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それでも俺たちは
足並みが揃わないまま
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初ライブの翌日、俺は朝からずっと落ち着かなかった。
うまくいったという実感はあった。
けれど、終わってみれば、何もかもが静かだった。
蓮はライブ後すぐに帰って、翼は缶ビール1本だけ飲んで「疲れた」と言って去った。
結華は打ち上げの誘いに「お疲れさまでした」とだけ言って帰ってしまった。
熱を共有したはずなのに、なぜか心が空っぽだった。
それでも俺は、何か変わった気がしていた。
あかねがいた。
ステージから見えた涙のような目元。
あれを忘れられるはずがなかった。
スマホを開いて、あかねにメッセージを送る。
悠人:昨日、来てくれてありがとう。
あかね:うん。かっこよかったよ。
悠人:……なんか、全然まとまらなくてさ。
あかね:いいんじゃない? それが“今のあんたたち”ってことでしょ。
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
でも同時に、思った。
“それでいい”で終わってたら、次には行けない。
夜、スタジオに行くと、蓮が先にいた。
静かにベースの弦を張り直している。
「……昨日のことだけどさ」
俺が話しかけると、彼は手を止めずに言った。
「うまくいったとは思う。でも、バラバラだった」
「……うん。俺もそう思う」
蓮は顔を上げなかったけど、たぶんあれは“同意”だった。
その後、翼が来て、結華が一番最後に入ってきた。
挨拶もそこそこに、それぞれ準備を始める。
誰も、「昨日のライブ、最高だったな」とは言わなかった。
言えなかった。
セッションが始まる。
音は悪くない。
でも、昨日のような“揺さぶり”はなかった。
きれいに、正確に、でもどこか空虚だった。
セッションが終わっても、誰も感想を言わない。
この沈黙が、一番苦しかった。
セッションが終わった後、誰からともなく機材を片付け始めた。
空気は静かすぎた。
その中で、ふいに翼が口を開いた。
「なんか、まとまってはきてるけどさ……お前ら、楽しい?」
その言葉に、結華が手を止めた。
蓮はケーブルを巻きながらも、微かに顔をしかめた。
「“楽しい”って言葉、今の段階で求めるのは違うでしょ」
結華の口調は相変わらず淡々としていた。
「いや、違くねぇだろ」
翼の声に熱が混じった。
「音合わせてるのに、なんかさ……心までズレてる気がしてんだよ。
“うまく”はなってる。でも、それだけじゃねえだろ?」
蓮が静かに言う。
「……同じ空間にいても、バンドになった気がしない」
その一言が、胸に刺さった。
「昨日さ、ライブで鳴らした音――あれって、全員の音だったと思う?
それとも、“たまたま”揃っただけ?」
翼の問いに、誰も答えられなかった。
「……私は」
結華が口を開いた。
「まだ“外”の人間だから、あえて言わせてもらうけど。
昨日の音は、“勢い”だけだったと思う。
でも、それを聴いて泣いてたお客さんがいた。
……それって、嘘じゃないと思う」
思わず視線を上げた。
彼女は、自分から“あかね”の話を出した。
「言葉で合わせても、音でぶつけても、届かないことってあるけど。
でも、届いたときに初めて“やっててよかった”って思える。
……それが、私の音楽の基準」
その瞬間、全員が静かになった。
俺はギターのストラップを握りしめながら、口を開いた。
「もう一回、合わせよう。今度は“綺麗に”じゃなくて、
“ちゃんとぶつかって”みよう」
結華が、ほんの少しだけ頷いた気がした。
再びセッションが始まった。
誰も言葉を交わさず、ただ楽器を手に取り、コードを合わせる。
俺はわざと、少し粗くギターをかき鳴らした。
音が割れかけるギリギリの強さ。
“うまく”やるんじゃない、“今の気持ち”を音にするつもりで。
蓮のベースが、それを受け止めるように入り、
翼のドラムがリズムというより、脈のように響いてきた。
結華のギターが、最初は遠慮がちに、そのあと徐々に主張を強めた。
音は揃わなかった。
でも、どこかでちゃんと“ひとつの塊”になっていた。
演奏が終わると、翼がスティックを放り投げて笑った。
「……こういうのでいいんだよ。
最初からバチバチの正解なんか目指してねえし」
「でも、さっきの2カ所、コード間違ってたわよ」
「うるせーな、気持ちだろ」
結華の返しに、ほんの少しだけ笑みが見えた――気がした。
蓮も珍しく「音、残ったな」と呟いた。
その空気が、なによりバンドっぽかった。
スタジオを出ようとしたとき、スマホが鳴った。
藤代さんからのLINEだった。
「再来週の枠、キャンセル出た。
どうだ、2回目のステージ。
曲、変えてみてもいいと思うぞ」
メッセージを見て、自然と笑みがこぼれた。
「……おい、次のライブ、来たぞ」
翼が振り向いた。
結華は一瞬だけ目を細め、蓮は「早くね?」とだけ返した。
「じゃあ――次は、“新曲”でいこう」
その言葉に、誰も反対はしなかった。
うまくいったという実感はあった。
けれど、終わってみれば、何もかもが静かだった。
蓮はライブ後すぐに帰って、翼は缶ビール1本だけ飲んで「疲れた」と言って去った。
結華は打ち上げの誘いに「お疲れさまでした」とだけ言って帰ってしまった。
熱を共有したはずなのに、なぜか心が空っぽだった。
それでも俺は、何か変わった気がしていた。
あかねがいた。
ステージから見えた涙のような目元。
あれを忘れられるはずがなかった。
スマホを開いて、あかねにメッセージを送る。
悠人:昨日、来てくれてありがとう。
あかね:うん。かっこよかったよ。
悠人:……なんか、全然まとまらなくてさ。
あかね:いいんじゃない? それが“今のあんたたち”ってことでしょ。
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
でも同時に、思った。
“それでいい”で終わってたら、次には行けない。
夜、スタジオに行くと、蓮が先にいた。
静かにベースの弦を張り直している。
「……昨日のことだけどさ」
俺が話しかけると、彼は手を止めずに言った。
「うまくいったとは思う。でも、バラバラだった」
「……うん。俺もそう思う」
蓮は顔を上げなかったけど、たぶんあれは“同意”だった。
その後、翼が来て、結華が一番最後に入ってきた。
挨拶もそこそこに、それぞれ準備を始める。
誰も、「昨日のライブ、最高だったな」とは言わなかった。
言えなかった。
セッションが始まる。
音は悪くない。
でも、昨日のような“揺さぶり”はなかった。
きれいに、正確に、でもどこか空虚だった。
セッションが終わっても、誰も感想を言わない。
この沈黙が、一番苦しかった。
セッションが終わった後、誰からともなく機材を片付け始めた。
空気は静かすぎた。
その中で、ふいに翼が口を開いた。
「なんか、まとまってはきてるけどさ……お前ら、楽しい?」
その言葉に、結華が手を止めた。
蓮はケーブルを巻きながらも、微かに顔をしかめた。
「“楽しい”って言葉、今の段階で求めるのは違うでしょ」
結華の口調は相変わらず淡々としていた。
「いや、違くねぇだろ」
翼の声に熱が混じった。
「音合わせてるのに、なんかさ……心までズレてる気がしてんだよ。
“うまく”はなってる。でも、それだけじゃねえだろ?」
蓮が静かに言う。
「……同じ空間にいても、バンドになった気がしない」
その一言が、胸に刺さった。
「昨日さ、ライブで鳴らした音――あれって、全員の音だったと思う?
それとも、“たまたま”揃っただけ?」
翼の問いに、誰も答えられなかった。
「……私は」
結華が口を開いた。
「まだ“外”の人間だから、あえて言わせてもらうけど。
昨日の音は、“勢い”だけだったと思う。
でも、それを聴いて泣いてたお客さんがいた。
……それって、嘘じゃないと思う」
思わず視線を上げた。
彼女は、自分から“あかね”の話を出した。
「言葉で合わせても、音でぶつけても、届かないことってあるけど。
でも、届いたときに初めて“やっててよかった”って思える。
……それが、私の音楽の基準」
その瞬間、全員が静かになった。
俺はギターのストラップを握りしめながら、口を開いた。
「もう一回、合わせよう。今度は“綺麗に”じゃなくて、
“ちゃんとぶつかって”みよう」
結華が、ほんの少しだけ頷いた気がした。
再びセッションが始まった。
誰も言葉を交わさず、ただ楽器を手に取り、コードを合わせる。
俺はわざと、少し粗くギターをかき鳴らした。
音が割れかけるギリギリの強さ。
“うまく”やるんじゃない、“今の気持ち”を音にするつもりで。
蓮のベースが、それを受け止めるように入り、
翼のドラムがリズムというより、脈のように響いてきた。
結華のギターが、最初は遠慮がちに、そのあと徐々に主張を強めた。
音は揃わなかった。
でも、どこかでちゃんと“ひとつの塊”になっていた。
演奏が終わると、翼がスティックを放り投げて笑った。
「……こういうのでいいんだよ。
最初からバチバチの正解なんか目指してねえし」
「でも、さっきの2カ所、コード間違ってたわよ」
「うるせーな、気持ちだろ」
結華の返しに、ほんの少しだけ笑みが見えた――気がした。
蓮も珍しく「音、残ったな」と呟いた。
その空気が、なによりバンドっぽかった。
スタジオを出ようとしたとき、スマホが鳴った。
藤代さんからのLINEだった。
「再来週の枠、キャンセル出た。
どうだ、2回目のステージ。
曲、変えてみてもいいと思うぞ」
メッセージを見て、自然と笑みがこぼれた。
「……おい、次のライブ、来たぞ」
翼が振り向いた。
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その言葉に、誰も反対はしなかった。
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