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それでも俺たちは
それでも、音が残った
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2回目のライブが始まった瞬間、
俺たちの音は、どこかギリギリのラインを走っていた。
準備した通りにはいかなかった。
ドラムが少し走り、ベースが1拍遅れた場面もあった。
俺自身も、サビの入りでリズムを見失いかけた。
でも、不思議と“止まらなかった”。
誰も音を止めなかった。
翼が一拍早く叩いても、蓮が食い気味に鳴らしても、
結華が咄嗟にコードを変えて流れを戻してくれた。
結華のプレイは、正確で、冷静で、
でもそのときだけは――感情が滲んでいた。
ステージの上で、それぞれが不完全だった。
それでも、音は前に進んだ。
ラストの曲。
蓮が、ベースソロの部分で一度指を止めかけた。
真田が袖から見ているのに気づいたのだろう。
でもそのとき、俺はマイクを握りながら叫んだ。
「三谷、頼む!」
蓮は、ほんの一瞬だけ目を閉じて――次の音を叩き込んだ。
それは、今まででいちばん“蓮らしい”音だった。
ぶ厚くて、少し泥臭くて、それでもまっすぐだった。
演奏が終わったあと、静かな拍手が起きた。
爆発的ではなかったけれど、何かを“受け取った”人の拍手だった。
ステージ裏に戻ると、誰も口を開かなかった。
代わりに、翼がスティックを握ったまま、ぼそりと言った。
「……悪くねぇ」
蓮は黙って、ベースをケースにしまっていた。
結華もギターの弦を拭きながら、うっすらと微笑んだように見えた。
俺たちはまだ、完璧じゃなかった。
でも、誰も“失敗”とは言わなかった。
それが、答えだった気がした。
スネアのカウントが鳴った瞬間、
全身の毛穴が開いたような感覚が走った。
1曲目のイントロ。
ギターのコードに合わせて、ベースがうねる。
蓮の指はいつもより少し強く、でも滑らかに弦を叩いていた。
その音が――まるで“語りかけてくる”ようだった。
照明の向こう、客席には真田の姿も見える。
腕を組んで、やや斜に構えながら、でも確かにこちらを見ていた。
蓮は気づいていた。
でも、視線を合わせなかった。
ただ、音で――すべてを返すように、黙々と演奏を続けた。
サビの前、ギターの音が一度だけ静まる。
そこに乗ったベースラインは、まるで言葉のようだった。
太くて、あたたかくて、でも一切の迷いがなかった。
(ああ、これが――蓮の音なんだ)
心からそう思った。
翼のビートが全体を引っ張り、結華のコーラスが空間に深さを作る。
そして、俺は全力で声を張った。
“まだ終わりじゃない”
“まだ、俺たちはここにいる”
ステージの上は汗と熱と、ほんの少しの焦燥で溶けそうだったけど、
それでも、気づけば“客席に届いている”実感があった。
ラストの音を鳴らし終えたあと、
蓮がゆっくりと顔を上げた。
真田の姿は、そこにはもうなかった。
「……言いたいこと、言えた?」
控室でそう尋ねると、蓮は少しだけ考えてから答えた。
「うん。別に、“勝った”とかは思ってない。
でも……あの頃の俺じゃ、出せなかった音を、今日は出せた気がする」
俺は何も言わず、蓮の背中を軽く叩いた。
“たとえまだ完璧じゃなくても、届く音はある”
それが、この日のライブで、確かに残ったものだった。
ライブが終わってしばらくして、控室の中はやけに静かだった。
大きなトラブルもなかったし、明らかな失敗もなかった。
でも、“完璧だった”とも言えない。
誰もが自分の中の答えを探していた。
「……私、先に帰るね」
そう言って立ち上がったのは、結華だった。
ギターケースを肩に掛け、いつも通りの無表情で。
「あ、結華」
俺が声をかけた。
「今日のあのコード、3回目のサビ前、
音、ちょっと変えてた?」
彼女は一瞬だけ目を細めて、静かに頷いた。
「……そっちの方が、あなたの歌に合ってたから」
「ありがとう。助かったよ。……本当に、バンドの一員みたいだった」
その言葉に、結華の動きがふっと止まった。
「……“みたい”って、便利な言葉ね」
彼女はそれだけ言って、ドアノブに手をかけた。
でも、そのまま振り向かずに続けた。
「別に、文句があるわけじゃないの。
私が正式メンバーじゃないのは、自分で選んでることだから」
「……でも」
「だからこそ、今日みたいな演奏ができたと思ってる。
冷静でいられる立場って、悪くない」
そこまで言って、彼女はやっとこちらを振り返った。
「でも、時々思うの。
このまま“外”にいて、いいのかなって」
それは、いつもの結華の口調とは違っていた。
柔らかくて、少しだけ脆かった。
俺は何も言えなかった。
今ここで何かを言ってしまえば、
きっと彼女は――“結論”を出してしまう気がしたから。
「……じゃあ、またスタジオで」
その言葉だけ残して、結華は出ていった。
静かなドアの閉まる音が、妙に耳に残った。
ライブハウスの前の道で、あかねが待っていた。
パーカーのフードをかぶっていて、顔はよく見えなかったけど、
近づくと、彼女はすぐに気づいて顔を上げた。
「……おつかれ」
「ああ、ありがと。来てくれてたんだな」
「うん。ステージ、ちゃんと見たよ。
なんか……“真剣”って感じが伝わってきた」
俺は曖昧に笑った。
「完璧じゃなかったけどな。
むしろ、あっちのバンドの方が音は揃ってた」
「でも、あんたたちの方が、“伝わった”と思った」
その言葉に、足が止まった。
「……マジで?」
「マジ。音ってさ、合ってるかどうかじゃなくて――
“気持ちが残るかどうか”なんじゃないの?」
それは、きっと結華にも言ってあげたい言葉だった。
けれど彼女は、今も“自分を外に置いている”。
「……結華、まだ正式にはメンバーじゃないんだ」
「知ってる。態度がそういう感じだったから」
あかねは淡々と答えた。
でも、そのあと少し声を落とした。
「でもさ、あの子――たぶん、“誰かに言ってほしい”んだと思う」
「え?」
「“あなたが必要だ”って。
自分から言うんじゃなくて、誰かにそう言ってほしいって顔だった」
風が吹いて、あかねの髪が揺れた。
「……あんた、言わないの?」
その問いに、すぐには答えられなかった。
でも、胸のどこかで確かに感じていた。
このままじゃ、結華は遠ざかっていく気がする。
「……今度、ちゃんと話してみるよ」
そう答えると、あかねはふっと笑った。
「……あんたって、やっぱりバカ正直で面倒だけど、
そういうとこ、ちょっとだけ嫌いじゃない」
その一言に、照れくさくなって目を逸らした。
街の喧騒に紛れるように、俺たちはそのまま歩き出した。
俺たちの音は、どこかギリギリのラインを走っていた。
準備した通りにはいかなかった。
ドラムが少し走り、ベースが1拍遅れた場面もあった。
俺自身も、サビの入りでリズムを見失いかけた。
でも、不思議と“止まらなかった”。
誰も音を止めなかった。
翼が一拍早く叩いても、蓮が食い気味に鳴らしても、
結華が咄嗟にコードを変えて流れを戻してくれた。
結華のプレイは、正確で、冷静で、
でもそのときだけは――感情が滲んでいた。
ステージの上で、それぞれが不完全だった。
それでも、音は前に進んだ。
ラストの曲。
蓮が、ベースソロの部分で一度指を止めかけた。
真田が袖から見ているのに気づいたのだろう。
でもそのとき、俺はマイクを握りながら叫んだ。
「三谷、頼む!」
蓮は、ほんの一瞬だけ目を閉じて――次の音を叩き込んだ。
それは、今まででいちばん“蓮らしい”音だった。
ぶ厚くて、少し泥臭くて、それでもまっすぐだった。
演奏が終わったあと、静かな拍手が起きた。
爆発的ではなかったけれど、何かを“受け取った”人の拍手だった。
ステージ裏に戻ると、誰も口を開かなかった。
代わりに、翼がスティックを握ったまま、ぼそりと言った。
「……悪くねぇ」
蓮は黙って、ベースをケースにしまっていた。
結華もギターの弦を拭きながら、うっすらと微笑んだように見えた。
俺たちはまだ、完璧じゃなかった。
でも、誰も“失敗”とは言わなかった。
それが、答えだった気がした。
スネアのカウントが鳴った瞬間、
全身の毛穴が開いたような感覚が走った。
1曲目のイントロ。
ギターのコードに合わせて、ベースがうねる。
蓮の指はいつもより少し強く、でも滑らかに弦を叩いていた。
その音が――まるで“語りかけてくる”ようだった。
照明の向こう、客席には真田の姿も見える。
腕を組んで、やや斜に構えながら、でも確かにこちらを見ていた。
蓮は気づいていた。
でも、視線を合わせなかった。
ただ、音で――すべてを返すように、黙々と演奏を続けた。
サビの前、ギターの音が一度だけ静まる。
そこに乗ったベースラインは、まるで言葉のようだった。
太くて、あたたかくて、でも一切の迷いがなかった。
(ああ、これが――蓮の音なんだ)
心からそう思った。
翼のビートが全体を引っ張り、結華のコーラスが空間に深さを作る。
そして、俺は全力で声を張った。
“まだ終わりじゃない”
“まだ、俺たちはここにいる”
ステージの上は汗と熱と、ほんの少しの焦燥で溶けそうだったけど、
それでも、気づけば“客席に届いている”実感があった。
ラストの音を鳴らし終えたあと、
蓮がゆっくりと顔を上げた。
真田の姿は、そこにはもうなかった。
「……言いたいこと、言えた?」
控室でそう尋ねると、蓮は少しだけ考えてから答えた。
「うん。別に、“勝った”とかは思ってない。
でも……あの頃の俺じゃ、出せなかった音を、今日は出せた気がする」
俺は何も言わず、蓮の背中を軽く叩いた。
“たとえまだ完璧じゃなくても、届く音はある”
それが、この日のライブで、確かに残ったものだった。
ライブが終わってしばらくして、控室の中はやけに静かだった。
大きなトラブルもなかったし、明らかな失敗もなかった。
でも、“完璧だった”とも言えない。
誰もが自分の中の答えを探していた。
「……私、先に帰るね」
そう言って立ち上がったのは、結華だった。
ギターケースを肩に掛け、いつも通りの無表情で。
「あ、結華」
俺が声をかけた。
「今日のあのコード、3回目のサビ前、
音、ちょっと変えてた?」
彼女は一瞬だけ目を細めて、静かに頷いた。
「……そっちの方が、あなたの歌に合ってたから」
「ありがとう。助かったよ。……本当に、バンドの一員みたいだった」
その言葉に、結華の動きがふっと止まった。
「……“みたい”って、便利な言葉ね」
彼女はそれだけ言って、ドアノブに手をかけた。
でも、そのまま振り向かずに続けた。
「別に、文句があるわけじゃないの。
私が正式メンバーじゃないのは、自分で選んでることだから」
「……でも」
「だからこそ、今日みたいな演奏ができたと思ってる。
冷静でいられる立場って、悪くない」
そこまで言って、彼女はやっとこちらを振り返った。
「でも、時々思うの。
このまま“外”にいて、いいのかなって」
それは、いつもの結華の口調とは違っていた。
柔らかくて、少しだけ脆かった。
俺は何も言えなかった。
今ここで何かを言ってしまえば、
きっと彼女は――“結論”を出してしまう気がしたから。
「……じゃあ、またスタジオで」
その言葉だけ残して、結華は出ていった。
静かなドアの閉まる音が、妙に耳に残った。
ライブハウスの前の道で、あかねが待っていた。
パーカーのフードをかぶっていて、顔はよく見えなかったけど、
近づくと、彼女はすぐに気づいて顔を上げた。
「……おつかれ」
「ああ、ありがと。来てくれてたんだな」
「うん。ステージ、ちゃんと見たよ。
なんか……“真剣”って感じが伝わってきた」
俺は曖昧に笑った。
「完璧じゃなかったけどな。
むしろ、あっちのバンドの方が音は揃ってた」
「でも、あんたたちの方が、“伝わった”と思った」
その言葉に、足が止まった。
「……マジで?」
「マジ。音ってさ、合ってるかどうかじゃなくて――
“気持ちが残るかどうか”なんじゃないの?」
それは、きっと結華にも言ってあげたい言葉だった。
けれど彼女は、今も“自分を外に置いている”。
「……結華、まだ正式にはメンバーじゃないんだ」
「知ってる。態度がそういう感じだったから」
あかねは淡々と答えた。
でも、そのあと少し声を落とした。
「でもさ、あの子――たぶん、“誰かに言ってほしい”んだと思う」
「え?」
「“あなたが必要だ”って。
自分から言うんじゃなくて、誰かにそう言ってほしいって顔だった」
風が吹いて、あかねの髪が揺れた。
「……あんた、言わないの?」
その問いに、すぐには答えられなかった。
でも、胸のどこかで確かに感じていた。
このままじゃ、結華は遠ざかっていく気がする。
「……今度、ちゃんと話してみるよ」
そう答えると、あかねはふっと笑った。
「……あんたって、やっぱりバカ正直で面倒だけど、
そういうとこ、ちょっとだけ嫌いじゃない」
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