53 / 132
跳ねろ、この音で
揺れる決意
しおりを挟む
翌朝、目覚ましよりも早く目が覚めた。
結華はベッドの上で天井を見つめたまま、動けずにいた。
昨日の音。
昨日の空気。
昨日の、悠人の目。
(たぶん、もう限界だったんだ)
ギターを弾くたび、誰かの音を聞くたび、
どこか自分が“ズレてる”気がしていた。
それは技術の話じゃない。
もっと、根っこの部分。
(私は、観客だったんだ。きっとずっと)
ライブハウスの最前列で、誰かの音に感動して、
その“熱”に憧れてギターを持った。
でも今、自分はその“憧れ”に届いていない気がする。
(このまま音を出し続けるのが怖い)
スマホを手に取り、LINEを開いた。
グループトークには蓮が昨夜、「次のリハどうする?」と書き込んでいた。
結華は新しいトークを開き、そこに名前を一人だけ入れる。
> 悠人
指が震える。
でも、打ち始めたら止まらなかった。
> ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
> 一度、離れたい。
文章を見返す。
やわらかい言葉を足す余裕はなかった。
> でも、嫌いになったわけじゃない。
> あの音が好きだったから、ちゃんと離れたいと思っただけ。
最後に一言だけ――
> 本当にありがとう。
「……送信」
ポーン、という送信音が部屋に響いた瞬間、
胸の奥がきゅっと縮こまる。
結華は顔を伏せ、布団に潜り込んだ。
ギターの音も、スタジオのざわめきも、
しばらくは何も思い出せないように。
メッセージを開いた瞬間、時間が止まった気がした。
悠人はスマホを握ったまま、ベッドの上でしばらく動けなかった。
指先がじんわりと汗ばむ。
目で読み返すたびに、胸の奥に何かが沈んでいく。
> ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
> 一度、離れたい。
(……離れたい、って)
バンドを組んでから、メンバーが抜けるのはこれが初めてだった。
最初から全員揃っていたわけじゃないけれど、
“結華がいる音”が、このバンドの一部だったのは間違いない。
「……俺、気づいてたよな」
気づいていた。
彼女が本気で“音”に悩んでいたこと。
自分の言葉やメロディが、誰にも届いていないような不安を抱えていたこと。
(なのに、何もしなかった)
音が鳴らない日々に、言い訳を重ねて。
自分の“止まった心臓”を、人のせいにしていた。
スマホを伏せて、顔を手で覆った。
ふと、脳裏に浮かんだのは、
ステージの上で結華がギターをかき鳴らしていた時の顔。
ぶっきらぼうだけど、楽しそうで。
音にまっすぐだった、あの瞬間の顔。
(俺、いつから“まっすぐ”じゃなくなったんだろ)
ただ歌うことが楽しくて、誰かに届くのが嬉しくて――
あの頃の熱が、どこか遠くに行ってしまったような気がした。
時計を見ると、午前11時を少し回っていた。
音楽なんて関係ないような、普通の昼前。
でも、今の自分には“何も音が鳴っていない”ように思えた。
午後、蓮のスマホに通知が届いたのは、いつもの喫茶店に入った直後だった。
> 悠人:「結華、抜けるって」
最初、意味がわからなかった。
ただそのメッセージの短さが、事実の重さを際立たせていた。
「……は?」
呟きながら既読をつけ、椅子に沈む。
何度読み返しても、冗談ではなかった。
> 蓮:「マジで?やめるって、正式に?」
> 悠人:「一度離れたいって。たぶん……止められない」
背中に汗が滲む。
あの日、あのステージ。
自分たちの音が初めて誰かに届いた感覚。
その輪の中に、結華のギターは確かにあった。
(なんで、こうなるんだよ)
一方その頃、翼も同じメッセージを受け取っていた。
彼はドラムの前に座ったまま、スティックを指で転がしていた。
「……まぁ、こうなると思ってたよ」
独り言のように呟いた声には、驚きも怒りもなかった。
ただ、どこか諦めと、それ以上の“痛み”があった。
(俺たち、結局また“崩れる側”か)
テンペストにいたときも、仲間だと思っていた連中が、
いつの間にか自分の意思を置き去りにして前へ進んでいた。
だから、今のバンドには賭けたかった。
音楽だけじゃなく、人として繋がっていたかった。
(……なのに)
スマホを置き、椅子の背にもたれた。
バンドが揺らいでいる。
「俺たち、本当に“まだ終わりじゃない”のか?」
その言葉が、音もなく空気に溶けていった。
結華はベッドの上で天井を見つめたまま、動けずにいた。
昨日の音。
昨日の空気。
昨日の、悠人の目。
(たぶん、もう限界だったんだ)
ギターを弾くたび、誰かの音を聞くたび、
どこか自分が“ズレてる”気がしていた。
それは技術の話じゃない。
もっと、根っこの部分。
(私は、観客だったんだ。きっとずっと)
ライブハウスの最前列で、誰かの音に感動して、
その“熱”に憧れてギターを持った。
でも今、自分はその“憧れ”に届いていない気がする。
(このまま音を出し続けるのが怖い)
スマホを手に取り、LINEを開いた。
グループトークには蓮が昨夜、「次のリハどうする?」と書き込んでいた。
結華は新しいトークを開き、そこに名前を一人だけ入れる。
> 悠人
指が震える。
でも、打ち始めたら止まらなかった。
> ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
> 一度、離れたい。
文章を見返す。
やわらかい言葉を足す余裕はなかった。
> でも、嫌いになったわけじゃない。
> あの音が好きだったから、ちゃんと離れたいと思っただけ。
最後に一言だけ――
> 本当にありがとう。
「……送信」
ポーン、という送信音が部屋に響いた瞬間、
胸の奥がきゅっと縮こまる。
結華は顔を伏せ、布団に潜り込んだ。
ギターの音も、スタジオのざわめきも、
しばらくは何も思い出せないように。
メッセージを開いた瞬間、時間が止まった気がした。
悠人はスマホを握ったまま、ベッドの上でしばらく動けなかった。
指先がじんわりと汗ばむ。
目で読み返すたびに、胸の奥に何かが沈んでいく。
> ごめん。今のままじゃ、私たぶん音を鳴らせない。
> 一度、離れたい。
(……離れたい、って)
バンドを組んでから、メンバーが抜けるのはこれが初めてだった。
最初から全員揃っていたわけじゃないけれど、
“結華がいる音”が、このバンドの一部だったのは間違いない。
「……俺、気づいてたよな」
気づいていた。
彼女が本気で“音”に悩んでいたこと。
自分の言葉やメロディが、誰にも届いていないような不安を抱えていたこと。
(なのに、何もしなかった)
音が鳴らない日々に、言い訳を重ねて。
自分の“止まった心臓”を、人のせいにしていた。
スマホを伏せて、顔を手で覆った。
ふと、脳裏に浮かんだのは、
ステージの上で結華がギターをかき鳴らしていた時の顔。
ぶっきらぼうだけど、楽しそうで。
音にまっすぐだった、あの瞬間の顔。
(俺、いつから“まっすぐ”じゃなくなったんだろ)
ただ歌うことが楽しくて、誰かに届くのが嬉しくて――
あの頃の熱が、どこか遠くに行ってしまったような気がした。
時計を見ると、午前11時を少し回っていた。
音楽なんて関係ないような、普通の昼前。
でも、今の自分には“何も音が鳴っていない”ように思えた。
午後、蓮のスマホに通知が届いたのは、いつもの喫茶店に入った直後だった。
> 悠人:「結華、抜けるって」
最初、意味がわからなかった。
ただそのメッセージの短さが、事実の重さを際立たせていた。
「……は?」
呟きながら既読をつけ、椅子に沈む。
何度読み返しても、冗談ではなかった。
> 蓮:「マジで?やめるって、正式に?」
> 悠人:「一度離れたいって。たぶん……止められない」
背中に汗が滲む。
あの日、あのステージ。
自分たちの音が初めて誰かに届いた感覚。
その輪の中に、結華のギターは確かにあった。
(なんで、こうなるんだよ)
一方その頃、翼も同じメッセージを受け取っていた。
彼はドラムの前に座ったまま、スティックを指で転がしていた。
「……まぁ、こうなると思ってたよ」
独り言のように呟いた声には、驚きも怒りもなかった。
ただ、どこか諦めと、それ以上の“痛み”があった。
(俺たち、結局また“崩れる側”か)
テンペストにいたときも、仲間だと思っていた連中が、
いつの間にか自分の意思を置き去りにして前へ進んでいた。
だから、今のバンドには賭けたかった。
音楽だけじゃなく、人として繋がっていたかった。
(……なのに)
スマホを置き、椅子の背にもたれた。
バンドが揺らいでいる。
「俺たち、本当に“まだ終わりじゃない”のか?」
その言葉が、音もなく空気に溶けていった。
10
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる