叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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跳ねろ、この音で

照らす視線

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駅前のカフェ。
 ふと時間が空いた夕方、あかねはいつものように窓際の席でコーヒーを飲んでいた。

 スマホには、ここ数日更新されていないバンドのSNSアカウント。
 悠人からの連絡も、最近はなんとなく短く、淡白になっていた。

 (……何かあったのかな)

 そんな不安を抱えたまま視線を上げると、
 店の入口からひとりの女性が入ってきた。

 「あ……」

 それは、見慣れた横顔だった。
 ライブのステージでギターを弾く姿。
 スタジオで悠人のそばに立っていた姿。

 「……結華さん?」

 あかねが声をかけると、彼女は驚いたように振り向いた。

 「……あかねさん? うわ、こんなとこで偶然」

 「よかったら、少しだけ……」

 「うん。いいよ」

 ふたりは向かい合って席に座る。
 結華は帽子を取って、テーブルに置いた。

 「最近……ライブの様子、あまり投稿されてないですね」

 あかねが少し探るように言うと、結華はほんのわずか、間を置いた。

 「まぁ……いろいろあって。
  ちょっと今、空気が止まってる感じかな」

 「……悠人くん、元気そうにしてますか?」

 「……うん。たぶん、頑張ってる」

 言葉の後ろに、わずかな濁りがあった。

 「私、観客だから……バンドのこと、全部はわからないんですけど」

 あかねはゆっくりと言葉を選びながら続けた。

 「でも、ステージで演奏してる結華さんの音、
  すごくまっすぐで、気持ちよくて。……好きでした」

 結華の手が、カップの縁をなぞるように止まった。

 「ありがとう。……そう言ってくれる人がいるの、嬉しい」

 その言葉には、微かに“痛み”が滲んでいた。

結華はカップを手の中で転がしながら、口を開いた。

 「……バンドって、難しいよね。
  音を揃えるのはできても、心がずれてたら、何も響かなくなる」

 「はい……」

 あかねは小さく頷いた。
 その表情はどこか懐かしさを帯びていた。

 「……実は、私も高校の頃、軽音部でギターやってたんです。
  全然上手くはなかったけど、“合わせる”ってことの難しさは、少しだけわかる気がしてて」

 「そうなんだ」

 「だから、“届ける音”って、技術以上に心だなって……
  ライブ観てると、ほんと、そう思います」

 結華は、そっと目線を落とす。

 「……あの、ライブ。テンペストと対バンしたときの。
  あれが最後ですよね?」

 「うん。あのあとから、ちょっと止まってる」

 「……だからこそ、強く残ってるんだと思います。
  結華さんの音。すごく、まっすぐで――きれいでした」

 その言葉に、結華のまぶたがかすかに震えた。

 「私、ただの観客かもしれないけど……
  それでも、そういう音には気づけるつもりです。
  誰かが、“ちゃんとそこにいる”音って、絶対わかるから」

 結華は、数秒の沈黙のあと、ふっと笑った。

 「……あかねさん、そういうとこ、ズルいくらい真っ直ぐだね」

 「え? ごめんなさい、なんか余計なこと言ったかも……」

 「ううん。ありがとう。思い出させてもらった気がする。
  “ちゃんと聴いてくれる人がいる”っていうこと」

 結華の目元が、少しだけやわらいだ。

 「……あの時も、届けたかった。誰かに、ちゃんと。
  誰でもよかったわけじゃない。
  誰かの“今日”を、変えられるような音を出したかった」

 「届いてましたよ。少なくとも、私には」

 あかねは照れくさそうに笑って、テーブルの下でそっと手を握った。

カフェを出る頃には、すっかり夜の気配が街を包んでいた。
 通りには仕事帰りの人々、にぎやかな笑い声、灯りの滲んだ風景。

 けれど、ふたりの足取りはどこか静かだった。

 「……ありがとう、あかねさん」
 結華が横に並んで歩きながら、ふと口を開く。

 「私、ちょっとずつだけど――また音を出したいなって、思えたかもしれない」

 「……嬉しいです。
  私、何もできないけど……“観てる”ことは、ずっとしてるから」

 結華はその言葉に、小さく笑った。

 「それ、悠人に言ってあげたら?
  あの人、たぶん今、誰かにそう言ってもらえるのを待ってる」

 あかねは立ち止まり、真っ直ぐに結華を見た。

 「……私、悠人くんのこと、好きなんです」

 結華は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。

 「……うん。知ってたよ。
  たぶん、悠人も薄々気づいてる。
  でも、あの人って、そういうの自分から受け取るの、苦手だから」

 「……わかります」

 「だから、背中を押してあげて。
  “好き”って言葉じゃなくてもいい。
  でも、あなたがステージの下で見てるその目だけで、
  きっと音は変わるから」

 あかねは、小さく「はい」と頷いた。

 結華は改札へ向かう途中で振り返り、
 遠くから声を投げた。

 「ありがとう、本当に」

 そして、歩き出す。
 ひとりで。でも、さっきより少しだけ軽い足取りで。

 あかねはその背中を見送ってから、スマホを取り出した。

 > 悠人くん。少しだけ、話せる?

 迷いは、もうなかった。

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