだよな……。
米原さんはまだクールな表情を崩さない。まだ無言でメニューを捲っている。もともとイケメンだから真顔だと冷たくも見える。
俺は続ける。
「俺、米原さんと一緒に、食事がしたかったんです」
そう言うと、米原さんがぴくりと反応した気がした。けれど、それは俺の勘違いだろう。
「だから、米原さんが、俺と食事したくない、みたいなことを言うからつい悲しくなって……」
「別に食事したくないとは言ってません」
そうだったか? それは賛同しかねるが。
米原さんは置かれた水をひとくち飲み、またメニューに目線を戻してしまった。だが、返事をくれたのがチャンスだとばかりに、俺は言う。

「……俺、ここ来たことなかったんですけど、美味しそうな店だなぁって、前から思ってました」
「……」
「それで、できたら米原さんと来れたら嬉しいなって、思ってました。」
そこまで言うと、米原さんが今度こそ、ぴくりと反応した気がした。

俺は営業職だから、説得も上手なはずである。
だがここは、誠意が第一で、俺は米原さんに話し掛けるのである。

「入ってみて場違いでも、男二人でも、俺、全然構わないです。米原さんと来れて、俺、今すごく嬉しいです」

嘘じゃないよ。
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