叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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叫んだのは、あなただけだった

まだ終わりじゃない

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土曜の昼。遅めに起きて、ぬるいコーヒーを淹れる。
 部屋は静かだった。
 テレビもラジオもつけていないけど、昨日までの“沈黙”とは少し違う。
 ギターケースの横を通るだけで、音がそこにあると感じられた。

 スマホを手に取ると、通知が1件。
 GATEの藤代さんからだった。
 先日、勇気を出して送った「出演希望です」のDM――その返信だった。

【藤代】:来月の土曜、空き確定した。
【藤代】:ソロOK、よろしくな。時間はまた追って送る。

 その文章を読み終える前に、身体の奥が静かに震えた。
 誰にも相談しなかった。バンドメンバーにも、美咲にも。
 でも、あかねだけには、言っておきたかった。

 スマホを持ち替えて、DMを開く。

「次、決まった。来月の土曜。GATE」

 送信してから数分。
 あかねから、思ったより早く返信が返ってきた。

「へー。あんた、わりと行動早いじゃん。
……ヒマだったら行ってやってもいいけど?」

 “行く”じゃなく、“行ってやってもいい”という言い方が、
 なんとなく彼女らしくて笑えた。

「期待しないで来い」

「そもそも期待してないし。
でも……ちょっとはマシになってると信じてあげる」

 そのやりとりを終えてから、ふっと息を吐く。
 まるで、部屋の空気が少しだけ軽くなったようだった。

 ギターを抱え、リビングの床に座り込む。
 コードをひとつ鳴らす。
 その音が、自分の決意をなぞるように、静かに響いた。

 “終わりじゃない”――
 あのとき、ノートに書いた言葉が、今ようやく現実になろうとしていた。

ギターを磨く。
 弦を張り替え、チューニングを確認する。
 ただの作業なのに、不思議と胸が落ち着いていく。
 道具に触れるたび、音に近づいている気がする。

 バンドとして出た最後のライブでは、
 こんなふうに落ち着いて準備なんてできなかった。
 心がバラバラで、ギターを触る手さえ震えていた気がする。

 今回は違う。
 まだ未完成だけど、歌いたいことがある。
 音にしたい感情が、今は確かにあった。

 曲は2つに絞った。
 ひとつは、あかねに送ったあのデモ。
 もうひとつは、まだ詞すらない新曲。
 タイトルは決めていない。けど、いつか“あの夜”に名前がつく気がしている。

 夕方、コーヒーを淹れて一息ついたあと、
 なんとなくInstagramを開く。
 タイムラインを流していると、ある投稿で親指が止まった。

 「#テンペスト #GATEリハ」

 藤原がギターを構える写真。
 バンド仲間らしきスタッフの笑い声が背景に映っている。

 ……そして、その隣のソファ。
 はっきりとは映っていない。
 でも、そこに座っている女の足元だけが、画角にギリギリ写り込んでいた。

 履いているパンプスに見覚えがある。
 この前、美咲が履いていたものと――同じだった。

 タグにも名前はない。
 写ってるのは半分だけ。
 でも、悠人の脳内では“確信”と“現実”が交差していた。

 「また……いるのかよ」

 声には出さなかった。
 ただ、ため息とともにスマホを伏せた。

 音楽に戻ろうとしている今、
 過去の感情が揺り戻してくるのが、悔しかった。

 それでも、ギターを手に取る。
 もう“誰かのため”ではない。
 今度は“自分のために”歌う。

夜、窓の外は静かだった。
 遠くで電車の音が聞こえる。街は変わらず回っている。
 だけど、俺の中だけが少しずつ、確実に変わっていた。

 あの日の美咲。
 藤原と一緒にいたあの姿。
 問い詰めても意味はない。知ってしまったことは、もう“真実”として居座り続ける。

 それでも、今はそれを曲に変えるしかない。
 音にすることでしか、自分を保てない気がしていた。

 机に置いたノートを開く。
 白紙のページにペンを滑らせる。
 単語が浮かんでは消え、フレーズが切れ切れに積み上がっていく。

 「叫べ、まだ終わりじゃない」

 そのタイトルは、もう数週間前に書き殴ったものだった。
 だけど今、ようやくその意味が分かった気がした。

 誰かのためじゃない。
 誰かに聞かせるためでもない。
 自分が、自分を諦めないための音楽。

 音でしか、まだ続いていることを示せないなら――
 その全てをステージで出し切るしかなかった。

 スマホが光る。
 あかねからのメッセージが届いていた。

「……あんた、曲名決まった?
まだ“終わりじゃない”って言える音なら、
ちゃんと叫んできなよ。」

 その言葉に、ゆっくり息を吐いた。
 あかねはやっぱり、どこまでも不器用で、どこまでも真っ直ぐだった。

「うん。
そのつもり。」

 短く返して、スマホを伏せる。

 ギターを手に取り、コードを鳴らす。
 歪んでも、詰まっても、途切れても――それが今の自分。

 まだ終わりじゃない。
 そう思える限り、この音は鳴らし続けていい。

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