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それでも俺たちは
もう一度、同じステージへ
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3本目のライブの話が来たのは、2回目のライブから一週間後だった。
《空きが出た。来月頭、下北WARP。観客少なめだけど、音を聴いてくれる客層》
藤代さんのメッセージはいつも通りぶっきらぼうだったけど、
その文の行間には、明らかに“期待”が滲んでいた。
「……やる?」
スタジオに集まった俺たちの間に、自然とその言葉が落ちた。
「やるっしょ」
翼は即答だった。
「音、止めたくないし。てか、今ならまだ間に合う気がする。何かに」
「俺も……やる」
蓮は静かに、でも力強く言った。
「またやりたいと思った。昨日みたいな音を、もう一回鳴らしたいって」
みんなの目が、結華に向いた。
彼女は視線を譜面の上に落としたまま、しばらく黙っていた。
そして、そっとギターに手をかける。
「私は……“今回も”サポートとして参加します」
少しの間があった。
けれどその声は、どこか――迷っていた。
「そういうの、いつまで続ける気?」
翼が、不機嫌そうに言った。
「……別に、期限を決めてるわけじゃないけど」
「だったら、いつまで経っても“他人事”の音になるぜ?」
その言葉に、空気が揺れた。
けれど結華は、視線を逸らさなかった。
「……それでもいい。
今はまだ、心から“私の居場所だ”って言えるまで届いてないから」
誰も反論できなかった。
彼女が自分に課してるものが、言葉よりずっと重いのだと感じた。
それでも、俺は思った。
このままじゃ、きっと彼女は離れていく。
でも、まだ離れてはいない。
だから、俺たちは音を鳴らす。
この次のライブで、彼女の心に届く“音”を――もう一度。
スタジオに音が満ちていた。
3本目のライブに向けて作った新曲は、
これまでのどの曲よりも“真っ直ぐな言葉”で構成されていた。
歌詞にはまだ迷いがあったけれど、
その迷いすら、今の自分たちに必要なものだった。
「――Aメロ、テンポ落としてみる?」
翼がリズムを落としながら提案する。
「そっちの方が、結華のギターと絡みやすい気がする」
「……いいと思う」
蓮もぽつりと同意する。
結華は、少しだけ驚いたように二人を見た。
彼女が言う前に、二人が“合わせよう”としていたことに。
「じゃあ、そこからもう一回」
俺がカウントを出すと、音が静かに重なっていく。
蓮のベースが柔らかく脈を刻み、
翼のドラムがそれを包み込む。
その上に、俺のコードが乗り、結華のリードがそっと彩る。
音の中で、誰もが“他人”ではなかった。
結華が弾くフレーズには、いつものような精度があった。
けれど、その日だけは――少しだけ“熱”が滲んでいた。
演奏が終わると、翼が言った。
「……なんか、今の結構よかったな」
「うん」
蓮も同じく。
俺はギターを外しながら、結華に向かって言った。
「……なあ、結華。
お前さ、なんでそこまで“入らない”ことにこだわってるんだ?」
彼女は一瞬、目を伏せた。
「……まだ、怖いから」
「何が?」
「“ちゃんとしたバンド”で、また何かを失うのが。
だから、今は“ちょっと外側”でいるのがちょうどいい」
誰もそれを否定できなかった。
でも、その空気の中で――音だけは、彼女の答えを拒んでいなかった。
下北沢WARPのステージ袖。
3本目のライブ、本番直前。
客席のざわめきが、少しずつ静まり始める。
「今日は……全員で、ちゃんと鳴らそう」
俺の一言に、翼が頷き、蓮が拳を軽く突き合わせてきた。
そして結華――
彼女は、その輪の少し外側に立っていた。
それでも、ほんの一瞬だけ俺たちの方を見て、小さく頷いた。
(入ってこいよ、結華)
そう思った。でも、言葉にはしなかった。
ステージに出る。
ライトが当たり、音が鳴る。
翼のドラムが真っ直ぐにビートを刻み、
蓮のベースがその下をうねるように支える。
俺のギターと歌がその上を駆けていく。
そして――
結華のギターが、絡んだ瞬間。
音が、“変わった”。
ただ綺麗に鳴っているだけじゃない。
今までのように、正確さやバランスだけを追ったプレイじゃなかった。
指先が“感情を弾いている”ようだった。
強く、そして震えるように――それでも前へと伸びていく音。
その瞬間、結華の目が客席を見た。
一番後ろで、たったひとり拍手をしていた小さな女の子に、ふっと微笑んだ。
そして――目の前の俺たちを、まっすぐ見つめた。
(……このバンドに、いたい)
心の中に、はっきりと輪郭を持った言葉が浮かぶ。
何度否定しても、消えなかった願い。
それを、今はもう隠せなかった。
曲は2曲目に入る。
蓮のベースが揺らすように音を導き、翼のタムが空気を切り裂く。
俺は声を張った。
結華は――音で応えた。
(この音が、好きだ)
(この人たちと、鳴らしたい)
もう、“外側”に立っていたくなかった。
怖さはあった。
けれど、音はもうすでに――彼女を中に招き入れていた。
そしてラストの曲。
イントロが鳴る。
コーラスの入りのタイミングで、彼女はマイクを見た。
普段、演奏に徹していた彼女が、
そのマイクへと、1歩だけ――近づいた。
誰にも言われていないのに。
サビ前、ふいに翼が振り返った。
目が合った瞬間、何かを察したようにニヤリと笑う。
そして、ラストサビ――
コーラスが重なった瞬間、音が“ひとつ”になった。
歌が終わったあと、俺はマイクを通して言った。
「今日のこの音は――4人で鳴らしました」
客席から拍手が起こる。
熱狂じゃなく、でも確かに“届いた”と分かる拍手。
控室に戻ったあと、静かだった空気の中で、
結華がぽつりと呟いた。
「……私、今日、音の中にいた」
蓮がこちらを向く。
翼は座ったまま、うなずいた。
「ちゃんと鳴らしたよ、あんた」
結華は、ギターケースに手をかけかけて、ふと止まる。
そして、目を上げて言った。
「私、やっぱりこのバンドに入りたい。
今日の音を鳴らして――そう思った。
……“サポート”のままじゃ、届かない場所があるって分かったから」
その言葉に、俺は自然と笑っていた。
「ようこそ。“まだ終わりじゃない”へ」
拍手も、ファンファーレもなかったけど――
それは、俺たちにとって間違いなく“始まり”だった。
《空きが出た。来月頭、下北WARP。観客少なめだけど、音を聴いてくれる客層》
藤代さんのメッセージはいつも通りぶっきらぼうだったけど、
その文の行間には、明らかに“期待”が滲んでいた。
「……やる?」
スタジオに集まった俺たちの間に、自然とその言葉が落ちた。
「やるっしょ」
翼は即答だった。
「音、止めたくないし。てか、今ならまだ間に合う気がする。何かに」
「俺も……やる」
蓮は静かに、でも力強く言った。
「またやりたいと思った。昨日みたいな音を、もう一回鳴らしたいって」
みんなの目が、結華に向いた。
彼女は視線を譜面の上に落としたまま、しばらく黙っていた。
そして、そっとギターに手をかける。
「私は……“今回も”サポートとして参加します」
少しの間があった。
けれどその声は、どこか――迷っていた。
「そういうの、いつまで続ける気?」
翼が、不機嫌そうに言った。
「……別に、期限を決めてるわけじゃないけど」
「だったら、いつまで経っても“他人事”の音になるぜ?」
その言葉に、空気が揺れた。
けれど結華は、視線を逸らさなかった。
「……それでもいい。
今はまだ、心から“私の居場所だ”って言えるまで届いてないから」
誰も反論できなかった。
彼女が自分に課してるものが、言葉よりずっと重いのだと感じた。
それでも、俺は思った。
このままじゃ、きっと彼女は離れていく。
でも、まだ離れてはいない。
だから、俺たちは音を鳴らす。
この次のライブで、彼女の心に届く“音”を――もう一度。
スタジオに音が満ちていた。
3本目のライブに向けて作った新曲は、
これまでのどの曲よりも“真っ直ぐな言葉”で構成されていた。
歌詞にはまだ迷いがあったけれど、
その迷いすら、今の自分たちに必要なものだった。
「――Aメロ、テンポ落としてみる?」
翼がリズムを落としながら提案する。
「そっちの方が、結華のギターと絡みやすい気がする」
「……いいと思う」
蓮もぽつりと同意する。
結華は、少しだけ驚いたように二人を見た。
彼女が言う前に、二人が“合わせよう”としていたことに。
「じゃあ、そこからもう一回」
俺がカウントを出すと、音が静かに重なっていく。
蓮のベースが柔らかく脈を刻み、
翼のドラムがそれを包み込む。
その上に、俺のコードが乗り、結華のリードがそっと彩る。
音の中で、誰もが“他人”ではなかった。
結華が弾くフレーズには、いつものような精度があった。
けれど、その日だけは――少しだけ“熱”が滲んでいた。
演奏が終わると、翼が言った。
「……なんか、今の結構よかったな」
「うん」
蓮も同じく。
俺はギターを外しながら、結華に向かって言った。
「……なあ、結華。
お前さ、なんでそこまで“入らない”ことにこだわってるんだ?」
彼女は一瞬、目を伏せた。
「……まだ、怖いから」
「何が?」
「“ちゃんとしたバンド”で、また何かを失うのが。
だから、今は“ちょっと外側”でいるのがちょうどいい」
誰もそれを否定できなかった。
でも、その空気の中で――音だけは、彼女の答えを拒んでいなかった。
下北沢WARPのステージ袖。
3本目のライブ、本番直前。
客席のざわめきが、少しずつ静まり始める。
「今日は……全員で、ちゃんと鳴らそう」
俺の一言に、翼が頷き、蓮が拳を軽く突き合わせてきた。
そして結華――
彼女は、その輪の少し外側に立っていた。
それでも、ほんの一瞬だけ俺たちの方を見て、小さく頷いた。
(入ってこいよ、結華)
そう思った。でも、言葉にはしなかった。
ステージに出る。
ライトが当たり、音が鳴る。
翼のドラムが真っ直ぐにビートを刻み、
蓮のベースがその下をうねるように支える。
俺のギターと歌がその上を駆けていく。
そして――
結華のギターが、絡んだ瞬間。
音が、“変わった”。
ただ綺麗に鳴っているだけじゃない。
今までのように、正確さやバランスだけを追ったプレイじゃなかった。
指先が“感情を弾いている”ようだった。
強く、そして震えるように――それでも前へと伸びていく音。
その瞬間、結華の目が客席を見た。
一番後ろで、たったひとり拍手をしていた小さな女の子に、ふっと微笑んだ。
そして――目の前の俺たちを、まっすぐ見つめた。
(……このバンドに、いたい)
心の中に、はっきりと輪郭を持った言葉が浮かぶ。
何度否定しても、消えなかった願い。
それを、今はもう隠せなかった。
曲は2曲目に入る。
蓮のベースが揺らすように音を導き、翼のタムが空気を切り裂く。
俺は声を張った。
結華は――音で応えた。
(この音が、好きだ)
(この人たちと、鳴らしたい)
もう、“外側”に立っていたくなかった。
怖さはあった。
けれど、音はもうすでに――彼女を中に招き入れていた。
そしてラストの曲。
イントロが鳴る。
コーラスの入りのタイミングで、彼女はマイクを見た。
普段、演奏に徹していた彼女が、
そのマイクへと、1歩だけ――近づいた。
誰にも言われていないのに。
サビ前、ふいに翼が振り返った。
目が合った瞬間、何かを察したようにニヤリと笑う。
そして、ラストサビ――
コーラスが重なった瞬間、音が“ひとつ”になった。
歌が終わったあと、俺はマイクを通して言った。
「今日のこの音は――4人で鳴らしました」
客席から拍手が起こる。
熱狂じゃなく、でも確かに“届いた”と分かる拍手。
控室に戻ったあと、静かだった空気の中で、
結華がぽつりと呟いた。
「……私、今日、音の中にいた」
蓮がこちらを向く。
翼は座ったまま、うなずいた。
「ちゃんと鳴らしたよ、あんた」
結華は、ギターケースに手をかけかけて、ふと止まる。
そして、目を上げて言った。
「私、やっぱりこのバンドに入りたい。
今日の音を鳴らして――そう思った。
……“サポート”のままじゃ、届かない場所があるって分かったから」
その言葉に、俺は自然と笑っていた。
「ようこそ。“まだ終わりじゃない”へ」
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それは、俺たちにとって間違いなく“始まり”だった。
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