叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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それでも俺たちは

バラバラのまま、ステージへ

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 藤代さんから連絡が来たのは、新曲の仮セッションを終えた翌日だった。

 《土曜夜、急きょ枠が空いた。出るか? 2バンド制。相手は……ちょっと因縁ありだ》

 添えられていた画像を開くと、そこには対バン形式で並べられた2つの名前。
 片方は“まだ終わりじゃない”
 もう片方は、“Blight Dust”

 ……見覚えのあるロゴだった。
 そのロゴの中央には、ギターのネックを背負った人影のシルエット。

 「真田、まだやってたんだな」

 蓮が呟いたのは、スタジオの空気が静まり返った直後だった。

 「関係ある人?」
 翼が訊く。

 「昔、バンド組んでた。3年くらい前。
  でも……こっちが曲を任されてたのに、勝手にアレンジ変えられた。
  客の前で“つまらねえ音だな”って言われて……
  それで辞めた。音楽自体も、一回やめようって思った」

 結華が、少しだけ視線を逸らした。

 「……それ、きついわね」

 「でも、またやってる。そっちはそれなりにライブも出てるらしい。
  今度の対バンも、あっちがメイン扱いだってさ」

 その言葉に、誰もすぐには何も返せなかった。

 「やめてもいいんだぞ、蓮」
 俺はそう言った。
 でも蓮は、首を横に振った。

 「むしろ――やらなきゃいけない気がしてる」

 静かに、でも確かな意思を感じる声だった。

 「俺、あいつに“バンドに向いてない”って言われて、
  本気で信じちゃってた。でも、今は違う。
  ……このバンドなら、俺の音、ちゃんと鳴る気がしてる」

 その一言に、何も言えなくなった。
 でも、自然と胸が熱くなっていた。

 そのとき、結華がカレンダーを見ながら言った。

 「……ライブ、今週土曜? リハあと2回しかできないじゃない」

 「だったら、全力でぶつけるだけだな」

 翼がスティックを軽く回しながら言った。
 その手つきは、いつもよりずっと軽やかに見えた。

2回目のライブまで、あと5日。
 スタジオの中には、初ライブのときよりも張りつめた緊張が漂っていた。

 音は、悪くなかった。
 でも――噛み合っていなかった。

 仮セッションで完成した新曲を合わせても、どこかに“穴”があった。
 テンポは合っている。コードも合っている。
 でも、全体が“ひとつの音”にならない。

 その日のセッション後、翼がスティックを叩いて言った。

 「……やっぱ、何かズレてんだよな。言葉にはできねぇけど」

 「それは、たぶん……リズムと音の“間”の問題」
 結華が譜面を指さしながら答えた。

 「全員が“正解”の場所で音を出そうとしてる。
  でも、実際の空間って“ちょっとズレた”ところに面白さがあるの。
  ……それが、まだ足りてない」

 「理屈はわかるけど、それって“ノリ”の話だろ?」
 翼が顔をしかめる。

 その空気の中で、蓮は黙っていた。

 彼は音の中ではよく喋るけれど、言葉ではあまり話さない。
 そして、そんな蓮に対して――結華が言葉を投げた。

 「……三谷くん」

 「……なに?」

 「あなた、昨日のプレイから、無意識に“音を控えて”る。
  相手が“真田”だから?」

 蓮は一瞬だけ肩を揺らした。
 でも否定はしなかった。

 「……怖いわけじゃない。ただ、引っかかってるだけ」

 「それ、音に出てる。あなたのベース、もっと“前に出して”いい」

 蓮は目を伏せたまま、ギターの弦を弾いていた。

 「……じゃあ、次のセッションで、全部ぶつけてみるよ。
  それでダメだったら、また考える」

 その言葉に、結華は小さく「了解」とだけ返した。

 俺はそのやり取りを見ながら、
 “この距離が、明日には埋まるのか”と、不安を隠せなかった。

2回目のライブ当日、会場に入るとすぐに真田のバンド――“Blight Dust”の音がリハで鳴っていた。

 派手なギターソロ、跳ねるようなビート、明確に“客を意識した”作り込まれたサウンド。

 真田はギターのチューニングを済ませると、
 こちらを見て、にやりと笑った。

 「おー、三谷。生きてたか。
  ……相変わらず地味そうな音、やってんのな」

 蓮は一言も返さなかった。
 ただ、ポケットの中で拳を強く握っていた。

 ステージ裏の控え室で、全員がリハ終わりの機材を整える。

 「大丈夫、蓮?」
 俺が訊くと、彼は一度深く息を吸ってから言った。

 「大丈夫。“あいつ”にじゃなくて、
  “今の音”に、ちゃんと向き合いたいから」

 結華が静かに頷く。

 「いい判断だと思う。……それに、今日は“私たち”のライブ」

 “私たち”――その言葉に、一瞬だけ蓮の目が揺れた。
 でも、すぐに笑みが戻った。

 開場して間もなく、客席は半分ほど埋まった。
 その中には、前回も来てくれていたあかねの姿もあった。
 無表情に見えるけど、彼女の視線はまっすぐこちらを捉えていた。

 出番は“Blight Dust”のあと。

 派手な煽りに、客席が一度だけ大きく湧いた。
 けれど、どこか空虚に響いたのは――きっと俺の偏見じゃない。

 転換中、静かな緊張が流れる。

 ステージに出る直前、翼が言った。

 「ぶっちゃけ、勝ち負けじゃねえけど――
  “今の俺ら”の音、ぶちかまそうぜ」

 俺はうなずいた。
 蓮も、深くうなずいた。
 結華は……ただ一言。

 「ちゃんと、“鳴らし切りましょう”」

 照明が落ちて、次の光が俺たちを照らした。

 “まだ終わりじゃない”――ステージ2回目の幕が、静かに上がる。

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