定番料理には、ちょっぴりの隠し味を。

くるみ最中

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side2.高井戸純(たかいどじゅん)の場合

ジムの先生 第九話

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俺は、頭の中で火花が散ったように思ったのである。
……あー、そうか。と、不思議なくらい、一発で物事をスカッと理解したのである。


先生は、俺のことが好きなんだ。
どういう意味でもない、そういう意味でだ。


今までの先生の挙動不審な行動は、俺に『好き』がばれちゃいけないと思ってのことだったのだ。

勿論、相手に好意があることくらい、ばれても何も悪いことはない。今の日本は自由恋愛だ。
だが先生はジムのインストラクターで、俺は客である。何か悪い噂が立ってもまずい。また、お客に不快な思いをさせてもよくない。
そして第一、先生は男同士の恋愛というものに引け目を持っている。
だから、俺に好意を抱き続けてもそれから進展しないように遠慮がちだったのである。
一緒に食事をしたり買い物に行ったりしても。俺と親密になりそうになったら避けたりして……。

何て健気なんだ……。
俺は胸の中で、じんわりと感動さえ覚えていた。

もう、目の前の先生は泣きそうである。先生、こっちまで悲しくなるから泣かないで……。
でも先生、イケメンだからそんな顔も結構可愛い。
あ、そんなことを言ってる場合じゃないな……。

「先生……」

俺がそう呼ぶと、先生はびくりと震える。ああ、全く子猫のようだ!
もう泣かさないぞ。俺はそう決意を胸にして、コホンと咳払いをする。
そして、取って置きの声を出して言った。

「……俺、それでも別に嫌じゃないよ。……米原さんが、俺のことそんな風に思ってるなんて、意外だったけど……」

先生が、驚いたように俺を見る。俺は引き続き、渋い声を出すように努める。

「……それから、正直にそういうことを言ってもらえるのって、すごく嬉しいです。……ずっと黙っていることだってできるのに。米原先生、すごく誠実なかただなって、思います……。」

……今度は、先生のイケメンの顔がくしゃっと歪みそうになる。
目のふちが赤らんで、また涙を零しそう。……それは、嬉しいからだって思って、いいんだよね?

「た、高井戸さん」
「先生、いや、米原さん」

これは、いい雰囲気だろう。
俺と先生は互いを見詰め合って、再び先ほどの壁ドンを――……

しようとしたのだが。



「――――ぅへぇっくしょい!!」

「た、高井戸さん、大丈夫ですか!?」

寒い。寒すぎる。いつの間にか、俺の身体は湯冷めして冷え切っている。
そう言えば目の前の先生もずっと海パン一枚なのだが、それは大丈夫なのだろうか。
筋肉の差なのだろうか。俺は、先生の身体のつやつやした筋肉が恨めしい。
もし、俺が先生と付き合おうというなら、先生に負けない筋肉を俺は付けないといけないのではないだろうか。

その上、俺が鼻水を啜り上げていると、風呂場から厄介者が戻って来たのである。

「うぉ~い、終わったか? 孝雪に、カレシの痴話げんか。」

ち、痴話ゲンカ?
風呂場のドアをガラッと開けて、更衣室に戻って来たのは、先ほど米原さんに迫っていた西川という男である。
彼は憎々しいほどホカホカと、身体から湯気を立てながら俺たちの前に再び現れた。今度は、腰にタオルを巻いている。俺と同じ格好だ。

「な、孝雪。だから心配ないって言ったじゃんよ。カレシ、孝雪のこと好きなんだろ?」

カレシとはどうやら俺のことである。俺は咳ばらいをして言う。

「高井戸です。」
「ふーん。まぁどうでもいいけど。」

西川という男は、失礼な言葉を吐きながら、自分のロッカーを開けた。
彼は下着を履きながら言う。

「まー、彼氏はあんまり孝雪のことを心配にさせないように。こいつ、中身は割と繊細だからな。ノンケを好きになったからって、それは深刻に悩んでいたもんだ。グイグイと押しちまえばいけるって俺は言ってたのによ」
「にしかわっ」
「米原さん……?」
俺が覗き込むと、先生は頬を赤らめて俯いた。
どうやら、先生はこの男に俺との恋愛相談をもちかけていたらしい。
俺が考えをまとめている間に、西川はさっさと着替えを終え、バタンとロッカーを閉めた。

「あー全く。うまくいってる野郎どもに見せつけられるほど、つまらないもんはねーぜ。
じゃ、な。孝雪」
「西川、ありがとう」
「別に。うまくいかなくなったら、俺が慰めてやろうと思ってたからな」

そう、西川という男は俺に聞えよがしに米原さんの耳元に囁くと、俺を挑発するようにウインクをした。

「何なら、二人まとめてでもいーぞ」

それはどういう意味だ。俺が異論を唱える前に、西川という男はロッカールームから出て行ったのだった。

ムカつく野郎だ……。俺はそう思ったのだが、先生とはきっと友達なのだろう。
……それだけだろうか。

「あの、先生……」
「あのっ、高井戸さん! か、彼の言っていることは適当ですから、ね。あの人、誰にでもああいうこと言うんですから、全くもう」

先生は必死で否定しているが、それが少し怪しいと言えば怪しくないことはないのだが……。

「もうっ、高井戸さん!」

俺が疑い深げに米原先生を見ていると、先生は怒ったように言った。
そんな先生を見て、俺はふっと笑う。そんな先生が可愛いからだ。

「――……ふ…………ふぇっくしょい!!」

やがて、先生もくしゃみをした。
さすがに、身体は冷え切っているに違いない。
俺もつられてくしゃみをする。

「はっ……はっ……くしょん!!!」
「た、高井戸さん、ここはひとまず……」

恋人同士になって初めて一緒に行くところがそれもどうかと思うのだが。


「米原さん、とりあえず、お風呂に行きましょう。」



第二章 おしまい
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