叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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跳ねろ、この音で

揺れる決意

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翌朝、目覚ましよりも早く目が覚めた。
 結華はベッドの上で天井を見つめたまま、動けずにいた。

 昨日の音。
 昨日の空気。
 昨日の、悠人の目。

 (たぶん、もう限界だったんだ)

 ギターを弾くたび、誰かの音を聞くたび、
 どこか自分が“ズレてる”気がしていた。

 それは技術の話じゃない。
 もっと、根っこの部分。

 (私は、観客だったんだ。きっとずっと)

 ライブハウスの最前列で、誰かの音に感動して、
 その“熱”に憧れてギターを持った。

 でも今、自分はその“憧れ”に届いていない気がする。

 (このまま音を出し続けるのが怖い)

 スマホを手に取り、LINEを開いた。
 グループトークには蓮が昨夜、「次のリハどうする?」と書き込んでいた。

 結華は新しいトークを開き、そこに名前を一人だけ入れる。

 > 悠人

 指が震える。
 でも、打ち始めたら止まらなかった。

 > ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
 > 一度、離れたい。

 文章を見返す。
 やわらかい言葉を足す余裕はなかった。

 > でも、嫌いになったわけじゃない。
 > あの音が好きだったから、ちゃんと離れたいと思っただけ。

 最後に一言だけ――

 > 本当にありがとう。

 「……送信」

 ポーン、という送信音が部屋に響いた瞬間、
 胸の奥がきゅっと縮こまる。

 結華は顔を伏せ、布団に潜り込んだ。

 ギターの音も、スタジオのざわめきも、
 しばらくは何も思い出せないように。

 メッセージを開いた瞬間、時間が止まった気がした。

 悠人はスマホを握ったまま、ベッドの上でしばらく動けなかった。
 指先がじんわりと汗ばむ。
 目で読み返すたびに、胸の奥に何かが沈んでいく。

 > ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
 > 一度、離れたい。

 (……離れたい、って)

 バンドを組んでから、メンバーが抜けるのはこれが初めてだった。
 最初から全員揃っていたわけじゃないけれど、
 “結華がいる音”が、このバンドの一部だったのは間違いない。

 「……俺、気づいてたよな」

 気づいていた。
 彼女が本気で“音”に悩んでいたこと。
 自分の言葉やメロディが、誰にも届いていないような不安を抱えていたこと。

 (なのに、何もしなかった)

 音が鳴らない日々に、言い訳を重ねて。
 自分の“止まった心臓”を、人のせいにしていた。

 スマホを伏せて、顔を手で覆った。

 ふと、脳裏に浮かんだのは、
 ステージの上で結華がギターをかき鳴らしていた時の顔。

 ぶっきらぼうだけど、楽しそうで。
 音にまっすぐだった、あの瞬間の顔。

 (俺、いつから“まっすぐ”じゃなくなったんだろ)

 ただ歌うことが楽しくて、誰かに届くのが嬉しくて――
 あの頃の熱が、どこか遠くに行ってしまったような気がした。

 時計を見ると、午前11時を少し回っていた。

 音楽なんて関係ないような、普通の昼前。
 でも、今の自分には“何も音が鳴っていない”ように思えた。

午後、蓮のスマホに通知が届いたのは、いつもの喫茶店に入った直後だった。

 > 悠人:「結華、抜けるって」

 最初、意味がわからなかった。
 ただそのメッセージの短さが、事実の重さを際立たせていた。

 「……は?」

 呟きながら既読をつけ、椅子に沈む。

 何度読み返しても、冗談ではなかった。

 > 蓮:「マジで?やめるって、正式に?」

 > 悠人:「一度離れたいって。たぶん……止められない」

 背中に汗が滲む。

 あの日、あのステージ。
 自分たちの音が初めて誰かに届いた感覚。
 その輪の中に、結華のギターは確かにあった。

 (なんで、こうなるんだよ)

 一方その頃、翼も同じメッセージを受け取っていた。

 彼はドラムの前に座ったまま、スティックを指で転がしていた。

 「……まぁ、こうなると思ってたよ」

 独り言のように呟いた声には、驚きも怒りもなかった。
 ただ、どこか諦めと、それ以上の“痛み”があった。

 (俺たち、結局また“崩れる側”か)

 テンペストにいたときも、仲間だと思っていた連中が、
 いつの間にか自分の意思を置き去りにして前へ進んでいた。

 だから、今のバンドには賭けたかった。

 音楽だけじゃなく、人として繋がっていたかった。

 (……なのに)

 スマホを置き、椅子の背にもたれた。

 バンドが揺らいでいる。

 「俺たち、本当に“まだ終わりじゃない”のか?」

 その言葉が、音もなく空気に溶けていった。

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