叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

文字の大きさ
26 / 132
それでも俺たちは

足並みが揃わないまま

しおりを挟む
初ライブの翌日、俺は朝からずっと落ち着かなかった。
 うまくいったという実感はあった。
 けれど、終わってみれば、何もかもが静かだった。

 蓮はライブ後すぐに帰って、翼は缶ビール1本だけ飲んで「疲れた」と言って去った。
 結華は打ち上げの誘いに「お疲れさまでした」とだけ言って帰ってしまった。
 熱を共有したはずなのに、なぜか心が空っぽだった。

 それでも俺は、何か変わった気がしていた。

 あかねがいた。
 ステージから見えた涙のような目元。
 あれを忘れられるはずがなかった。

 スマホを開いて、あかねにメッセージを送る。

悠人:昨日、来てくれてありがとう。
あかね:うん。かっこよかったよ。
悠人:……なんか、全然まとまらなくてさ。
あかね:いいんじゃない? それが“今のあんたたち”ってことでしょ。

 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 でも同時に、思った。

 “それでいい”で終わってたら、次には行けない。

 夜、スタジオに行くと、蓮が先にいた。
 静かにベースの弦を張り直している。

 「……昨日のことだけどさ」
 俺が話しかけると、彼は手を止めずに言った。

 「うまくいったとは思う。でも、バラバラだった」

 「……うん。俺もそう思う」

 蓮は顔を上げなかったけど、たぶんあれは“同意”だった。

 その後、翼が来て、結華が一番最後に入ってきた。
 挨拶もそこそこに、それぞれ準備を始める。

 誰も、「昨日のライブ、最高だったな」とは言わなかった。
 言えなかった。

 セッションが始まる。
 音は悪くない。
 でも、昨日のような“揺さぶり”はなかった。

 きれいに、正確に、でもどこか空虚だった。

 セッションが終わっても、誰も感想を言わない。

 この沈黙が、一番苦しかった。

セッションが終わった後、誰からともなく機材を片付け始めた。
 空気は静かすぎた。
 その中で、ふいに翼が口を開いた。

 「なんか、まとまってはきてるけどさ……お前ら、楽しい?」

 その言葉に、結華が手を止めた。
 蓮はケーブルを巻きながらも、微かに顔をしかめた。

 「“楽しい”って言葉、今の段階で求めるのは違うでしょ」
 結華の口調は相変わらず淡々としていた。

 「いや、違くねぇだろ」
 翼の声に熱が混じった。
 「音合わせてるのに、なんかさ……心までズレてる気がしてんだよ。
  “うまく”はなってる。でも、それだけじゃねえだろ?」

 蓮が静かに言う。

 「……同じ空間にいても、バンドになった気がしない」

 その一言が、胸に刺さった。

 「昨日さ、ライブで鳴らした音――あれって、全員の音だったと思う?
  それとも、“たまたま”揃っただけ?」

 翼の問いに、誰も答えられなかった。

 「……私は」
 結華が口を開いた。

 「まだ“外”の人間だから、あえて言わせてもらうけど。
  昨日の音は、“勢い”だけだったと思う。
  でも、それを聴いて泣いてたお客さんがいた。
  ……それって、嘘じゃないと思う」

 思わず視線を上げた。
 彼女は、自分から“あかね”の話を出した。

 「言葉で合わせても、音でぶつけても、届かないことってあるけど。
  でも、届いたときに初めて“やっててよかった”って思える。
  ……それが、私の音楽の基準」

 その瞬間、全員が静かになった。

 俺はギターのストラップを握りしめながら、口を開いた。

 「もう一回、合わせよう。今度は“綺麗に”じゃなくて、
  “ちゃんとぶつかって”みよう」

 結華が、ほんの少しだけ頷いた気がした。

再びセッションが始まった。
 誰も言葉を交わさず、ただ楽器を手に取り、コードを合わせる。

 俺はわざと、少し粗くギターをかき鳴らした。
 音が割れかけるギリギリの強さ。
 “うまく”やるんじゃない、“今の気持ち”を音にするつもりで。

 蓮のベースが、それを受け止めるように入り、
 翼のドラムがリズムというより、脈のように響いてきた。
 結華のギターが、最初は遠慮がちに、そのあと徐々に主張を強めた。

 音は揃わなかった。
 でも、どこかでちゃんと“ひとつの塊”になっていた。

 演奏が終わると、翼がスティックを放り投げて笑った。

 「……こういうのでいいんだよ。
  最初からバチバチの正解なんか目指してねえし」

 「でも、さっきの2カ所、コード間違ってたわよ」

 「うるせーな、気持ちだろ」

 結華の返しに、ほんの少しだけ笑みが見えた――気がした。

 蓮も珍しく「音、残ったな」と呟いた。

 その空気が、なによりバンドっぽかった。

 スタジオを出ようとしたとき、スマホが鳴った。
 藤代さんからのLINEだった。

「再来週の枠、キャンセル出た。
どうだ、2回目のステージ。
曲、変えてみてもいいと思うぞ」

 メッセージを見て、自然と笑みがこぼれた。

 「……おい、次のライブ、来たぞ」

 翼が振り向いた。
 結華は一瞬だけ目を細め、蓮は「早くね?」とだけ返した。

 「じゃあ――次は、“新曲”でいこう」

 その言葉に、誰も反対はしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君までの距離

高遠 加奈
恋愛
普通のOLが出会った、特別な恋。 マンホールにはまったパンプスのヒールを外して、はかせてくれた彼は特別な人でした。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

処理中です...