叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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名前の重さ、夢の距離

熱が冷めないうちに

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 「昨日のライブ、動画上がってるよ」
 翼がスマホを見ながら言った。

 スタジオのソファには、昨日の打ち上げ疲れが残るまま4人がだらっと腰かけていた。
 けれど、それぞれの表情には確かな手応えがあった。

 「再生、結構いってるな……」

 蓮が覗き込むと、そこには観客がアップしたステージの映像。
 結華のコーラスから始まるラストナンバー。
 コメント欄には──

「女の子の声、鳥肌たった」
「コーラスで泣かされたの初めて」
「名前知らないけど、また観たい」

 それを見た結華は、何も言わずイヤフォンを外した。

 「……恥ずかしいから、やめて」

 そう言いながらも、彼女の耳はほんのり赤かった。

 「でも、すげぇよな。4人になって、音もまとまってきたし」
 翼が腕を組んで言う。

 「まとまったっていうより……それぞれの音が“ちゃんとぶつかってる”感じ」
 蓮のその言葉に、俺は小さく頷いた。

 「そろそろ“次”考えないとな。曲も、ライブも、……夢も」

 “夢”という言葉に、ほんの一瞬だけ空気が止まった。
 それは、誰もが口にしたくて、でも怖かった言葉。

 「武道館、か」

 翼が呟いた声は、冗談にも本気にも聞こえた。

 でも、その一言を誰も笑わなかった。

 「そこに行くなら、“名前”が届く音を作らなきゃ」

 結華がそう言った。

 “まだ終わりじゃない”という名前。
 それは、最初はただの希望だった。
 でも今は──“旗”になり始めている。

 その名を背負って、どこまで行けるのか。
 どこまで鳴らせるのか。

 「まずは、小さなライブでも、全部“本気”でいこう。
  あのステージで、誰かの記憶に残る音を出そう」

 俺がそう言うと、3人はそれぞれ違う形で頷いた。

 熱が冷めないうちに、次へ進まなきゃ。
 この音が“嘘じゃない”うちに。

 「ねえ、呼び出しておいて何だけどさ……どこ行くつもり?」

 夜の下北沢。
 街のざわめきも少し落ち着き始めた頃。
 あかねは、カフェの紙袋を片手に俺の隣を歩いていた。

 「別に、目的があるわけじゃないけど。
  なんか、ライブ終わったあとって……落ち着かないっていうか」

 「分かる気もする。うちも帰ったら気が抜けて、カップ麺食べながら泣きそうになった」

 「なんで泣くんだよ」
 「分かんない。でもなんか、感情がいろいろになってて。
  ライブって、こっちまで疲れるのね」

 思わず笑った。

 俺の“疲れ”を、こんなふうに一緒に共有してくれる人がいることが、
 少しだけ、安心だった。

 公園のベンチに座ると、あかねが紙袋からパンを取り出した。

 「ライブ中の結華ちゃん、かっこよかったね」
 「おお、あんなに弾くとは思わなかった」

 「……でも、ちょっと悔しかった」

 「え?」

 「音楽の中にいられるのって、うらやましいなって」

 俺は何も言えなかった。
 きっと、彼女も彼女なりに――“バンドの外側”にいる自分を感じているんだろう。

 「でも、あたしはさ。外から見てるからこそ、好きって思える気もするの」

 「うん」

 「だって、もし“中”に入っちゃったら――
  ちゃんと応援できなくなるくらい、わがままになっちゃいそうで」

 彼女は笑いながら言ったけど、目だけは真っ直ぐだった。

 「悠人、さ」

 「ん?」

 「武道館、本気で目指してる?」

 少しの間を置いて、俺は答えた。

 「……ああ。本気で行きたいって、やっと思えたところ」

 「じゃあ、応援する。ちゃんと、全力で」

 あかねは、パンをかじりながらふっと笑った。

 “好き”とは言わない。
 でも、ちゃんと届いてる気がした。

その日、俺たちは久々に路上に出ることにした。

 ライブのブッキング待ちの間、音を鳴らす場所がほしかった。
 スタジオだけじゃ足りない、“誰かに聴いてほしい”衝動。
 それを満たすのは、ストリートの空気しかなかった。

 機材は最小限。ギターと小型アンプ、蓮のベースはなし。
 翼はカホン、結華はエレアコ。
 “音の素顔”で、まっすぐ勝負する形だった。

 平日の夕方。人通りはそこそこ。
 けれど、誰かが立ち止まるほどの期待はしていなかった。

 1曲目。静かなバラードから始める。
 結華のコーラスが、空気を切るように響く。

 2曲目。俺のギターが走り出すと、カホンが跳ねるようにリズムを刻む。
 そのときだった。

 数メートル先、スマホをかざして立ち止まるひとりの女性がいた。

 ショートカット、派手なマスク、
 サングラス越しでも、視線の鋭さが伝わってきた。

 結華が一瞬だけ視線を動かし、すぐに前を向き直す。
 (誰?)
 俺が目で訊くと、彼女は小さく首を振った。

 だけど、その女性は最後まで3曲すべてを聴いた。

 曲が終わったあと、軽く手を叩きながら、スマホをしまう。
 そして、ふっと何かを呟くようにして立ち去った。

 「あれ、……見覚えある」
 翼がカホンの上から立ち上がる。

 「誰?」

 「たぶん……吉岡ひかりじゃね? SNSのインフルエンサーで、バンド系もよく上げてる子」

 「まさか。こんな偶然ある?」

 俺はすぐに不安定な心臓を抑えるようにして、スマホを取り出した。
 もし、あの人があのライブを――いや、この音を拾っていたら。

 その“もし”が、後に俺たちの現実を動かすことになる。

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