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side2.高井戸純(たかいどじゅん)の場合
ジムの先生 第七話
しおりを挟むクラスが終わった後も、先生の態度は相変わらずだった。
俺に話し掛けてこようともしないし、第一、俺の顔を見ようともしない。
……あー、やっぱりそうなんだよな……。
先生は俺のことなんて見ちゃいない。というより避けている。
辛い。悲しい。
やっぱり、俺のことが迷惑だったんだ……。
今まではプールが終わった後の風呂だって、時間が一緒なのだから顔を合わせることも多くて、目が合えば、
「あ、どうも。」
「どうも……////」
みたいな、裸同士のちょっとはにかむような付き合いだってあったのに。
今日は先生の姿が風呂場にはない。
きっと、俺のことを避けて、少し遅れて入るのだ。
「あ゛――……」
ポコポコポコ。風呂場の水面に俺の吐いた息が届く音である。
俺は、風呂場の中に沈んだ。比喩ではなく、本当に沈んだ。
プールの中みたいに頭まですっぽり。
そうすれば俺の目から涙が出ても、俺自身分からないからだ。
いや嘘だ。本当はしっかり解っている。
何で泣くのかと言えば、悲しいのだ。先生が俺のことを好いてくれていないことが悲しいのだ。
それから、それにずっと気づかなかった自分自身に嫌気がさしたのだ。
俺って、何なんだろう。先生のことは、あまつさえよい友人にきっとなれるかもしれないと勘違いしていた。いや、むしろなりたかった。
俺がこんなに誰かに興味を持って友達になりたいと思ったのなんてすごく久しぶりのことで、いや、初めてのことかもしれない。
それは何でなのかということには、答えが出ないのだけれど。
答えが出ない。色々と難しいことばかり。先生と出会ってから、俺の心の中は謎だらけだ。
いや、先生のことだって、俺にとっては謎だらけだ。
先生は、どうして初めて会った時、俺と目が合ってぽかんとしたのですか?
先生は、どうして俺と話す時はいやに表情が固いんですか?
それなのに、どうして時々とても嬉しそうに笑うんですか?
赤くなって笑う、先生はとても可愛いです。
あ――……駄目だ、全然分からない。
分からないけど、聞けない。
頭に浮かぶたくさんの疑問を、俺はこのまま一生聞かないで終わるのだろうか……。
俺はそんなことを考えて、このままだと本当に茹で上がりそうになるところに、やっと風呂を出て、ロッカールームへと歩き出す。
そこへ、思わぬ出来事に遭遇してしまった。
いつぞや、お風呂場で俺に接触しようとして来た、あっち系の(どっち系だ?)男性が、ロッカー棚の前で先生にすり寄っているのだ。
ん? あれは、一時ブレイクした壁ドンという姿勢じゃないか。
…………。
「た……高井戸さん!」
「ん? あなた……」
あなたにあなたと呼ばれる筋合いはないはずだ。
どうしてあなたこそ、先生と裸同士で壁ドンしているのだ。
俺は、大して疑問も持たずに、二人に接近した。
自分でも驚くほど迷いなく、俺は数秒もしないうちに向かい合う二人の間に割り込んでいた。
そして、次に自分の口から出た言葉は、自分でも意外なほど胆の据わった声であった。
「何してるんですか」
「いや、何って特には……」
「『特には』で壁ドンしないでしょーが」
「た、高井戸さん……!」
冷たく脅しをかけるような俺に、焦ったような先生の声。
俺が先生を見ると、先生ははっと気が付いたように恥じらって、手にしていた身体を洗う用のタオルで、自分の身体の上半身を隠すようにした。
いや、そこはいつもプールで見てる場所ですけど?
下はいつもの水着を履いていますし。
それでも先生は何だか恥ずかしそうに小さいタオルで上半身を隠して、背中のロッカー棚に身を預けるようにして俯いている。
そんな先生の仕草は何だか女性的で、俺はいやに大人しく見守ってしまった。
そんな折に、目の前の間男は言う。
「まぁまぁあなた、落ち着いて」
そう冷静に言う男を、今度は俺はきっと睨む。
何だお前は、余裕のふりしやがって。
まるで俺が邪魔したみたいな言い方じゃないか。
決して俺が間男なんじゃない。先生が嫌がるのに、お前が無理やり迫ってたんだろーが!?
男は、決して見た目が不快なわけではない。染めた茶色い短い髪に、黒く真っ直ぐの整えられた眉毛が凛々しくて顔が整っている。
シルバーの片耳ピアスがちゃらそうに見えるが、へらりと笑う感じは人懐こそうで、人の心の隙にするりと入ってきそうだ。
だから嫌なんだ。もし、先生がこの男につけ込まれているんだとしたら……。
先生、いい身体してるからな……。
俺が今度はぎんぎんに睨んで男を敵視していると、男はなぜか、ニヤリと笑った。そして言うのだ。
「なーんだ……。まんざら、孝雪の言ってる通りでもないようじゃん。」
「――にしかわっ」
男が喋ってすぐ、先生は怯えたように叫んだ。にしかわと呼ばれた男は、どうやら間男の名前らしかった。それよりも俺がカチンと来たのはそこではない。
たかゆき、だあ……。
奴は先生の名前を呼び捨てで呼んでいるのだ。
俺がこんなにノックしても開けなかった先生の心のドアを、こいつはすでに開けているのかっ!
俺も早く下の名前で呼ぶようにすればよかった……!!
俺が頭の中で最大限に後悔をしていると、目の前の先生が困り果てたように言う。
「西川、止めろよ!」
「はいはい。…………で何、あなたは、孝雪に話があるのかな」
「話? そうだ! ある!」
話したいことなんて沢山あるのだった。
俺がそう言い放つと、西川と呼ばれた男は「そう、じゃあまたな、孝幸。」と言って、裸も同然の先生の身体からあっけなく離れて、風呂場の方へ向かった。
どうやら、これから風呂に入るようだ。
ケツを堂々と丸出しで、さっさと行ってしまった。
「……た、高井戸さん……」
残されたのは、俺と先生の二人だった。
今度は西川の代わりに俺が、先生をロッカー棚の前に閉じ込めている。
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