叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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名前の重さ、夢の距離

夢が届かない夜もある

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 「NEXT BLAZE、正式に出場決まったってさ」

 藤代さんからの連絡は、意外にもあっさりしたものだった。

 “4人編成バンドとして話題性あり。
 SNS上での反応も踏まえて、オープニングアクトとして出演決定”

 その文言が、すべてを物語っていた。

 「……オープニング?」

 翼が眉をひそめた。

 「つまり、一番最初の、観客がまだ集まりきってない時間帯」

 「しかも持ち時間は15分。MC入れて、3曲が限界」

 蓮がプリントされたスケジュールを見ながら呟く。

 俺も覗き込みながら、喉の奥が重たくなるのを感じていた。

 出演は決まった。
 でも、それは“夢の舞台”なんかじゃなかった。
 単なる“前座”で、空気を温めるための存在。

 「評価されてるってことじゃないの?」
 結華が、少しだけ前向きに言った。

 「“音は悪くない。ただ売れ線ではない。
 観客層との相性を見て、上には回せない”ってさ」
 俺がスマホの連絡文を読み上げる。

 静かになる空気。

 「……結局、バズっても、選ばれるのは“分かりやすい音”ってことか」
 翼の言葉は、皮肉でも毒でもなく、ただの現実だった。

 「変える?」
 蓮がぽつりと訊いた。

 「何を?」

 「曲。音の作り方。……もっと“映える感じ”に寄せたら、次は上にいけるのかもしれない」

 その提案に、結華がはっきり首を横に振った。

 「私は変えたくない。今の音で、ちゃんと勝ちたい」

 その言葉が、空気をもう一度引き締めた。

 「だったらさ」
 俺は言った。

 「持ち時間15分で、“全部”鳴らそう。
  短くても、最初でも――爪痕残してやろうぜ」

 全員の視線が交わる。
 覚悟のような、火種のような何かがそこにあった。

 決まっただけじゃ、夢には届かない。

 でも、その舞台に立つ足は――もう鳴らすためにある。

 「3曲。たった3曲で、俺たちを見せるなら――どれにする?」

 スタジオのホワイトボードに、これまで作った楽曲のタイトルがずらりと書き出されていた。

 そのうち半分以上には、赤い×印が付いている。
 どれも“悪くない曲”だ。でも、“刺さらない曲”でもあった。

 「最初は『灯り』がいいと思う」
 蓮が言った。

 「イントロが短いし、出だしで一発かませる。
  それに、今の編成で最初に作った曲だし、まとまりがある」

 「いいね。で、2曲目は?」
 翼がホワイトボードの前に立って腕を組む。

 「『ただ、それだけ』。一番新しいやつ」
 俺が答える。

 「歌詞もストレートだし、テンポも緩急つけられる。
  何より、伝えたいことが今の俺たちに近い」

 「そして最後は、『叫べ、まだ終わりじゃない』でしょ」
 結華がさらっと言った。

 「曲名で締める。それって“宣言”になる。
  このバンドの核を、ちゃんと置いて終わるのがいいと思う」

 3人が一斉に頷いた。

 「いいじゃん。完璧」
 翼が拍手する。

 「でも問題は、この3曲で“何を語れるか”だよな」

 「語るんじゃない。叫ぶんだろ?」
 蓮が、ふっと笑った。

 その笑みに、俺はちょっとだけ救われた気がした。

 「じゃあ、詰めてこう。
  15分に、俺たちのすべてを込める。
  MCも減らす。曲間の空白すら“熱”にするつもりで」

 その言葉に、誰も反論しなかった。

 「ねえ」

 ふと、結華が声を上げる。

 「もし、これで何も響かなかったら……どうする?」

 「またやるだけさ」

 俺は即答した。

 「何回でも叫ぶ。終わりじゃないって。
  たとえそれが、誰にも届かなくても――“俺には届いてる”から」

 結華は小さく頷き、ギターのネックを握り直した。

 短い時間。限られた条件。
 でもその中に――“全部”を詰め込んでやる。

 「……ライブ、見に来てくれる?」

 帰り道、コンビニ前の街灯の下で、俺は不意にそう言った。

 あかねは少しだけ目を丸くしてから、ホットドリンクのふたを開ける。
 湯気が、ふわりと夜気に溶けていった。

 「うん、行くよ。当たり前じゃん」
 「……ありがとう」

 それだけで、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

 「MCほとんどないけど、大丈夫?」
 「それがあんたの“らしさ”なんでしょ」

 苦笑する。
 あかねはいつだって、俺の“嘘じゃない部分”を見抜いてくる。

 「15分しかないんだ。3曲しか鳴らせない」
 「うん」
 「でも、その3曲のどれかが、誰かに引っかかればって思ってる」

 「誰かって……誰?」

 その問いに、答えるまで少し間が空いた。

 「……お前かも」

 静かな沈黙。
 それを壊したのは、あかねの低くて短い笑い声だった。

 「バカだね。そんなこと、ずっと前から届いてるよ」

 そう言って彼女は前を向いたまま、歩き出す。

 「でもさ、嬉しかった」
 「何が?」

 「たった15分に、全部込めるって言ってたけど、
  その“全部”の中に、あたしが入ってる気がしたから」

 俺は答えなかった。

 でも、心のどこかが確かに震えていた。

 彼女はステージには立たない。
 音を鳴らすわけでも、叫ぶわけでもない。

 それでも、俺の“音の中”に確かに存在している。

 その夜、あかねの背中が、少しだけ遠く見えた。

 でも、手を伸ばせば届く気がした。
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