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名前の重さ、夢の距離
たった15分の革命
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NEXT BLAZE ’25、当日。
朝7時半、会場入りした時点で、俺たちはすでに張り詰めていた。
照明はまだ入っていないステージ。
スタッフが機材をチェックする音が、静かにホールに響いていた。
「……広いな」
蓮が呟いたその声は、少しだけ震えていた。
200人規模のハコ。
俺たちが普段やっている下北の箱とは、空気の密度も反響も全然違った。
「リハ、10分で終わらせるって」
翼が確認しながら、カホンをセッティングする。
「うん。マイクの確認と立ち位置の確認だけ」
「……MCの確認は?」
結華が、いつもより少しだけ遠慮がちな声で訊いた。
「ない」
俺ははっきり言った。
「15分、3曲。余計な言葉はいらない。
代わりに、音で全部言おう」
リハが始まった。
ステージの上から客席を見る。
――まだ誰もいない、並べられた無数の“空席”。
でも、その向こうには、これからやって来る誰かがいる。
拍手してくれるかも分からない。
聞いてくれる保証もない。
でも俺たちは、その“見えない誰か”に向かって、これから音を鳴らす。
「どうせ空席なんて、すぐ埋まるよ」
結華が、チューニングを終えて微笑む。
「だって、私たち、今日のために全部やってきたんだもん」
蓮が小さくうなずく。
翼がスティックを握り直す。
「やろう」
俺はマイクを見ながら、静かに言った。
「忘れられない音だけ、残そう」
開演時刻、11時ちょうど。
MCもなく、照明がゆっくりと落ちる。
空席だった客席には、イベント関係者や一部の観客がまばらに座り始めていた。
「――行こう」
俺たちは、何も言わずステージに出る。
蓮がベースを構え、翼がスティックを軽く合わせる音。
結華は、弦を確かめるように一音だけ鳴らした。
その音が、静かな空気を裂いた。
1曲目は『灯り』。
イントロのコードを掻き鳴らすと、翼のドラムが呼吸を合わせて響く。
蓮のベースが、その下に命を注ぐように絡みつく。
客席はまだ静かだった。
でも――目が、向いている。
「誰だ?」「なんて名前?」
そんな言葉が、かすかに聞こえてくる。
けれど、俺は一切応えない。
マイクは、歌うためにある。
名前じゃなく、音で伝えるためにある。
1曲目のアウトロ、結華のギターが伸びるようなリードを刻む。
“ちゃんと届いてる”という手応えが、指先にあった。
2曲目。『ただ、それだけ』
言葉は直球。メロディは、削ぎ落としたまま真っ直ぐ。
だれにでも分かるわけじゃない。
でも、分かる人には、きっと刺さるはずの歌だった。
「……なんか、胸にくるな」
そんな小さな声が、前方の女性客から聞こえた気がした。
俺はステージのど真ん中で、その言葉を受け取るように歌った。
誰も知らないバンドが、音で挨拶する。
それが、俺たちのNEXT BLAZEだった。
2曲目のアウトロが終わる。
客席は、驚くほど静かだった。
拍手も歓声も少ない。
でも、誰一人立ち上がって帰る気配はなかった。
その沈黙が、むしろ“集中”の証のように思えた。
「――最後の曲です」
それだけ言って、俺たちはラストナンバーに入った。
曲名は『まだ終わりじゃない』。
このバンドの名前と同じ言葉を冠したこの曲は、俺たちの核だった。
イントロは静かに始まる。
結華のギターが空気を割くように鳴り、
翼のスネアが柔らかく拍を刻む。
蓮のベースが、それにそっと深みを与えるように重なる。
歌い出し。
俺の声が、少し震えていた。
でも、それでも“出る声”だった。
――歌うたびに、胸の奥が熱くなる。
誰かに響いているかは分からない。
それでも、今この音を鳴らしたい。
そう願ってステージに立っていることだけは、確かだった。
間奏。
蓮のベースが空間に重たく響き、
結華のギターが、一拍のためらいもなくコードを突き刺す。
(届いてくれ)
サビ前、俺は深く息を吸った。
「叫べ――まだ、終わりじゃない!」
喉が焼けるほど声を張る。
視界の奥で、客席が少し揺れた気がした。
腕を組んでいた男の腕がほどけ、
座っていた若い女性が、目を細めて前を見つめていた。
この15分のために、俺たちは音を積み上げてきた。
下北の小さなライブハウスも、
路上で誰も足を止めなかった夜も、
全部――ここに繋がっていた。
ラストのコードを鳴らし終える。
翼がスティックを握ったまま、天井を見上げる。
蓮は、目を閉じたまま弦の震えを止めた。
結華が指を離した瞬間、
――少しだけ、客席に拍手が起こった。
大きな音ではなかった。
でも、確かに“聴いていた”人の手の音だった。
控室に戻ってきた瞬間、誰もすぐには口を開かなかった。
照明の光がまぶしくて、ステージの暗さが夢だったみたいに思える。
耳の奥ではまだ、蓮のベースの余韻が残っている気がした。
翼がスティックを握ったまま、椅子に沈むように座る。
「……早かったな」
それだけ呟いた声は、少しだけ掠れていた。
「でも、すごく長くもあった」
蓮が続ける。
「全部終わって、ようやく“今、俺ら演ってたんだな”って思った」
「……うん」
結華はギターケースを開けたまま、弦の先を見つめていた。
いつものように感想を言わないのは、
今、この空気が言葉よりも“確か”だからかもしれない。
俺はペットボトルの水をひと口飲んで、喉を落ち着けた。
さっきまであれほど張っていた声が、もう別人のものみたいだった。
「拍手、あったな」
翼がぽつりと呟いた。
「……ちょっとだけ。でも、確かにあった」
「“誰かに届いた”ってやつか?」
蓮が笑うように言う。
「それとも、届いたふり?」
「どっちでもいい。……俺は届いたと思った」
俺がそう返すと、3人は一瞬だけこっちを見て、そして黙った。
「本気だったね」
結華が、静かに言った。
「今日の私たち、“完璧”ではなかったかもしれないけど、
“あの15分のために全部やってきた”って音してた」
それを誰も否定しなかった。
スマホに通知が鳴る。
SNSのタグが、また少しだけ動き始めていた。
でも、それが嬉しいというより――
「終わったんだな」と、現実に引き戻された合図のように思えた。
「……終わったけど、始まった気もする」
俺はそう呟いた。
このバンドの音は、まだ終わっていない。
そう、だからこそ――
『まだ終わりじゃない』って名前にしたんだ。
朝7時半、会場入りした時点で、俺たちはすでに張り詰めていた。
照明はまだ入っていないステージ。
スタッフが機材をチェックする音が、静かにホールに響いていた。
「……広いな」
蓮が呟いたその声は、少しだけ震えていた。
200人規模のハコ。
俺たちが普段やっている下北の箱とは、空気の密度も反響も全然違った。
「リハ、10分で終わらせるって」
翼が確認しながら、カホンをセッティングする。
「うん。マイクの確認と立ち位置の確認だけ」
「……MCの確認は?」
結華が、いつもより少しだけ遠慮がちな声で訊いた。
「ない」
俺ははっきり言った。
「15分、3曲。余計な言葉はいらない。
代わりに、音で全部言おう」
リハが始まった。
ステージの上から客席を見る。
――まだ誰もいない、並べられた無数の“空席”。
でも、その向こうには、これからやって来る誰かがいる。
拍手してくれるかも分からない。
聞いてくれる保証もない。
でも俺たちは、その“見えない誰か”に向かって、これから音を鳴らす。
「どうせ空席なんて、すぐ埋まるよ」
結華が、チューニングを終えて微笑む。
「だって、私たち、今日のために全部やってきたんだもん」
蓮が小さくうなずく。
翼がスティックを握り直す。
「やろう」
俺はマイクを見ながら、静かに言った。
「忘れられない音だけ、残そう」
開演時刻、11時ちょうど。
MCもなく、照明がゆっくりと落ちる。
空席だった客席には、イベント関係者や一部の観客がまばらに座り始めていた。
「――行こう」
俺たちは、何も言わずステージに出る。
蓮がベースを構え、翼がスティックを軽く合わせる音。
結華は、弦を確かめるように一音だけ鳴らした。
その音が、静かな空気を裂いた。
1曲目は『灯り』。
イントロのコードを掻き鳴らすと、翼のドラムが呼吸を合わせて響く。
蓮のベースが、その下に命を注ぐように絡みつく。
客席はまだ静かだった。
でも――目が、向いている。
「誰だ?」「なんて名前?」
そんな言葉が、かすかに聞こえてくる。
けれど、俺は一切応えない。
マイクは、歌うためにある。
名前じゃなく、音で伝えるためにある。
1曲目のアウトロ、結華のギターが伸びるようなリードを刻む。
“ちゃんと届いてる”という手応えが、指先にあった。
2曲目。『ただ、それだけ』
言葉は直球。メロディは、削ぎ落としたまま真っ直ぐ。
だれにでも分かるわけじゃない。
でも、分かる人には、きっと刺さるはずの歌だった。
「……なんか、胸にくるな」
そんな小さな声が、前方の女性客から聞こえた気がした。
俺はステージのど真ん中で、その言葉を受け取るように歌った。
誰も知らないバンドが、音で挨拶する。
それが、俺たちのNEXT BLAZEだった。
2曲目のアウトロが終わる。
客席は、驚くほど静かだった。
拍手も歓声も少ない。
でも、誰一人立ち上がって帰る気配はなかった。
その沈黙が、むしろ“集中”の証のように思えた。
「――最後の曲です」
それだけ言って、俺たちはラストナンバーに入った。
曲名は『まだ終わりじゃない』。
このバンドの名前と同じ言葉を冠したこの曲は、俺たちの核だった。
イントロは静かに始まる。
結華のギターが空気を割くように鳴り、
翼のスネアが柔らかく拍を刻む。
蓮のベースが、それにそっと深みを与えるように重なる。
歌い出し。
俺の声が、少し震えていた。
でも、それでも“出る声”だった。
――歌うたびに、胸の奥が熱くなる。
誰かに響いているかは分からない。
それでも、今この音を鳴らしたい。
そう願ってステージに立っていることだけは、確かだった。
間奏。
蓮のベースが空間に重たく響き、
結華のギターが、一拍のためらいもなくコードを突き刺す。
(届いてくれ)
サビ前、俺は深く息を吸った。
「叫べ――まだ、終わりじゃない!」
喉が焼けるほど声を張る。
視界の奥で、客席が少し揺れた気がした。
腕を組んでいた男の腕がほどけ、
座っていた若い女性が、目を細めて前を見つめていた。
この15分のために、俺たちは音を積み上げてきた。
下北の小さなライブハウスも、
路上で誰も足を止めなかった夜も、
全部――ここに繋がっていた。
ラストのコードを鳴らし終える。
翼がスティックを握ったまま、天井を見上げる。
蓮は、目を閉じたまま弦の震えを止めた。
結華が指を離した瞬間、
――少しだけ、客席に拍手が起こった。
大きな音ではなかった。
でも、確かに“聴いていた”人の手の音だった。
控室に戻ってきた瞬間、誰もすぐには口を開かなかった。
照明の光がまぶしくて、ステージの暗さが夢だったみたいに思える。
耳の奥ではまだ、蓮のベースの余韻が残っている気がした。
翼がスティックを握ったまま、椅子に沈むように座る。
「……早かったな」
それだけ呟いた声は、少しだけ掠れていた。
「でも、すごく長くもあった」
蓮が続ける。
「全部終わって、ようやく“今、俺ら演ってたんだな”って思った」
「……うん」
結華はギターケースを開けたまま、弦の先を見つめていた。
いつものように感想を言わないのは、
今、この空気が言葉よりも“確か”だからかもしれない。
俺はペットボトルの水をひと口飲んで、喉を落ち着けた。
さっきまであれほど張っていた声が、もう別人のものみたいだった。
「拍手、あったな」
翼がぽつりと呟いた。
「……ちょっとだけ。でも、確かにあった」
「“誰かに届いた”ってやつか?」
蓮が笑うように言う。
「それとも、届いたふり?」
「どっちでもいい。……俺は届いたと思った」
俺がそう返すと、3人は一瞬だけこっちを見て、そして黙った。
「本気だったね」
結華が、静かに言った。
「今日の私たち、“完璧”ではなかったかもしれないけど、
“あの15分のために全部やってきた”って音してた」
それを誰も否定しなかった。
スマホに通知が鳴る。
SNSのタグが、また少しだけ動き始めていた。
でも、それが嬉しいというより――
「終わったんだな」と、現実に引き戻された合図のように思えた。
「……終わったけど、始まった気もする」
俺はそう呟いた。
このバンドの音は、まだ終わっていない。
そう、だからこそ――
『まだ終わりじゃない』って名前にしたんだ。
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